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第9話 決闘

 入学時に極大魔法を討ちやがった新入生がいるという噂はそれはもう高速で伝わった。それは当然だろう。人の口には戸が立てられない。あんなものを見せられては誰もかれもが饒舌になる。

 そういうわけで、レイラの名前は一夜にしてラブレストの街中に広まった。誰も彼もが彼女のことを知っている。

 天才。神童。怪物。それはもう呼ばれ方は様々だが、決まっているのは、超高評価だということ。力が尊ばれるこのラブレストにおいて、それだけの力を示したということは賞賛される事柄だ。


 しかして、それを心良く思わないものも当然いる。


「決闘だ。キミのような田舎者が、この私よりも優れているなど何かの間違いだ。それを今から証明する」

「…………」


 そこにいたのは赤の制服を着た優男。金髪碧眼。少しとがった耳は、貴族の証だ。それはかつて、貴族という存在が出来上がる時代までさかのぼる。

 貴族とは力を持つ者である必要があった。強い力。魔獣の被害が多かったこの国の前身は、力を魔法を求めた。

 ゆえに、魔法の始祖たる木々の精霊種たるエルマードと交わった。それゆえに、今も貴族にはその血が薄まってはいるが流れている。

 それゆえに金髪碧眼で、耳が少しだけとがるのだ。


 そんな男は、レイラに手袋を投げつけてきていた。同い年。同期の一年生。レイラの実力を目の当たりにしておきながら、それが何かの間違いだとプライドを傷つけられたとして決闘を挑んできたのだ。

 アレは何かの間違い。何かのズル。この私が負けるはずがない。

 そんな傲慢が彼を突き動かしていたのである。


「さあ! 決闘だよ、決闘! あのガストヴィルティンの神童とミストセパレータの天才が、決闘だよー! さあ、張った張った!!」


 どこからともなく現れる立会人と賭けの胴元。手慣れた様子で、集まってきたやじ馬たちは賭けの券を買っていく。

 これはラブレストで良くある初年度の恒例行事のようなものだ。勘違いした連中が、毎年毎年起こすので、今ではこうやって決闘となれば賭けやら出店が始まるようになっていた。


「れふぃらー、はんはるれー」


 口のものを一杯に詰め込んだクメルにはさすがのレイラの呆れる。他の新入生たちが、事態について行けず右往左往しているというのに、彼女だけは一人で店で食事を買い込み、レイラに賭けてすっかりとお楽しみモード。

 本当、最初の緊張していた時の彼女はどこへ行ったのやら。


「はぁ」

――で? どうすんだー?

(……交代。相手が剣を使うのならアンタの出番でしょう)

――わかったよ。


 相手は剣を抜いている。となれば、こちらも剣を抜くのが筋である。相手が魔法を使ってきても、駿河ならば躱すか切り払うか出来るだろうという信頼もある。


(それに、実戦がしてみたいと言っていたでしょう?)

――こういう感じのは求めてなかったが、ちょうどいいか。好きにやらせてもらうよ。


 駿河が表に出る。長い金髪を後ろでくくりポニーテールにして、用意されていた剣を取る。訓練用の刃の潰された模造剣。斬れはしないが、当たれば痛いのは確実だ。


「本当にやるのか?」

「当然だ。まさか、逃げるのか?」

「いいえ」


 剣を握れば頭の芯が冷えてくる。宿痾が、そう在れと叫んでいるのだ。


「さあ、いつでもどうぞ」


 自然と口を突く一言。


「どこまでも、私を馬鹿にするか!」


 開始の合図とともに向かってくる男――ハロルド・ミストセパレータ。


「我が名において命ず・無形の力よ、我が身に宿れ――強化!!」


 総身に宿る魔法の輝き。猛り狂う魔力の波濤。天才と呼ばれる男が今ここに己の力の全てを引き出す。全身を包む魔法の輝きに淀みはなく、環状魔法陣は、高速で構築起動し循環する。

 対して駿河は、その輝きに目を細めるだけだ。調息を欠かさず、ただひたすらに内息を巡らせる。思い出すのはただただ基礎と師の教えのみ。


「行くぞ――」


 ハロルドが先手。一歩の踏み出しは、最初から超高速領域。

 もはやハロルドを視認することは観客には出来ない。超高速の踏み込みにより一直線に駿河に向って突っ込んでくる。


(うぉ、すごいな――)

――来るわよ!!

(わかってるよ!)


