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6.料理処のロンリーウルフ



 冒険者ギルドにも、備え付けの食堂が存在します。

 わりと低価格路線でありながら味もしっかり。まだ稼ぎの少ない冒険者向けでもありますが、主な目的は冒険者同士の出会いの場です。

 食をともにし、酒を飲み交わして交友を深めあいます。この食堂に集まった人たち同士でパーティを組み、依頼に出ることも多いのです。

 人の常として、そりが合わずにケンかが起きることもしばしば。それでもみんな思い思いに穏やかな一時を過ごしています。


 彼女もお昼の時間。受付嬢はシフトの関係から昼食の順番が何人かで順繰りにやってきます。

 彼女は今日は一番の組です。意気揚々と食堂の方へやってきたのですが、今日は少しばかり様相が異なっていました。


「へいお待ち、焼豚チャーハン五皿だ!」

「豚野菜炒め。定食の分よぉ!」

「おいっ、ソースねぇぞぉ!」


 厨房に響く怒号は壁をも突き抜け、ギルド中に響きわたります。


 料理人たちの姿は、ゆらゆらと熱気に揺らめいています。

 炎とみまがうばかりの熱気に溢れた厨房で、幾人もの料理人が競うように腕をふるっています。

 そこはさながら戦場でした。

 その目は血走り、歯を食いしばり。一身をかけて食材に向き合っています。

 厨房が戦場なら、食堂のほうは戦勝を祝わんばかりに沸いています。昼から酒と歓声が飛び交う凄惨な状況に彼女は目を向いていました。


「なにごとです……?」


 思わず呆然とつぶやいたのも無理はないでしょう。それほどに、普段の憩いの場というべき姿とは異なっていたのです。


「いやあ、お騒がせしてます」


 給仕の看板娘の鳥人も、少々困り顔です。


「ちょっと持ち込みがあってね、それでみんな沸いちゃって」

「それでこんな騒ぎになるのは珍しいわね。いったい何が持ち込まれたのよ」


 食堂にはギルド料理部の担当者が仕入れをしているのですが、冒険者がしとめた食材が持ち込まれることもあるのです。


「それがですね、魔牙猪なんですよ」

「それ、ホント?」

「ホントです……ほら」


 そういって鳥人給仕が指さす厨房の片隅には、毛皮を剥かれた肉塊がデカデカと置かれていました。人間四五人分の体躯はゆうに有るでしょう。


「ホントになの……?」

「マジモンなんですよ……」


 彼女が思わず聞き返したのも無理はないでしょう。魔牙猪は予想外です。

 それは山の森に住む大猪の魔獣です。子供の個体でも大男を有にこす巨体とり力、口の硬い牙が特徴で、並の冒険者ではたちまちやられてしまいます。

 これほどの大騒ぎになってるということは食材としていくらか浪費されているというのに、あの肉塊はまだまだ威容を見せています。

 なかなか見ない、よっぽどの大物だったのでしょう。

 それほどの獲物が食堂に入るとは、かなり珍しいことです。


「なんとまあ、太っ腹なことを……」


 ギルド鑑定部で売り払うと、皮や骨など素材の加工転売などを見越して売却額はかなり上乗せされるのですが、食堂での使用を希望となると肉は食材として自身で消費されるために、額面はかなり目減りしてしまいます。

