風邪
大和は部屋のベランダで少し肌寒い風にあたりながら考えていた。今日、知った情報から推理するに華はずっと一人で悩み苦しんでいた事がはっきりした。生徒会長と言う席には学園の未来が隣にある。常に誰に対しても優しいからこそ人を巻き込む事をしない。全てを一人で解決しようとしている。その癖、人が困っていたら無条件で手を差し伸べる。もし大和が死んだ姉さんだったらこんな時どうしただろうか。 きっと姉さんなら今の自分に出来る事をするとか言ったのだろう。なら今の大和に出来る事は、クラス代表である春奈達のフォローと学年学年代表としての一年生全体の底上げ、そして華のフォローか。愛恵先輩、愛花先輩、玲奈先輩の連携技が完成すれば他魔術学園には脅威でしかない。だが完成しなければ本番では使えない。今年使うと考えればやはり時間との勝負か。こればかりは明日かもしれないし、明後日、一ヶ月後とすぐには分からない。あそこまで出来たなら後は三人の意思疎通の問題だけだ。そろそろ身体も冷えてきたし部屋に戻って寝る事にする。
いつも通り人が気持ち良く寝ているのにこの時間になると玄関のチャイムの音が聞こえる。煩いな。インターホンは普通一回押して部屋の住人がいるかを確認する者だ。仕方ない今日は起きて玄関に行こうかと思う大和だったがいつもの冗談じゃなく真面目に身体が怠く中々動かない。何とか身体を引きずって壁に手をあて玄関に向かう。その時チャイムの音が玄関を蹴る音に変わる。頭が割れる。今日程不快に聞こえた事がないぐらい頭に響いてくる。すると勝手に玄関の鍵と扉が開く。人が頑張って動いているのだからせめてそれまでは待って欲しい。玄関の扉が開き二人が中に入ってきた。
「遅い」
「何回言えば起きるの?」
朝から二人の声が頭に響く。
「すまない。とりあえず今日は後から行くから先に行ってくれ」
大和は壁に背中を当て座り込みながら頭が痛いのを我慢して頑張って声をだす。
「どうしたの? 具合悪いの?」
春奈が慌てて大和の元に駆け寄ってくる。
「悪くないから心配しなくていい」
春奈の後ろで何事かと思って見ていた華も状況を察してこちらに駆け寄ってくる。
「ちょっとどうしたの?」
「頭が痛くて、気持ち悪いだけだ。心配するな」
華が大和の正面で屈みこんで来て右手をおでこにあててくる。
「凄い熱。とりあえずベッドに行くわよ」
二人の女の子が持っていた荷物をその場に置き、大和をベッドに運ぶ。
そのまま水で濡らしたタオルで汗を拭きとる。
「すまない」
「今日は学校休むよね?」
「昼から行く。魔力の暴走した時は俺が止める約束をしたからな」
「今日は休んで体調良くなってからでいいよ? 明日香さんと千尋さんも私が見るから」
「それだと春奈がしっかりと練習できないだろう?」
「練習より大和の体調の方が大事よ!」
春奈は大和を真剣な眼差しで見つめる。
大和の事が好きだからこそ無理する大和が必要以上に心配になる。
「そうよ大和。今日は春奈に任せて休んでね?」
華も心配そうに大和を見る。
「わかった」
「ちなみに私達がいなくなってから、こそっと心配だから学校来たとかはなしだからね?」
「…………」
「大和?」
「はい」
「なしだからね?」
「はい」
いきなり華がため息を吐く。
「はぁ~心配だから今日は私も学校休むわ。だから大人しくしてましょうね」
「何でわざわざ休む?」
「これでも貴方を部下に持っていた二年間から学んだからよ。どうでもいいときはすぐにサボるけど、こうゆう時は周りに迷惑をかけないように無茶するって事を」
「華が休んだら今日の練習どうするつもりだ」
「ちゃんと代理を立てて対応するわ。だから今は人の心配はしなくていいからゆっくり休みなさい」
