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第8話 入学式

 レイラがラブレストに来てから数日が経った。

 場所が変わってもレイラの生活は変わらない。まず駿河が朝早く起きて、剣の素振り。レイラが起き出してからはシャワーを浴び終えると丁度クメルが起きる時間。

 二人で朝食を食べると、レイラは図書館に向かう。魔法について朝から昼まで書物を読み漁って知識を吸収。すると猫に化けたネルフェルがやってくる。

 そいつから魔法の手ほどきを受けて勉強が苦手なのか、眠っていたクメルを起こしてからお昼ご飯を食べて、今度はクメルに付き合ってラブレストの街を回って遊んで、夕食、風呂、鍛錬。


 と、多少の変化はあれど、変わらない生活をしていた。

 ただ今日は少し違う。今日は学園の入学式だ。朝起きて、真新しい制服に袖を通す。


――入学式かぁ、懐かしいなぁ。

(そういうものなの?)

――まあ、学校での勉強とかあまり好きじゃなかったけど、楽しかったからなぁ。楽しめよー。


 出来るだけね、と返事をして


「ほら、リボンがぐちゃぐちゃよ」


 クメルのリボンや制服を整えてやる。


「うぅ、ありがとーレイラちゃん」


 いつの間にかちゃん付けで呼ばれる程度には仲が良くなった。


「さあ、弓と矢は持った? 入学式のあとは実力テストだから、忘れないようにね」

「だいじょーぶ」

「と言いながら、あそこにあるのは何かしらね」

「ああ!?」


 机の上の矢束を慌てて抱えるクメル。その様子にレイラは苦笑しつつ、己の腰にある剣を確認してから部屋を出る。

 いまだ早い時間ではあったが、時間にきっちりとした真面目な新入生たちは既に学園に向いつつあった。寮から学園までに存在する坂を登っていく真新しい制服の生徒たち。

 赤と緑の制服があるのは、貴族と平民である証だ。赤が貴族、緑が平民。レイラが赤でクメルが緑。基本的にペアと一緒なのか、赤と緑が隣り合っている。


 そうこの学園では、平民の感覚を貴族に教えるために大抵、寮の部屋は貴族と平民が一緒になる。それで問題になるかと言われると、問題が毎年起きているが、学園に慣れてくればそれも時代に立ち消える。

 この学園の全ては力だから。血筋、財力、武力。あらゆる力が優れた者たち。それぞれを組み合わせているのだから、双方の力がわかれば敬意も湧く。

 なお、湧くように教育するので、問題ない。これは貴族が平民を蔑ろにして国を滅ぼさないようにするためということと、貴族、平民問わず多くのコネを作るためだ。


 商人は貴族ではない。だからこそ、そういった上下左右、多くのコネというつながりを作ることがより良い領地経営の一歩であり、重要なことなのだ。


 さて、学園前の坂は非常に急で長いが、レイラは即座に、駿河に変わって気功術を駆使しているため、疲れはない。慣れないと息も絶え絶えになるこの坂。


「クメルは大丈夫?」

「だいじょーぶ!」


 気功も魔力を用いた強化魔法も使わず素の身体能力は、なんと調息し、内息を駆使する駿河を凌駕しているという化け物っぷり。

 どうにも、エレニア王国高山地帯にすむ、少数民族の出であるらしいのだが、そのためか彼女は身体脳力お化けであるらしい。

 この程度の坂など坂ではないというのが彼女の談。


――すごい子もいるわねぇ。

(いや、たぶん端から見たらおまえも十分そうだと思うぞ)

――私は、アンタがいるじゃない。

(こういうのズルいとかチートとか思わねえのかね)

――自分の所有物をどう使おうと私の勝手でしょう? 何より使える物は使う主義よ。そうでないとガストヴィルティンで生き残るなんてできないもの。

(え、マジで? ガストヴィルティンってそんな魔境なの?)

――………………

(いや、黙らないで、マジで怖い!?)