 レイラが視覚化するハロルドの強化魔法による魔力光を頼りに彼女が襲い来る軌道を計算する。相手は余りある身体能力を十全に生かしきれてはいない。

 超高速すぎるゆえに単調な動き。魔力を感知し、それによる軌道計算を心の部屋で行い、表の駿河へとフィードバックする。


「そこ!」


 超高速機動からの一撃。レイラの予測そのままのそれを駿河は完ぺきに受けた。


(俺、相手よりおまえのほうが怖いわ)


 その結果に駿河が感じたのは、ただひたすらに、こんなことやってしまう九歳児である。いくら、駿河が入って来た精神的負荷によって他のよりも先行していると言っても、こんなことをやってしまう九歳の子供とか怖すぎる。


――うるさい。せっかく助けてやってるんだから感謝しなさい! 

(感謝してますよっと!)

――そして、全力で倒しなさい! ガストヴィルティンに手を抜くということはないわ!

(大人げないから手加減ってのは)

――ない!

(ですよねぇ――)


 受けた剣を足からの発勁によって押し返す。


「なぁ――!?」


 跳ね上がるハロルドの腕。駿河はその隙を逃すことはない。

 全身一体。心体一致。足、脚、腰、背、肩、腕、肘、手首、手――。

 伝導する力とともに、勁を発する。

 単純な薙ぎ。されど、その威力は岩をも砕くほど。放たれる一撃に不足などありはしない。それはある種の斬撃の極致。


「シィィイ――!!」

「ごはぁ――!?」


 大気を引き裂き振るわれた一撃が、ハロルドの腹を捉えた。みちみとと一瞬の筋肉の抵抗。だが、次の瞬間に振りぬかれ、その衝撃は足では止められない。

 空中へ浮かび上がる肉体。彼が、自分の体が、浮かび上がっていると気が付いたのは、木に叩きつけられたときだった。

 少女によって吹き飛ばされた。そんな事実を認識するまで数秒。頭に血がのぼる。


「こ、ご、のぉ!!」


 勢いよく立ち上がるが、ふらふらだ。


――意外に元気ね。

(……あー、たぶん強化魔法のおかげだろ。アレ、筋力強化とかじゃなくて、常時全身強化なのねぇ)

――当たり前じゃない。そうじゃないと、どうやたってどこかでほころびが出るわ。

(そりゃそうか)

――…………。


 実際は人に初めて剣を振るったことによる躊躇いが剣を僅かだが止めさせていた。


(師匠の安心感ってすごかったんだなぁ……)


 カインの場合、何処を斬りつけても問題がないという安心感があった。だが、今剣を振るった相手は、下手をすれば死ぬかもしれない。

 その躊躇いが駿河の刃を止めていたのだ。


――…………。


 それについて、レイラは無論知っていた。知識を一方的に共有していることもあるが、何より駿河の感情面もレイラは共有できるのだ。一方通行であるが。だから、何もかもわかっている。

 だが、何も言わない。これは彼の戦いで試練であるからだ。この世界は厳しい。駿河の記憶の世界と違って人を殺すこともある。魔獣を殺す事だってあるはずだ。

 貴族として、その手の覚悟をレイラは持たされている。なにより、その生まれ、血筋が彼女をそうさせる。


 ――高貴なる者の義務。

 それこそ、レイラが持つ宿痾の一つ。貴族としての在り方。高貴なる者の義務。例え何があろうとも弱者を護るという意志の現れだ。


――次、来るわよ!

(わかってるよ!)

「このぉおおお!!」


 突っ込んでくるハロルドの一撃を躱す。めちゃくちゃに振り回される剣を躱して、剣を合せる。

 長く続けているうちにわかるものがあった。どう向き合えばいいのか、どう剣を躱し、戦闘を組み立てると良いのか。

 ただ剣を振るだけではなく、バランスとリズムが大切であり、相手の動きにあわせてこちらも動かなければならないということ。


「――なるほど」

「なんだ、降参でもするのかよォ!!」


 猛攻を捌き、躱し続ける中で、手も足も出ないとでも思ったのか、ハロルドのそんな言葉が飛ぶ。


「まさか、ただ少しばかりわかっただけだよ」


 ――なにが、というハロルドの問いはその口から発せられることはなかった。

 放たれる斬撃。足からの発勁とともに全身を連動させた。それだけでハロルドは吹き飛ぶ。そこにすかさず剣を叩き込んだ。

 躊躇いはあるが、それは捨てる。

 たたきつけ、地面に倒し、剣を向けた。


「ありがとうございました。色々とわかっ――」


 そこで駿河の意識は心の部屋に戻される。

 表に出たのはレイラ。極大の魔法陣が広がりを見せる。


――おいおい!?

