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3.良い冒険者、悪い冒険者。そんなの人の勝手、だといいね

「依頼の期限はすぎています。キャンセル料をお支払いください」

「そぉはいわれましてもねぇー」


 ギルド中から向けられた視線にいもかさずにああだこうだ、と言い訳を続けているのは、剣士の猫人です。

 この猫人、依頼を受けたいと来たのはいいのですが、以前に受けた依頼をほったらかしの末、期限を過ぎていたのが判明しました。


 期限を過ぎても姿を消したままならば、”依頼は失敗、失踪した”として捜索リスト入りしていたことでしょう。しかし姿を見せたのなら、やってもらわねばならないとがあります。


「キャンセル料を払いなさい!」

「そんなもん知らん!」


 依頼は、書面などで依頼主の代理にギルドが『契約』が結ぶことによって依頼の受注が完了するのです。

 その契約のなかに違約金、キャンセル料というものがあります。もうけられた期限に間に合わず失敗してしまったり、続行不可能な状態になるなどして途中で依頼を放棄する、となればキャンセル料を支払うという約束になっているのです。

 ギルドが冒険者をとがめる為ではありません。依頼は冒険者と依頼主の間での信頼によって成り立つものです。それを破るとなればその信頼を裏切ることになってしまいます。そのための誠意として、違約金というものがあるのです。


 放棄するとなればそれは自身の力不足を露呈してしまうことにもなり、その数が積み重なればやがて冒険者個人の信頼にも関わってきてしまいます。

 そのために冒険者はみんな必死に確実に依頼を吟味するのです。挑戦しつつも、確実に己に実行できる依頼を。なにせ懐の寂しい冒険者にそのような無駄金は痛手です。


 しかし冒険者はどちらかといえば荒くれ者の部類。そのようなところもまともに取り合おうとしない問題児も多いのです。この猫人剣士もまたその一人。


「だってぇーそれオレじゃないんですー」


 ほうら、と嘲笑うように指し示したのは、依頼受領書の記名欄。

 そこには目の前の猫人の名前、というには少々問題がありました。


「これ、オレじゃないでしょ?」


 猫人剣士が指し示す名前欄には、少しだけ違う名前が書かれていました。一見猫人の名前が書いてあるように見えますが、文字を崩して、バラバラになっているかのように書かれているのです。違う人の名前だと言い張れば、押し切ってしまえるかもしれません。


「ねぇ、ちがうでしょぉ。だからオレじゃない!」


 これで完璧、論破した、と言わんばかりに猫人剣士は高笑いを続けています。


(いや、あなたが書いたように見えるけど。でも、こんなミスを見逃すはずが───)


 書類を受け付けた担当者を見ると、そこには新人ちゃんの名前がありました。

 一番の新人の子ですが、このような言い逃れを許す余地が残る記載を許すのは大きなミスです。しかしどうも疑念は拭えません。


(あの子の名前も、こんな書き方してたっけ……?)


 どうも、その名前の書き方もちょっと違うように思えるのです。新人ちゃんの普段のものとくらべて、堅苦しく見えます。まるで、むりやり柔らかくしているような───

 眉をひそめて名前欄を見つめる彼女の視界に、猫人が割り込んできます。彼女を見上げて、ねっとりと笑っていました。 


「ですけど、わたしにはあなたの名前に見えますね」

「書類を疑ってるの? まさか、偽造したって言うの?」


 おもしろいことを聞いた、とばかりに猫人は笑いたそうに顔をゆがめています。


「まったく、このギルドに名高いオレさまがそんなこと!」

「ええ、ギルドに悪名高いあなたさまがそのようなこと!」


 ニャハハ、ホホホ。二人の間に火花が走り、静かに燃え上がっていきます。しかし、はぁ、と彼女がため息をつくとその空気も落ち着きを取り戻しました。

 急な変化におや、と猫人剣士がいぶかしんでいると、


「では、筆跡鑑定におかけしましょう」

「はい……?」


 彼女の言葉に首を傾げました。


「ひっせき……? それはなんだい」

「人それぞれの文字の癖を、筆跡と言うそうです。剣士のかたですと”太刀筋”と言うとわかりやすいでしょうか。この名前などの筆跡と、いままであなたが提出してきた資料の筆跡がどのくらい一致するか調べてもらうんです」

「そ、そんなこと……」

「担当するのは、私たちギルドの鑑定部です。彼らの腕を知らない訳では無いでしょう」


 冒険者が採掘した発掘品などを見て、価値や詳細などを評価をするのが鑑定部です。彼らの仕事は非常に信用を得ていて、市井の鑑定士でも元ギルド所属というのなら十二分に箔がつくほど。


「うぅっ……」

「彼らの腕ならば、あなたにかかってしまった疑念をすっかり晴らしてくれることでしょう!」


 猫人が目に見えてたじろぎました。彼も含め、冒険者ならばギルド鑑定部の腕前はよく知っています。


「そんなに、すごいのかにゃ?」


 猫人は口調が変わってしまっていることにも気づいていない様子。彼女も素知らぬ顔です。


「一致しないならばそれでいいんです。私の勝手な誤解でご迷惑をおかけしたのですから。もし、万が一に一致された場合は───」


 伏し目になった彼女が悲しげな表情でため息をつけば、猫人剣士はごくり、と唾を飲みました。


「では、さっそく鑑定に───」

「───ああ! 思い出した思い出した。ぼくこの依頼受けてたよ!」


 突然、猫人剣士が言いました。人が変わったように明るく愛想良く笑っています。


「ごめんね、すっかり忘れていたよ。いやぁ、なんでこんなこと忘れていたのかなぁ!」


 懐に手を突っ込んだかと思うと、その手に握った小銭を受付にたたきつけました。

 散らばった小銭に一瞬目を取られてしまった隙に、猫人剣士は背を向けて駆けだしてしまいます。


「あ、ちょっと!」


 手を伸ばしても、受付の中から届くわけありません。

 呼び止める間もなく猫人剣士はギルドから飛び出していってしまいました。


「まったく、もう……」


 ほんとにブラックリストにでもいれてやろうか、だのと文句や悪態が脳裏を駆け巡りますがおくびも顔には出しません。注視していたほかの冒険者に愛想笑いを返しながら小銭を拾い集めていきます。

 さっさと目につくものを拾いきって、首を傾げました。


「…………んん?」


 もう一度周囲を見回しても、小銭は見当たりません。その手の中がすべてのようです。


「…………足りない……」


 これが欲しかったんだろぅてめぇ、とばかりにばらまかれた小銭ですが数えてみるとどうにも足りません。

 手のひらの中で四割ほどでしょうか。


「…………」


 もう猫人剣士の姿はありません。


「あんにゃろぅ……」


 彼女は受付の脇のメモにそっと、注意リストへの申請を忘れぬように書き入れました。


「……次の人、どうぞ」


 また、冒険者がやってきました。


 


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