 今まで自分が住んでいた場所がとんだ魔境だと知らされて戦々恐々の駿河であったが、そんな彼らの内情などまったく知らないクメルは笑顔で坂を登り切ってぶんぶんと手を振っている。

 駿河も急いで登ってレイラにバトンタッチし、新入生に混じって講堂へと向かう。途中部活動などの勧誘もあるが、今のところそれらに係わるつもりは毛頭なかったレイラは囲まれて動けなくなっていたクメルの首根っこを掴んでさっさと講堂へと退避。


「ひぇぇ、たすかったぁー、ありがとうレイラちゃん」

「そう思うのならそうならないようにしなさい」

「はーい」

「さて――」


 適当に座り、時間になれば入学式が始まる。ある程度の祝辞などが述べられ、在校生代表たる生徒会長があいさつをしたのちに最後に学長が話をする。

 それは、熊を素手で殺せるのではないかと思えるほどの巨漢の老人であった。まったく衰えていない筋肉は、丸太よりも太く威圧感は、まさしく虎だ。


「新入生諸君。君たちに言うことは一つだ。力を磨くのじゃ。ありとあらゆる困難に打ち勝つ力をつけることじゃ。それは、財力でも、武力でも、なんでも構わん。自分の信じる、最高の自分をめざすが良い」


 ただ一言、それだけを告げて彼は壇から降りていった。

 こうして入学式は終わり、新入生たちは実力把握テストを行うことになった。まずは知力のテストだが、これはレイラにとっては一般常識レベルであり何一つ問題などありはしない。

 ただ駿河にとって誤算だったのは、何故か心の中でまで彼もテストをする羽目になったことだ。しかも最悪なのは、自己採点ではあるが、レイラと同じ点数を取るまで、つまり満点を取るまでやるということだ。


 もし満点が取れなければ消すと言われては拒否権などありはしない。ない頭をひねり、覚えたはずの知識を総動員して挑み、十回ほどで何とかクリアした。翌朝のことである。


「相変わらず、勉学は苦手みたいね」

「うっせー」


 さて、テストのあとは修練場に出てからの体力テストなどだ。ここからの担当は駿河であった。テストで茹った頭を冷やすのと、ストレス解消のために全力でやる。

 調息し、内息を巡らせる。全身に回せば、魔法以上の身体機能の向上を行える上に、全身は鋼が如し強靭さを誇るようになる。


 まず最初のテストは走力。軽功術というものがあるが、師匠のいない駿河にそんなものは使えない。出来ることは、ただ練り上げた内息でもって全力で走るだけだ。


「良いですね。手を抜かず全力でやるのですよ」

「――――」


 息を吸って、吐いて――駆けた。

 一瞬にして、色が背後にあがれて行く。あらゆる全ては加速領域に中でただの線となる。駿河の意識で数十秒、現実時間で刹那の間に、指定距離を駿河は走り切った。

 スタート地点は爆裂したようにクレーターが出来上がっていたのは少しやりすぎたかと思ったが、これが掛け値なしの全力だ。

 教員は唖然としている。


 次に握力などの筋力。これも同じく内功を駆使すれば、女児であろうとも大の大人と同じくらいの力が出る。

 極めれば素手で岩をも砕けるのだ、きわめてなくとも修練を積んだ内功は、容易く子供の範疇を飛び越えるのは当然であった。

 その結果に教師はやはり唖然とする。


 当然だろう。九歳でこれほどまでに見事な気功術を使えるものはこの国にはいない。そもそも、魔法が一般的なこの国で気功術は一般的ではないのだ。

 駿河が知っているのはかつての世界での知識とカインが使っているのを見たからだ。いわば見様見真似であるが、彼の宿痾であればこの程度造作もない。


 その他、多くの身体機能測定は、どれもこれも規格外の値を叩きだした。全力でやれと言われた。レイラも全力でやれと言った。

 ならばやるしかない駿河がやった結果がこれである。


 続いて、それらを総合した武術テスト。己が修めた武術の出来を示す。クメルなどは予想通り弓だった。百発百中などと生ぬるい。

 どれだけ動こうとも、必ず当たる。世界はそういう風に出来ているとでも言わんばかりに、放った矢は的の中心へと吸い込まれていった。


「――」


 そして、レイラは剣術だ。

 放たれる剣気。必ずや切るのだと告げる殺意の波濤。それが向かうのは、師たるカイン。剣術指南役としてこの学校で剣術を教えているらしいが、やはりというか覇気は感じられない。


「お願いします!」


 訓練用の刃引きが成された剣を構え、踏み込んだ。

 型はない。ただまっすぐに距離を詰めるだけの踏み込み。功を駆使しての、高速移動術。

 裏霞と呼ばれる移動術理。霞が如く、相手を翻弄し切り裂くとされる移動術理を駿河は駆使した。それは、幾度となくカインが魔獣との戦闘の際に見せていた歩法だ

 見様見真似で、再現し反復したのちに形にした接近術。そうして接近すれば、振るわれる九種斬撃。愚直に振るい続けた刃は、綺麗なほどに積み上げられた基礎を浮かび上がらせる。


