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8.センチメンタル一期一会

 

 冒険者ギルド受付嬢。


 それは冒険者がもっとも接する存在であります。常日頃から顔を合わせている冒険者の中には、受付嬢目当てにギルドへやってくる人も数多くいるのです。

 なにせ受付嬢に選ばれるのは粒ぞろいの美女ばかり。彼女らはギルドの顔、いわばギルドの高嶺の華、アイドルのような存在なのです。 


 そんな受付嬢にはある不文律があります。”冒険者と深く関わってはならない”というものです。


 お付き合いしかり、宗教勧誘しかり。そして、馴染みの冒険者の墓参りも。


 受付嬢は、命を懸けて依頼に挑む冒険者たちに等しく向き合っています。朝に依頼を受け取った冒険者が昼には死んでいた、なんてことはざらです。その人は墓参りに、という"選択"は彼らに泥を塗ることになってしまいます。


 受付嬢はカウンターで、一人一人の冒険者の覚悟と向き合っているのです。




「あの……これを」


 雨傘草の収集を早くも終えて戻ってきた魔法使いの少女が取り出したのは手のひら大の四角い箱です。ほのかな光を放っているその箱は『スクエア・インベントリ』。多くの道具を内部に収納できる"魔法のふくろ"です。


 それは、どす黒い血にまみれていました。


「これ、帰り道の途中に落ちていたわ」

「……お拾いになられたのは、カタイヤ平原ですか」

「中ほどの岩場に転がっていたわ。周りには損壊した死体がたくさんあった。たぶん、三四人ぶんくらい」


 スクエア・インベントリの役目は二つ。何らかの物を運ぶさいの"箱"か、冒険者のありがたいお供か。この血まみれの箱は、後者のものでした。


 これはギルドが管理していて、依頼や申請によって逐一貸し出されます。

 底にふられた管理ナンバーを調べると、昨日にカタイヤ平原の隣、ヒロイヤ砂漠での大ムカデの群れ退治を請け負ったパーティーが借り出していました。


「彼らがですか……」

「一緒にガーリ馬の死体もあった。そっちはこんがり焼けてたから、魔法で倒されたんだ」

「では、対処している時に不意をつかれたと……」

「そうじゃなきゃ、あの人たちがやられたりしないよ」


 剣士の青年が率いる若者ばかりのパーティーですが、スクエア・インベントリを持てるように実力者揃いのかなりの有望株でした。


 冒険者が道具としてはこれを借りるには星六つ以上でなければならない、というきまりがあります。


 構造が複雑なので量産は非常に金がかかるために実力と信頼が欲しいということが一つ。そしてかけ出し冒険者には早すぎる、ということがあります。


 むやみに使わせても彼らのためにならないのです。


 スクエア・インベントリならばポーションや薬草、武器や罠などさまざまな道具を、それこそ溢れんばかりに入れることができます。

 しかし見習いの時からそれを使わせては、道具頼みの冒険者になってしまいます。どのような道具を、どれほどなら気にせずに持つことができるのか。道具のない状況にいかにして対処するのか。

 適切に見極めなければなりません。


「爪みたいのでおっきく切り裂かれていたから、やったのはガレオン虎じゃないかとおもう」

「ガレオン虎ですか……ちなみにそちらの方は」

「さすがに見当たらなかったよ」

「いえ、無理をしいることはできません」


 対処できなかったというのは仕方ありません。


 人を襲うモンスターがいる、ということはその道を通る行商人にとっても危険です。ギルドからも討伐依頼を出さなければいけないでしょう。


「ところで、そちらの処理はどうでした」

「いっぱい周りに散らばっていて、その肉を目当てにタイカイエナが群がっていてね。倒したんだけど結構ひどくやられてたから、あまり回収できなかった」


 魔法使いが懐から出した袋から取り出されたのは、いくらかの指輪や髪止めなどの装飾品や毛髪でした。血などの汚れはほとんど見えません。


「できるだけ無事なものをもってきたよ。残った遺体は燃やして埋めてしまった。街道が近いし残していいものでもないからね」


 それはギルドにはありがたいことです。ギルド側の手間が一つ省けたことになります。


 血のにおいというものは想像以上にモンスターに効き、手負いの獲物目当てに新たなモンスターを次々におびき寄せてしまいます。それも興奮していることがほとんどです。


 わりと穏やかな種のモンスターが多いほうのカタイヤ平原でもそれは脅威。

 場合によってはギルド職員がすぐさま現場で確認と処理を行わなければならなかったでしょう。魔法使いの少女の対応は間違っていません。 


「それとこれ。たぶん、それぞれの灰。混ざってはいないはず」

「ありがとうございます」


 小分けになった灰の袋は、彼女の手にずしりと重くのしかかります。

 これがあるだけでも、家族や彼らを知る人が受けるものは異なるでしょう。

 居た証がある。それだけでも、ずいぶん心象は変わってくるのです。


 受付嬢が亡くなった冒険者に向かい合えるのはのは、この時だけ。彼女はそっと、灰袋を握りました。


「あの人たちのことは私たちも知ってる。私もくるものはあるよ。同じ魔法使いに魔法の手ほどきしてもらったりしたもの」

「少々人としては問題がありましたが、良い冒険者でした」

「金貸してないでよかったよ。……死んだ同僚のの通報は初めてだけど、あなたたちは泣かないんだね」

「はい。私たちが泣いては、冒険者がたも前に進めませんから」

「あなたたちは、強いよ」


 魔法使いの少女は、そっと目を拭いました。

 彼女はただ、静かに微笑むだけです。


「いいえ、私たちはここで、ただ待っていることしかできませんから」


 そっか、と天井を見上げて。

 改めて向き合った顔は、少し目元を赤くしています。でも、もう涙はありませんでした。 


「じゃあ私たちは、いつでもしっかり帰ってくるよ」

「私は、いつでも待っていますよ」


 立ち去る少女の背中は、朝よりも少しだけ大きく見えました。



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