4.深夜番のエルフ大先輩
彼女が花摘みを済ませて廊下を歩いていると、休憩室からだれかが出てきました。
「ふぉう、おはよう……おやすみ」
「おはようございます、深夜番お疲れさまでした」
ゆらゆらと、幽霊のように歩いているのは、金髪の女性です。その髪から見える長い耳と白い肌はエルフの証左。彼女の先輩の一人です。
「あれ、こんにち、わだっけ……?」
「まだ十分朝ですよ」
寝癖でボサボサの頭に、しわも寄ってしまった制服。時間感覚を失うほどに寝ぼけた様子は、明らかに睡眠不足です。
エルフ先輩は昨日の深夜担当だったのです。ギルドも夜は寝床で寝るものですが、依頼はそうは行きません。モンスター退治や、自然やモンスター由来による災害対応などの緊急の用件などが飛び込んでくることもあります。
深夜番とも呼ばれる深夜担当は、そのような用件を確実に受け取る為にギルドで極力寝ずの番をするのです。
「やっぱ私は自分のベッドの魔力が気持ちいい……」
「ベッドの魔力、ですか?」
夜は自分のベッドで寝るのがいい、と力説を続けるエルフ先輩ですが、そのような話は初耳です。
「気持ちいいわよ、キジムナンで編んだハンモックで、グリーンスライムにくるまって眠るのは。魔力が染み渡るわよ……」
「いえ、結構です……というか殺されますよ」
「大丈夫よ、マタノコダケの煮汁ってあるでしょ、痺れる珍味。あれ吸わせてあるから、どっちも酔って私を舐めてくれるだけよ」
「えー……」
いや、それもおかしいだろう、と彼女は目を向きました。
吸精妖樹キジムナン、猛毒のグリーンスライム、寄生茸マタノコダケ。
どれもがギルドは関連する依頼に星六つ以上を指定するほどの危険物です。
個体は弱いのですが、その身の毒や特性が非常に危険なのです。
いくら加工しているとはいえ、生きたまま寝床に使っているというのですから、彼女も思わず正気を疑ってしまってもおかしくありません。
「これ使っているとね、魔力が刺激されてお肌ピチピチツルツル、体の痛みも消えていくわよぉ……ぅ」
「なんでそんな……?」
寝不足か揺れていたエルフ先輩の目が、そのときだけはじっと彼女を見据えていました。
「やあねぇ、いつまでも若く美しく。それだけに決まっているじゃない」
彼女は、エルフ先輩の年齢は詳しくは知りません。
知らないのですが、一度だけあった酒の席でよったときに何かしらのことばをこぼしていたのを聞いたことがあります。その言葉から推察するに、彼女の祖父母、そのまた祖父母とさらに六つか七つ重ねて届くかどうかというほどには年上なようです。
さすがのエルフでも外見に年を取り始めても当然の年齢です。もちろんその奇妙はときおりギルド職員や冒険者の間でもささやかれてはいるのですが、いまだ解決をみたことはありません。
(私と同じ年頃から受付やってたとして、魔王戦争まっただ中かぁ……)
かつてあった魔王戦争。その魔王を倒した勇者はついぞ行方不明。魔王とともに次元の狭間に消えたともいわれています。
その頃からこのギルドで一職員をしていたであろう彼女は、なぜ一職員のままこのようなところにいるのでしょうか。
(聞いてみようにも、なかなか切り出せないわね)
「まあ今度家に来て、あなたも寝てみてもいいわよ……」
「ちょっと物理的に溶かされそうなので……」
「あら、残念」
エルフ先輩はおやすみ、と寝るに寝られずふらふらな様子で朝焼けの町に消えていきました。




