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1.いい天気だね、受付嬢


 けたたましくも優しい、力強い鳴き声が聞こえてきます。

 ケムサク鳥の朝のいななきです。


 これが鳴くのは夜明けの合図。


「───むぅ……むぅん……」


 ベッドの誘惑に引きずられながらも、彼女は目を覚ましました。


「ひぅっ……冷たい」


 さっと井戸汲み水で顔を洗うと、心まで冷えた水が寝ぼけた頭を引き締めます。


 今日の朝食は乾燥パスタ。茹でてからすりつぶした真っ赤なトメルトをあえれば出来上がり。

 さわやかな酸味が、空きっ腹に染みわたっていきます。単純な、それでもおいしい彼女の最近のお気に入り。


「さて、きょうも行きますか」


 仕事の時間です。

 外行きのワンピースに上着を羽織って、小屋を飛び出しました。

 小さな小屋でも彼女の城。寝室とキッチン、リビングと三つもあればまず十分。

 ふと、足を止めて小屋を振り返り、


「行ってきます!」


 動き始めた町へと、今日も駆けだしていきました。



ーーーー


 空では日もすっかり顔を出し、人が行き交い始めた町は少しずつにぎやかになっていきます。

 

 彼女がやってきたのは通りに面した、質素ながらも大きな町一番の屋敷です。

 開かれた大きな門の上に掲げられた旗には、盾の上に交差した剣と杖が描かれています。それは、冒険者ギルドの証。

 開かれた門に次々と人が入っていきます。斧を携えた屈強な戦士。ローブをまとった魔法使い。

 まだ朝早いというのに、様々な人があちこちから現れてはギルドに吸い込まれていきます。

 誰も彼もが、冒険者です。


「相変わらず早いわねー」


 そっと脇道にそれると中程に、固く閉ざされた小さなドアがありました。

 懐から取り出したカードをかざすと、ひとりでにドアが開きました。ギルド職員用の魔法の鍵です。

 ひょいっ、と裏口に飛びこめば、ドアは勝手に閉じられました。


ーーーー


「おぉう、嬢ちゃん、飯食ったかー?」

「きょうは食べましたよぉー!」


 ギルド内の道すがら、食堂のおじさんおばさんたちが声を掛けてきます。


 挨拶もそこそこに今度は更衣室のドアを開けようとして───


「あ、おはようございます、先輩! お先に失礼します」

「きょうもよろしくね」

「はい!」

 

 元気いっぱいな後輩に道を譲って更衣室に入れば、多くの女性がいました。

 制服に着替え、化粧をして仕事の準備の真っ最中。

 だれもが、彼女がみる分にも見目麗しく、可愛らしい姿です。


「今日も仕事よー辛いわー」

「あの店はおいしいんだって!」


 顔を洗ってばかりの猫人同僚に活を入れ、隠れたオススメ料理店を熱弁するドワーフ先輩に相づちを打ちながら、彼女も制服に着替えます。

 長袖のシャツにノースリーブの上着。タイトスカートと相まってシックながらも可愛らしい、と人気の制服です。


「よっ───と……?」


 スカートを履こうとして、少しだけつっかえる感じがしました。


───あれ、ちょっと窮屈……いや、まさか……?


 よぎる疑念は頭の片隅に押しやります。

 さっと化粧をすませば着替えは完了、戦闘態勢です。


 先に行った同僚の後を追って角を曲がると、その先に見上げんばかりに大きな男性がいました。ギルド長です。


「おはようございます、長!」

「おはようさん。そういうのはいらんがなぁ。ま、今日も一日よろしくね」


 立ち止まって姿勢ををただしても、ギルド長は眉をひそめるばかりです。

 堅苦しいのは大嫌い、と公言してはばからないギルド長は、苦言を呈されます。威厳を作れ、と。

 挨拶ですら最初はいらないと言っていたのですが、みんなの説得でようやく”会ったらでいい”とまで譲歩を引き出せたのです。


 彼女も、もう少しシャッキリしてほしい、と思ってはいますが、ギルド長はその程度のことにまともに聞く耳を持たないのは承知のこと。

 さっさと立ち去るギルド長が角に消えるのを待って、彼女は再び歩き出しました。さっきよりも早歩きです。急がなくては。


「でも好都合!」


 挨拶があっさり終わったのはありがたいことです。ほかのギルドでは、たらたら長い挨拶をギルド長室までしに行かなければならない所もあるというのですから。


 

 さっと職場に飛び込んで受付をみれば、先にいた同僚たちは悲鳴をあげんばかりの慌ただしさ。

 窓が開けられたカウンターから覗いてみれば、受付に並ぶ人、人、人の列。

 長く延び、入り口まで届かんばかりの有様です。


「はやく、お願い!」


 猫獣人の嘆願に親指を立てて答え、さっと開いてる受付席に飛び込みました。

 個人で受付席は定まっていません。空いている席に座ればそこが自分の席となります。

 ささっと備え付けの筆記用具やらの置き場を自分流に調整して、目の前の扉を開け放ちました。


 はっ、とお腹に力を込めて、叫びます。


「後ろにお並びのかた、こちらにどうぞ!」


 そうしてやってきた剣を携えた冒険者は、依頼の紙を差しだしました。


「この依頼を受けたいんだが」

「はい、では確認しますね!」


 彼女の職場は、冒険者ギルド。

 職業、受付嬢。


 今日も彼女の仕事が始まります。


 



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