模擬戦 二日目
玄関のチャイムの音が聞こえる。大和はいつも通り、煩いと思う。何で毎日監視のように朝早く人の家のチャイムを鳴らすのだろうと。そして気づく。お布団が気持ち良すぎて身体が動かない。自分の気持ちに耳を傾けるとお布団から出たくないと身体が言っているのが分かる。人間本能にはどうしても勝てない。なので素直に従う事にして気持ちよく再び目を瞑り寝ていると玄関のチャイムから玄関が蹴られる音に変わる。真面目に辞めて欲しいがそれを伝えに行くのすら面倒な大和はいつも通り無視をする。しばらくすると音が消える。どうやら今日こそ俺の勝ちみたいだと思いたいが多分鍵を開けて入ってくるのだろう。てか入ってくるなら最初からそうして欲しい。今日だってわざわざ登校時間の八時三十分じゃなくて試合開始の十時までに行けば試合には問題ないのに何でそんなに朝から真面目に学校に行かないと行けないのだ。しかし文句を言いたくても言えない相手がこの世の中にはいる。
「おはよう」
「おはようって大和起きてるなら玄関に来てよ」
春奈が目をかいている俺の身体を揺らす。
「春奈か。試合開始までには必ず起きて行くから寝かせてくれ」
「それで試合遅刻したらどうするの?」
「そこは目覚ましかけるから大丈夫」
華の低い声が聞こえる。
「大和ふざけてないで起きなさい?」
「分かった」
仕方なくベッドから立ち上がり起きる。足元がおぼつかない大和を春奈が支えてくれる。するとさっきまでは気付かなかったがいい匂いがする。今日も朝ごはんを作って持ってきてくれたのか。丁度お腹も空いていたので大和がリビングに行ってみると朝ごはんが用意されていた。食パンにバターに目玉焼きとベーコンと珈琲どれも美味しそうだ。多分珈琲は大和が朝弱いのを知っていての気づかいだろう。ただあまりにも眠たすぎて中々口まで手が動かないのを見かねて春奈が大和に朝ご飯食べされてくれる。春奈は口では「しっかりしなさい」と言っているがその姿は言葉とは裏腹にこの状況を楽しんでいるように華からは見えた。
朝ご飯を食べ終わり大和が学校に行く支度を華と春奈が朝食の片付けをしながら待ち、大和の準備が出来次第三人で学校に行く。
学校に着くと春奈の事を皆が待っていた。
「早乙女さん大変です」
一人の男の子が春奈に向かって走ってこっちに来たと思いきや不思議な事を言ってくる。
「どうしたの?」
春奈も何があったって感じで後ろにいる大和を見るが当然ながら大和が知るわけがない。なぜなら家からクラスに到着するまでずっと一緒にいたのだから当たり前だ。
「対戦相手が辞退しました。よって予定変更で十二時から二年Aクラスと一年Eクラスの試合になりました」
クラスを見渡すと皆が慌てている。どうやら本当のようだ。
「辞退ってどうゆう事?」
春奈が冷静に状況を整理する為に必要な事を聞いている。
「生徒会長が怖い為三年Cクラス辞退、同じく赤城が怖い為は三年Bクラス辞退と先ほど担任の先生から連絡があり、そのまま試合の決勝戦の時間を繰り上げて十二時から開始となりました」
「え? 生徒会長はともかく赤城も?」
「はい。昨日のあの試合の後、副会長の哀れな姿を見て校内では赤城大和は『人でなし』、『悪魔』、『偽善者』、『化物』、と他にもありますが噂になっており、恐怖でクラスの全てを支配しているのではないかと恐れられています」
「それで三年生の先輩が辞退したわけ?」
「はい。恐らく生徒会長は去年優勝していて昨日の試合で圧倒的だったので相手がビビったのかと思います。我々の対戦相手の先輩も学年代表の昨日の試合見ての事かと。きっと映像の生徒会副会長の姿を見てビビったのではと今クラス中で噂になっています」
「流石、化物二人ね」
華はともかく大和は華と比べるとそこまで強くないので否定をする。
「生徒会長はともかく俺は違うぞ」
皆が大和を見て静かになる。さっきまで何だかんだざわついていたのに今は皆が時間の流れそのものが止まったように固まっている。試しに春奈を見るとやらかしたと言った感じで大和を見ている。大和としては否定しただけで怒ったつもりはなかったが皆からしたらそんなに怖いのだろうかと思っていると後ろから声が聞こえる。
「あら? 誰が化物ですか」
めっちゃ明るい声のトーンで笑顔なはずなのに、大和にはその女の子の後ろには見えてはいけないものが見える。
「えっと……ご用件は?」
「私が先に質問しています。赤城君の質問はその後です」
「……」
「赤城君聞こえていますか?」
「はい」
「質問に答えて頂けませんか?」
「すみませんでした」
「気を付けてくださいね」
華が笑顔のまま教室に入る。途中大和とすれ違うタイミングで耳打ちをする。
「後でお詫び期待しているからね」
大和は試しに華を目で追いかけてみるとその言葉が嘘ではないことが分かる。
「早乙女さんと赤城君が言っていたことですけど、今日の試合はもう先生方から聞いていると思いますが十二時からです。そして会場はA会場に決まりましたのでその報告です」
華が教室を出ていく。再び教室を出る前に大和と華がすれ違う。
「今から生徒会に来て。お詫びしてね」
華は大和に耳打ちで言い残し教室を出ていく。教室の皆が安堵し、ため息を吐く。それは春奈とて例外ではない。大和は春奈とは昨日のうちに作戦の目線合わせをしていたので、合流時間を伝えて荷物を置き教室を出て生徒会に向かう。もしここで逃げたらこの後の試合が華の腹いせになる可能性がある。それだけは大和としては避けなければ死人がでてしまうかもしれない。むしろ腹いせに大和が屍になる可能性が一番高いかもしれない。考えただけで恐ろしい。