 それ単体でもって剣術と呼べる領域。基礎を極限まで鍛え上げればそれで十分ということの証左がここにある。

 その途上であるが片鱗は見てこのままいけば、駿河の剣はいずれ音を置き去りにするだろう。天を斬る剣に至るやもしれない。

 それを見た。ゆえに――。


「真面目すぎだ」


 それは通用しない。


「え、わわっ――」


 放たれたのは剣術ですらない足払い。警戒していなかったわけではない。だが、悉く駿河の意識は剣にあった。

 ゆえに、見落とし払われた足。避けることもできただろうが、それには経験が圧倒的に足りない。なにより、そういった回避の型もなにも教わっていないのだから当然だろう。

 ただ愚直に剣を振るっただけ。実戦経験などあるはずもなく、こういった搦め手、虚実など知る由もない。

 なにより中身は数年前までただの一般人だったのだから、こういうことがあるとわかっていても意識が付いて行かない。


 払われ、倒れたところに来るのはやはり足だ。


「――っっ!」


 慌てて転がってそれを躱し、即座に立ち上がるが、その程度の立て直しの時間も与えられない。放たれる九種斬撃の一つ。

 突き。


「――っ!!」


 慌てて顔を逸らせば、通り過ぎる刃。しかし、ぞわりとした悪寒は消えない。

 接続される技。強靭な下半身の踏ん張りが、突きによって進む身体を止めてそのまま斬り下ろしへと接続する。

 思わず、タックルするようにカインへ飛びつくことでこれを回避。しかし、飛びついたはいい、このまま足を刈って倒す流れなのだが――。


(無理か)


 大樹の如く、動かない。もとより体重が足りない。いかに内息を巡らせようとも、これではどうあがいても無理だ。


「参りました」

「基本を愚直までに練り上げているな。それは重要だが、そればかりに固執しては意味がない。もっと周りを見る視野をつけることだ」

「はい、ありがとうございます」

「次だ――」


 剣術の実力把握試験の次は、魔法。ここで駿河の役割は終了。レイラに交代する。


――それで、何の魔法を使うんだ?

(無論、最大の魔法よ)


 全力の魔法を放つ。誰もが火球と言ったオーソドックスな魔法を使っている中、レイラは天へと手を掲げた。


「我が名において命じる・森羅万象を統べる焔の王よ、あらゆる全てを燃やし尽くす力となれ――天火日輪!」


 幾重にも重なり合った環状魔法陣が構築されていく。その数、実に十三を超える。

 エレニア魔法の大家に曰く、それは極大魔法。

 国家対国家の戦争において使用される、戦場を焼き尽くし、国を亡ぼす浄化の炎。使用されたことは一度もない理論上のみの魔法。

 なぜならば、そんな魔法を扱えるだけの魔力と構築能力を持った人間など存在しないからだ。


「嘘だろ……」

「化け物、かよ……」

「うわー、すごい――」


 誰もが畏れた。これを放てばどうなるのか理解する。彼女の実力が、いったいどれほどの領域にあるのかを。

 そして、それだけではない。この領域に至る前でに費やされた年月の蓄積をただただ感じ取った。剣術の時もそうだ。

 いったい、彼女はどうやってその高みにいる。いったいどれほどの時間を費やして、ここにいるのだ。


「防ぎなさいネルフェル」

「はいはーい、お嬢ちゃんは、本当に可愛げがないなー。お願いっていってくれたらもっとワタシ頑張るのにぃー」


 放たれる極大魔法。そんなもの、一教師に封じ込めなど出来るはずもない。全力でやれ。ガストヴィルティンにその言葉は愚の骨頂だ。

 常に魔獣被害に悩まされ、年々何十人も死ぬ領地の領主だぞ。使えるものは使う。常に全力の手加減無用。

 それがガストヴィルティン。そうでなければ生き残れな辺境領域に住む貴族なのだ。


「乞い願う・我は信徒なり――大いなる防人の神よ、偉大な防壁にて、あらゆる全てを護らん」


 発動するミセルリント聖教国魔法。信徒が使う結界魔法を逆転させて使用する。それは封じ込めの檻となって極大魔法の威力を相殺した。

 だが、その威力のほどは見て獲れた。防がなければこの都市くらい焦土と化していただろう。それほどの威力。


「これでよろしいでしょうか。先生」

「あ、ああ……」


 全員の共通認識が生まれた瞬間だ。

 あいつ、やべぇ――。


「いやー、すごいよ、レイラちゃん!」


 ただ一人を除いて――。


感想、評価、レビューなど気軽にどうぞ―。


まだまだ序盤ですが、ゆっくりとお楽しみください。


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