 魔牙猪は牙や肉まで全身が魔力をふんだんに含んだ食材として人気で、市場に卸しても引く手あまたで高値で捌くことができます。だというのに食堂に持ち込んだというのです。


「それは荒れるわよ。誰がそんな酔狂な」

「ほら、あそこで何もないように装っても、ちやほやされるのを期待してそわそわしている汚いおっさんですよ」

「ずいぶんひどいこと言うわね」

「あの人がしとめたんですよ。狩人とよばれているだけのことは有りますね」


 そこにいたのは、むさ苦しいという言葉がこの上なく似合うような男でした。

 ボサボサのひげも髪もざっくばらんに切り、ガタイのいい身を包む毛皮の上着からチラリと見える肌は岩のようです。

 ちらちらと食堂の冒険者たちの視線を向けられている男は、端のちいさなテーブルでちびちび酒のグラスを傾けています。

 それでも注目を受けているのは当然でしょう。

 彼は星六つの冒険者、ギルドでも有数の実力者です。


「ずいぶんチラチラまわり見てますよ。あ、ほらまた」


 ちら、ちら、と。周囲にこっそりと目をやっています。しかし他の冒険者と目があっても、目をそらされています。


「かっこいいですよねぇ、人も寄せ付けない、孤高の冒険者! もうちょっときれいならいいんですけどね……」

「ええ? そうはいってもね……」


 彼女の見つめる先、狩人はむすっと黙ったままです。


「どうぞ」

「む……来たか」


 届けられた焼き豚をちまちまつまみながらも、去っていく給仕、通りすぎる冒険者をちらちら目で追っています。

 そこに近づいていくのは、昼間から赤ら顔の中年冒険者。


「おい、あんちゃん、こんなうまいもん持ってきたんだろう。あんがとよォ、これはおごりだ」

「む、そうか。いやない、そんな大したことはしていない。こいつ──」

「邪魔しちゃあ悪いからな。俺はさっさとお暇させてもらうさ」

「────は、なん、ぎ……」


 あっさりふらふら立ち去る中年冒険者にやおら手を伸ばそうとして、すぐに手元の酒に目を落としました。

 その肩は、心なしか落ち込んでいるようにも見えます。


「狩人は一匹狼、俗人は寄せ付けない……壁も固いし、もっと清潔ならお近づきになりたいんですけどね」

「あきらかに人付き合いへたくそなだけなんだけどなぁ……」

「やっぱりそう見えます?」

「そうでしょ」

「じゃあ……行ってみますか」

「それじゃ、これをね……」




 狩人の前にカップが一つ、置かれました。


「む、これは頼んでいないのだが」


 狩人の不満を受けつつも、鳥人給仕は淡々と伝えました。


「これは、ある方からの奢りだそうです」

「むぅ、またか……」

「あのぅ、あなたがあの魔牙猪をしとめたんですよね」

「ああ」


 ぶっきらぼうに、狩人は答えます。

 すると、鳥人の表情がぱっと明るく弾けました。


「あんな大物をしとめるなんてすごいですね!」

「────! はは、たいしたことではないさ。運が良かっただけだよ」

「謙遜しちゃってぇ! どうやったんですか?」

「うむ……! タカイヤ山にに向かっている最中だ。カタイヤ高原を通っていると、地揺れとともに大きな足音がすさまじい速度で迫ってきたんだ」

「おお、それが──」

「──うむ、あの魔牙猪だったのだ」


 給仕が異相づちを宇都のに会わせて、狩人も話を進めて言います。先ほどまでの静かな様子が嘘のようにつらつらと言葉を並べていて、その口振りはなめらかです。

 酒を口に含んでは舌を回し、饒舌な口は淀みなく、どことなくその気配もうれしそうにしています。


「うーむ、やはり」 

「あれ、何してるの?」


 うしろから声をかけてきたのは、ドワーフ先輩です。

 無理に残って作業をしていたはずですが、あっさら終わらせてしまったようです。


「あれ、もうそんな時間でした」

「まあそう急いで食べたりしなくてていいからね」


 食堂へと視線を向けた先輩は狩人を見るなり、表情を変えました。


「あいつ……っ!」

「あれ……どうしました?」


 ドワーフ先輩は顔色を変えて狩人へと向かっていきます。


「すみません」

「ふぇえ?」

「ん、あんたも聞くか?」


 狩人は明るくドワーフ先輩に声をかけています。最初の寡黙な様子が嘘のようです。

 しかしドワーフ先輩は素知らぬ顔で、努めてにこやかに言いました。


「ご依頼の方は順調でしょうか?」

「────あ」


 そのあごを落として呆然とした顔が、答えでした。

 ぱっ、と残っていた料理をすぐに口に詰め込み、瞬く間に荷物を抱えるとたちあがりました。


「すまんが、用事を思い出した。また今度にしてくれんか」

「はぁい!」


 給仕の元気な返事を背に、狩人はそそくさとギルドから出ていきました。

 鳥人給仕が肩を落とすのを見ながら、ぼそりと呟きました。


「やっぱり依頼の途中でしたか……」

「思いがけず良いもん穫れたから、話題にしたかったんだろうさ」

「なんでまた」

「口べたなのに寂しがり屋なだけさ」


 その言葉に、はて、と彼女は首を傾げます。


「その割には、狩りの話はずいぶん饒舌だったんですが」

「ああいうのは知ってることと、話したいことだけは口がまわるのさ」


「タカイヤ山の魔牙猪がカタイヤ高原に居たってのは気になりますけど……」

「そこは受付の仕事じゃないね。まだ料理来てないんだろ? とにかくさっさと食っちまおうか!」

「ですね」 


 そのとき、カタリ、とテーブルにカップが二つ置かれました。中は暖かな紅茶が並々と注がれています。

 彼女は注文した覚えがないものです。


「あたしの奢りさ。あんたパッパと済ますことが多いが、たまには二人で語らうのも良いじゃないか」

「ふふ、そうですね。では、ありがたく」

 

 口に含めば、華やかな香りが体の隅々まで広がっていきます。


 


 食事時。冒険者たちのにぎやかな喧噪はギルド中に響いています。


 

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