9.鳴り止まないジャムセッション
日が傾き始め、依頼の受注にくる冒険者もまばらになってしました。ならば代わりにやってくるのは、依頼を終えた冒険者です。
「依頼完了しました。報告書です。あ、これの換金──は、無理か」
「申し訳ありません、今の時間は大変混みあっておりますので換金は専用の受付でお願いします」
「いえ、すみません。それでこれが報告書で──」
一緒に差し出された封筒は、依頼主からの報告書です。依頼を行った冒険者は依頼主からもらうことになっていて、いわば依頼完遂をしっかり見届けたという証書になります。
「良い汗かいたよ、火山は良い」
額に汗をにじませた拳士は、体が所々黒く焦げていますが、気にした様子はありません。
手早く完了の手続きを済ませると、換金の列へと向かいました。
「いちち……あぁ……終わりました……」
「結局ヤりやがったんですか。さっさと報告書だしてください」
「いや違うよ、勝手に向こうが服を自分で裂いて急に叫んで引っかいてきて!」
剣士は引っかき傷だらけの顔で全身もボロボロ、ほうほうの体で叫んでいます。
依頼先で何かしらあったようですか、彼が大なり小なりトラブルに巻き込まれるのはいつものこと。誰も心配する人はいません。
沈鬱な表情でふらふらと去っていきました。
「ご報告ー! ────やったじぇ……」
「おめでとうございます」
「町を西へ東へ縦横無尽さ、あなたのアドバイスが無かったらと思うと……」
オオウ、とおどけるのは盗賊風の少女です。服はよれ、髪もぐしゃぐしゃにしながらも満面の笑みを浮かべています。完了の手続きの間も、喜びは止まりません。
今日の酒はうまいわょぉ! と、用件が終わるなり跳ねるようにはしゃぎながら町へと駆けていきました。
冒険者はめいめいさまざまな顔を見せながら食堂や町へ夕食に行ったり、帰路についています。
一日の労働をねぎらい、思い思い安らかに眠るためです。
そうしてギルドから離れていく流れに逆らう人もいます。
ふらりとやってきた、どくろの杖をついた黒ずくめの男性もその一人です。
「これ行きたいんだが」
「『クライヤ城の幽霊退治』ですね。星四つです。ギルドカードの提示を」
「ほれ。この間四つに上がったぜ、これなら大丈夫だろ」
黒づくめの男が答えるのに合わせて、首にかけた骨のネックレスが怪しくゆれました。
依頼は、当然夜間向きのものもあります。なかにはそういった夜間依頼専門の冒険者なんて変わり者もいます。
彼らは昼に寝床についているために、夕方から姿を表すのです。
依頼は遠くへ向かうことも多く、ひとつの依頼に二三日かかることもあります。
各々自分なりに一日一依頼着実に、汗水流してこなしているのです。
しかし中には、少々様子の違う人も。
入り口の冒険者を押しのけるような勢いで現れた男は、そのまま掲示板に飛び込んだかと思うと、きびすを返してほとんど割り込みギリギリで受付に依頼用紙を叩きつきました。
「この依頼は終わった、次はこの依頼に行かせてくれぇ!」
そう叫ぶのは精悍な顔だちの青年です。そこらで軽い女は容易く引っかけられそうなくらい整った顔立ちですが、しばらくは手入れしていないであろうヨレヨレの服や髪といったひどい身だしなみがそれを台無しにしています。
「いけるだろぉ……?」
すがるように見つめてくる男に、彼女は見覚えがありました。
「まずは依頼完了の手続きを……と。あなた、この昼に受けてましたよね?」
「ああ」
「その前はたしか朝に……」
「そうだが?」
なにを言ってるんだ、とばかりのあきれた眼差しを彼女に向けています。
「半日で二つも依頼を終えて、また行くんですか?」
この男か他の受付で依頼を受けているのを、彼女は偶然にも見ていました。その時も、今のように急いでいるようでした。
「そうさ、ちょっと入り用なんでね」
それでも飄々とした振る舞いを崩しません。何を思っているのか、その感情は読めませんでした。
「とにかく、あなたはこのくらいの依頼ならばすぐにこなせてしまえるんでしょう。依頼主からの報告書も色々書いていますよ」
「おれなら当然のことってね」
「……かなり荒っぽいやり方でずいぶん呆れられたようですが。池の淀みの原因のぬし獲りのやり方とかちょっとそれは……」
「それが一番楽だろ。ぬし以外は手も出していないんだから良いじゃないか」
報告書いわく、この男は池を汚すモンスターを釣るのに、棹や罠ではなくガッチン漁を用いたと言います。それも岩をぶつけた衝撃だけならまだましなものを、わざわざ火の魔石を破裂させてやったというのです。
その威力は凄まじくあっさり"ぬし"は気絶して浮かび上がったところを見事に仕留めたそうです。しかし余波も中々のもの。
池にかけられた桟橋が壊れるわ、魚が減るわと被害も大きかったようです。これでも「"ぬし"の被害を終わらせられるなら安い」とのことですが、書面に所々にじみ出る恨み節からしてどこまでが建前なのやら。
それにこの漁法、普通にほかの魚が大量に巻き込まれ、下手すればそのまま死んでしまう個体もあります。
規制する町もあるくらいにはあまり好ましくないやり方なのですが、平然とやるとは。
「三つ目なんてこなせるのですか、ホントに。それも 『デカイヤ大森林 呪蛇狩り』。夜の方が危険なのですけれど」
「やれるからやるんだ」
その口調はいたって真摯で、自信に溢れた眼差しをしていました。
彼女も折れて、ため息を返すしかありません。
受理の手続きを始めました。
「丁寧にお願いいたしますね。依頼人と周辺を第一に。依頼をさっさと終わらせようとして、周辺を巻き込んでメチャクチャに、というのは昔からあるんですから」
「そのくらいは耳タコさ」
どこまでわかっているのやら、じろりとにらむ彼女の視線にもヘラヘラするだけです。
「受理してくれるのはありがたい。正直なところおれは、さっさと寝てろと言われるかと思ったんだがね」
「あら、そんなこと考えるなら本当にベッドに行った方がよろしいんじゃないですか」
「お? なら一緒に来るかい?」
「ご冗談を」
「君となら良い夢が見れそうなんだがなぁ……残念だ」
手を天に向けて首をふるその表情に、惜しむようすは伺えません。
「じゃ、また明日の朝にでも」
男は受理手続きの完了を受けるなり、笑いながらも急いで去っていきました。
「慌ただしいわねぇ……」
外から映る影は、もう長く長く伸びています。