(わかったのなら、もう終わり。やる意味がなくなったわ」

「…………参りました……」


 それを見てハロルドも降参した。実力は本物。剣術でも魔法でも敵わないことを彼は認識した。

 こうして決闘は終わった。

 多くの者がこれを見た。これは、その中の一人である。


「――ほう」


 それは外套を身に纏う偉丈夫であった。決闘騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬とは一線を画す。眼鏡の下に柔和な笑みを作りながらもわずかな覇気を滲ませて頷いていた。

 その何気ない所作からにじみ出るは、王者の気風ともいうべきもの。まさしくただしく選ばれし者の風格を有する男。

 貴種とはこういうものを言うのだろうとでも錯覚されそうだが、彼は違う。彼は、貴種に、貴族に連なるものではなかった。

 確かに高い地位にあることは認めよう。王者の覇気や貴人としての立ち居振る舞いは、確かなものであることは彼が、王宮に出入りする権限を持つことや社交界の花形であることからも証明されている。

 なれど、貴種ではない。彼には、高貴なる者の血など一滴たりとも入っていない。黒き髪に青の瞳。死神と呼ばれることもある男は、されど王者の風格を持ってそこにいた。


 そこだけは違うのだと誰もが思った。見る者、全てが、そこだけは違う。

 ラブレスト学園に座す十二教授の一人。スラムの最下層からその地位に己の力ののみで上り詰めた、本物の貴族ですらたじろぐ程に、その男は、王者であった。


「レイラ・ディ・ガストヴィルティン。そうか。もう既にアレから九年。どうやら、私の想定通りに進行しているらしい」


 男は、レイラの戦いを見てそう判断した。


「さて、労力に見合った成果が得られると良いのだが――いいや、違うか」


 男は言いかけた言葉を止める。そうではないのだと否定する。


「必ずや成果を手に入れる。そうでなければ、犠牲になった者も、これから犠牲になる者も浮かばれない」


 そう全ては、世界を救うために。


「英雄が必要なのだ。この世界には」


 この世界には英雄が必要であると男はただひたすらに断じる。


「来るべき災禍を乗り越え、人類を存続させるためにも、英雄が必要だ」


 男はそう信じてやまない。

 数多の危機を乗り越える無敵の英雄が。人民に奉仕し、思うがままに己の力を振るい正義を成し遂げる正しき者が必要なのだ。

 そうでなければ来るべき災禍が人類を滅ぼす。


 男はそう予見していた。それは、誰も信じぬ与太話。

 だが、それに王者と見まがうほどの男が邁進している。何があろうとも止まることはない。何が立ちふさがろうとも止まることはない。

 既に賽は投げられている。天命を賭して、あらゆるものを賭け馬に乗せて、男は――ガブリアス・エルフガンデは、止まらない。


 ――さあ、世界を救おう


 遍く敵の全てを打ち倒して。

 世界平和を成し遂げるのだ。


「期待しているよレイラ・ディ・ガストヴィルティン」


  この世界には、危険が存在している。

 まず一つ。魔獣。

 高濃度の魔素にさらされた人を襲う獣。あるいは魔法を扱う獣に類する怪物ども。それを人は魔獣と一律に呼びならわす。

 様々な種がいるが、さながらプログラムされているかのように人を襲うその有り様は共通していた。人を殺すことこそが目的というように、生物の本能を無視して人を襲う。

 殺戮機構の体現者。それこそが魔獣。


 二つ。これこそが最も強大な危険と言っても良い。それは災禍と呼ばれる超過殺戮現象。虐殺原理が巻き起こす屍山血河の構築事象。

 ある一定周期ごとに起きる大絶滅と言い換えてもいいだろう。この世界は、ある一定周期によって、滅びを迎える。

 まるでそう定められているかのように、極大の危険が発生するのだ。


「では、その災禍を乗り越えるためには何が必要か」


 ゆえにガブリアス・エルフガンデは、提唱する。

 この災禍を乗り越えるべく必要なものを。


「そう、英雄だ」


 それは、至高。

 それは、究極。

 それは、最高。

 それは、最強。

 形容する言葉など、これら陳腐な言葉で十分。それ以外に形容する言葉など不必要。

 ただ一言で事足りる。

 英雄(・・)


 ガブリアスは提唱する。

 英雄を。

 最強無敵の英雄を。

 よってこれより始まるのは、英雄譚であるべきだと言ってはばからず。


「さあ、英雄譚を始めよう」


 これより、英雄譚が始まる――。

 屍山血河のその先に、あらゆる全てを失ったその果てに、立ち上がるのだ英雄よ。

 皆が、その到来を待ち望んでいる。


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