生徒会室に着くと華が生徒会の扉の前で立っていた。
「なんでそんな所で立って待っているのか聞いてもいいか?」
「あー今は模擬戦中だから基本誰も入れないようにしているの。だから生徒会長権限がないと入室出来ないからよ」
成程。試合中に悪戯でもされたら大変だから自分しか入れないようにしていたのか。確かに生徒会室には学校の運営に関わる資料も沢山あるからセキュリティーも万全にしているのだろう。生徒会室に入室し華と一緒に二人掛けのソファーに座る。ちなみに今も自分の権限でしか入れないようにセキュリティーをかけているみたいだ。
「それでお詫びって何すればいいんだ?」
「私のご機嫌とりよ」
「具体的には?」
華がちょっと照れくさそうに大和の太ももの上に頭を載せてくる。
わざわざセキュリティーをかけた本当の理由は甘える為だと大和の頭が理解する。
これで誰にも邪魔されずに甘えられるわけか。大和は華の顔を見ながら右手で優しく頭を撫でる。さっきまで怒っていた華の表情が嬉しそうに柔らかくなっていく。
「ねぇ私の事誤解してない?」
「誤解?」
「うん」
「本当は甘えん坊で人一倍傷付きやすい女の子って事か?」
「分かっているならあんな事もう言わないでよね。皆から言われる分に関しては正直気にしてないからどうでもいいけど、大和だけは特別。大和の何気ない言葉でも私は傷付いたり嬉しかったりするんだからね」
「分かった。今後気を付ける」
「お願いね」
「あぁ」
「ところで私の事好き?」
「華どうした?」
「毎朝春奈の手前大和に厳しくしているから心配になったの。今日は春奈に支度手伝ってもらってたし、朝ご飯まで食べさせてもらってたから……」
華の言葉は大和が春奈に取られるのではないかと言う不安により徐々に小さくなっていく。
最後の方は近くにいた大和ですらギリギリ聞こえるか聞こえないの声の大きさとなる。
「華?」
「何?」
「好きだよ」
華の身体が向きを変えて大和のお腹に頭を当てると手を腰に回す。
大和の素直な一言に華は嬉しさと照れを同時に感じる。
「顔赤いけど大丈夫か?」
「大和のせいだからね。だからもうちょっとだけ」
華は自分が思っている以上に大和にぞっこんしている事を自覚する。
「別にいつまででもいいぞ」
「ありがとう。私幸せだよ」
華の顔が物凄くニヤニヤして真っ赤になる。もはや華自身でも制御がきかない程身体が正直に反応する。そんな華を見て大和は試合前までには、いつもの華に戻る事を信じる事にする。姉さんに言われた通り少しずつ自分の気持ちに素直になる事にした。
姉さんもその方が喜んでくれると思った。
今まで支えてくれた華に少しずつでも恩返しをすると昨日決めた。
「大和?」
「どうした?」
「今日の試合、大和の全力で私にぶつかってきてくれるよね?」
「そのつもりだ」
「これで他校に少しでも威圧をかけられれば次の行事までは学園の評判を落とさずに済む。そしたら最後の学園選抜対抗戦までの準備もできる」
「全ては今日次第って事か」
「うん」
さっきまでニヤニヤしていた華が珍しく涙を流す。今日はどうやら情緒不安定みたいだ。違う。華にとって大和は全てを受け入れてくれる存在であり、自分が思っている以上に大和の事を好きだと先ほど自覚したからこそ、今まで誰にも言えなかった弱音を吐けた。今まで何があっても誰にも言わないで悟られないように頑張っていたからこそ最悪の展開が頭によぎってしまう。そして不安になってしまう。人間誰しもそうだ。どんなに頑張っても初めてすることには不安がつきものだし、華の場合は学園の未来と学園の生徒の未来もかかっている。一人分じゃなく何百人分の未来がかかっている。
「ごめんね。大和の前だと本当に頼りない彼女で」
「気にするな。俺に言ってくれれば出来る事なら何でもするさ」
「本当に優しいね。いつも言葉がちょっと足りない所が残念だけど」
「…………」
華はいつも通りの大和を見て少し安心する。
「こら、困ったらすぐに黙るんじゃないの。分かった?」
「はい」
「よく言えました」
安心したのかそのまま華が大和の膝の上で横になったまま寝てしまう。大和は華の気持ちを尊重して試合までの時間はゆっくり寝かせてあげる事にする。まだ十七歳の女の子が一クラス四十人の十五クラスなので六百人の未来を考えないといけないとは世の中はとても残酷だ。そして高校生活が終われば百人の国家戦闘員の隊長として皆の命を守らなければならない。百人と言っても任務毎に人数も前後して変わることもあるし専属の部下以外は毎回人が変わるので色々と大変だ。緊急時には華の実力なら一回任務でかなりの部下を動かす事が可能となっている。部下の顔や名前その人達の戦い方全てを把握して作戦を組み実行に移す。ミスは許されない。大和が華の立場だったらと思うと怖くて毎日が眠れないだろう。だから大和にできる事はしてあげたいと思う。
試合開始十五分前になる。
大和は春奈達との合流もしないといけないため華の身体を揺らし起こす。
「華試合の時間だ」
「大和? ごめん。いつの間にか寝てたみたい」
華は寝起きで眠たいのか左手で目をこする。大和はそんな華がとても可愛く見える。
「気にするな。甘えたいときは甘えたらいいさ」
「ありがとう」
「あぁ」
「なら行きましょうか」




