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#1 軒先
春の雨は冷たくて、濡れた蕾は夜明けを待つ。
傘を差さずに歩く先、小さな書店が目に留まる。
開店前の軒先を借りた1人の男は、空を見上げて何を想うのだろう。
ギィィ……。
男の近くの扉が開くと、中から傘立てを持った、小柄な女性が姿を見せた。
1秒……2秒……。
ごく僅かな時間見つめ合う2人。
「…………茉莉」
男は驚いたような顔をしたが、女性の胸元に付けられた名札を見て、すぐに表情から色を消した。
バタンっ!
女性は慌てた様子で店内に戻ると、バタバタと騒がしい音を立てながら、再び扉を開ける。
「……こ、これ……使って下さい。風邪……ひきますから」
差し出されたタオルに、男はそっと手を伸ばした。
「……ありがとう」