春奈が話に入ってくる。
「え? なら私も」
「春奈が休んだら一年Eクラスの基幹メンバーいなくなるじゃない?」
華が春奈の言葉にびっくりしている。大和も華と同意見だった。
「とりあえず春奈は学校行って皆をみてあげろ」
「だって大和と華さんが二人きりになるじゃん」
春奈は大和を見て真剣に答える。お互いに好きな人が同じで遅れをとりたくないと意志の表れだと大和は思った。試しに言葉の綾で言いように春奈を転がしてみる。
「学校では基本これから三年間ずっと一緒にいるんだから、たまにはそうゆうの気にせずにいたらどうだ?」
これで全てが解決するとふんだ大和の考えは虚しく別の爆弾が飛び火して爆発する事になる。
「大和どうゆう事? 春奈とずっと一緒って?」
頭が痛い。頼むから耳元で大きい声を出さないで欲しい。
「同じクラスだから普通に考えてそうなる」
「なら私学校行ってくるからまたね~」
春奈がとても勝ち誇った顔で学校に行く。
「大和は私より春奈と一緒にいたいの?」
「それを言われると同じクラスである以上どうしようもないと思うがどうだろうか?」
華が一呼吸する。どうやら落ち着いたみたいだ。
「それもそうね」
「ところで本当に学校休むのか?」
突然甘えた声で大和に抱き着く。
「うん。大和が元気になるまでずっと一緒にいる。それで看病する」
華はそのまま起き上がっている大和の身体をベッドに倒す。
ベッドに倒された大和は華に頼み薬を飲み、水分補給をして横になる。
すると、華がベッドで横になっている大和の隣に潜り込んできて甘える。
「大和一緒に寝よ?」
大和も丁度寝ようと考えていたので了承する。それにしても風邪が移らなければいいが。
「大和?」
「どうした?」
「好きだよ」
華が優しくキスをする。いつも周りに気を張って生きているせいか本当は誰かに甘えたくても甘えられずにいるのかと大和は思った。
「甘えん坊の華って顔真っ赤で可愛いんだな」
大和は素直に思った事を伝えてみる。基本お世辞は言わない。言っても大抵聞き流される事が多いので言うだけ無駄だと思っているからだ。
「うっ……ありがとう」
「どうした? 更に赤くなったぞ?」
「バカ! 照れてるだけ!」
必死の華が可愛い。お布団に顔うずめている華のオデコにキスを軽くして寝る。キスをしたとき華のオデコが大和以上に熱かった事は黙っておく。これが蓮華学園の全生徒の頂点に君臨する生徒会長の姿だとは誰も思わないだろう。
目が覚めると先程まで隣にいた華がいなくなっていた。大和が首を動かし枕元にある時計を見ると十七時を過ぎていた。流石に帰ったのだろうと思い起き上がる。朝に比べると大分楽だがまだ頭が痛い。大和はお腹が空いたのでとりあえずエントランスにあるコンビニ行く為に支度をする。支度と言っても財布を手に持ち、携帯と、家の鍵を準備するだけだ。寝ぐせがついて寝間着だが別に見られても同じマンションの住人とコンビニの店員さんにしか会う事がないので気にしない。支度を終え玄関に向かっていると扉が開く。ここまで来ると自分の家なのに勝手に玄関の扉が開くせいか自分の家って感覚がなくなってくる。扉が開くと華と春奈がいた。
「もう動いて大丈夫なの?」
「あぁ。おかげで朝に比べると楽になった」
春奈の顔が大和を見て少しだが穏やかなになる。本気で心配していたのか。心の中で感謝する。華は大和が出かけようとしていたことに気付く。
「どこか行くの?」
「エントランスまで行って何か買ってこようと思ってな」
「何か必要なの?」
「朝から何も食べてないせいかお腹が空いた」
「なら今から作るから寝て待ってて」
「俺の家に調理器具は一つもないぞ?」
大和の一言に目の前にいる二人が信じられないと言った顔になる。そもそも大和は入学初日から毎日コンビニでいいと考えていた。だから今さら驚かれても困る。
「え? せっかく今日の夕飯の材料買ってきたのに」
ここでようやく大和は華がいなくなっていた理由が分かった。夕飯の食材を買いに行っていたのか。そもそも大和からしたら調理器具がないのにどうやって調理するつもりだったんだと思ったがそれを言ったら間違いなく怒られると風邪で全然動いてない頭がこの瞬間だけは危険を察知して警報を鳴らし大和に教えてくれる。
「なら仕方ないわね。今から私の部屋においで。ご飯作ってあげるから一緒に行こう? 華さんも勿論来ますよね?」
春奈が困っている華と大和に気を利かせてくれる。「わかった」と短く返事をして春奈の部屋に行く。こうしてみると家が近すぎて三人でいる事がいつの間にか当たり前になっている事に大和は気付く。そして少しばかり家族がいた頃の温もりを思い出す。
部屋に着くと春奈のベッドに案内され寝かされた。二人共少し過保護な気もするが今は甘える事にする。それにしても二人はよく大和の話で喧嘩するけどいつもすぐに仲直りしていつも一緒にいる姿を見ていると喧嘩する程仲が良いとはこのことなのだと思う。まるでよく性格が似た姉妹って感じだ。いい匂いがキッチンから足音と一緒に近づいてくる。
「お待たせ~」
「悪いな持ってきてもらって。それより食事はリビングじゃなくていいのか? 寝室だと匂いとか残るかもしれないが」
「今日は特別。流石に病人には無茶させられないから」
「ありがとう」
春奈は気にしてないからと言った表情をしている。
「今日は松の実がゆと卵スープとお腹が空いているって言っていたからベーコンのアスパラ巻きを作ったけど食べれそう?」
「あぁ」
三人で食事をする。それにしても食べやすい。確か松の実はタンパク質にビタミンやミネラルが豊富と母さんが言っていた。お粥にしてくれていることで食べやすい。ベーコンのアスパラ巻きも食べやすいように大和のだけ小さく切ってくれている。これは風邪が治ったらしっかりとお礼を言って二人に恩返しをしないとだな。
大和は自分の部屋に戻り明日に備えて寝る。
翌日、目が覚めると昨日の風邪が嘘みたいに治っていた。
制服に着替えいつも通り三人で登校する。
「今日から実践練習は俺が相手になるから春奈は明日香、千尋さんとしっかり話しあって連携がとれるようにしろ」
「え? それって三人で大和を相手にするって事?」
「あぁ。看病してくれたお礼に模擬戦本番までの期間限定だがな」
そこに華も会話に入ってくる。
「珍しい事もあるのね」
「華にもお世話になったから本番では華の相手になれるぐらいには頑張るさ」
「それは楽しみね。なら私も身体がなまらないようにしとかないと」
華が笑っている。大和だって制限されているとは言えたまには制限されている中ででもいいから本気で魔法や魔術を打ちたい時もある。そうしないと、いざってときに魔力が鈍って不安になるからだ。むしろ蓮華学園に来るまではほぼ毎日命を懸けて全力で戦う事が当たり前だった。それをいきなりしなくていいと言われれば身体が違和感を覚える事は当然の事だ。
「でもそれだと大和の練習はどうするの?」
「それは心配しなくていい」
「春奈が考える事は三人で強くなることだ」
「大丈夫よ。いざとなったら私が相手するから」
「それは遠慮しておく。華のサンドバックにはなりたくないからな」
「あはは~大和でも怖いんだね」
華は春奈がなんでそんなに嬉しそうに笑っているのか疑問に思う。大和がボコボコにされるのがそんなに見たいのかと思ったが多分それは間違っている事に気付く。顔を見れば分かる。その顔は他愛もない会話を楽しんでいる顔だったからだ。




