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第7話 学園都市ラブレスト

 それから四日ほど。道程に危険はなく、途中途中で山賊や魔獣の被害もあったものの、さして問題なく学園都市ラブレストに到着した。

 一行の前には、巨大な城壁が聳え立っている。これは、ラブレストに存在するいくつかのうちの一つだ。三重の城壁に囲まれた学園都市、それがこのラブレストである。

 その中心は間違いなく、ラブレスト学園。貴族、平民、あらゆる人が通う学び舎だ。


――普通、貴族と平民って一緒になるのっておかしいんじゃないのか?


 駿河は、その話を聞いて思ったのはそんなことだった。よくあるフィクションの貴族なんてものは平民と歯違う選民思想があると思っているからだ。


(そう思う人もいるけれど、この学園では違うわ。この学園は力が全てよ。学力、財力、地位、武力、魔力。あらゆる力がここではモノを言うわ)

――なるほど、つまり、実力があればいいってことか。

(そういうことよ)


 一行は学園都市へと入る。ガストヴィルティンの紋章付き馬車は、門の衛兵詰め所でも特に止められることなく中へ入ることが出来る。

 御者が払った通行税ほか入場税が支払われたくらいで特に中の改めもされなかった。


――ガストヴィルティンってすごいんだな。

(当然よ。それより、これから学園の手続きがあるから大人しくしていなさい)

――人が大人しくないようなことをいうなよ。俺はおとなしいだろ。

(毎晩毎晩剣を振ってる男が大人しいわけないでしょう)

――それを言うなら毎日毎日、ネルフェルと魔法の修行して綺羅綺羅輝いてるやつに言われたくない。

(うるさい消すわよ)

――消すのだけは勘弁してくれ。なんでもするから

(あなたの何でもは聞き飽きたわ)


 などといつも通りのやり取りをしながら、馬車はさらに弐つの城門と堀を超えて学園の前で止まる。


「ありがとうございました」

「頑張ってください、応援しています。お嬢様」


 御者はこのままガストヴィルティンに戻る。会えるのは数年後、学園を卒業する時だろう。


「俺も学長に呼ばれている」

「はい、師匠」


 御者もカイルも互いに去って行った。


――やっぱり寂しいか?

(少しね。さあ、行くわよ。手続きをしないと)


 入学手続きにはそれなりに時間がかかった。どうしてそんなに時間がかかるのかと駿河が思う程度には。といっても朝から手続きをして昼前には終わった訳なのだが。

 教科書類など、これから使う物はすべて寮の部屋に運び込んでいるという。その寮は基本的に相部屋であり、これから数年間ともに過ごすことになる者と二人になるらしい。


「お腹が空いたわね」


 昼時ともなれば、腹も減る。


――何を食うんだ?

(ここは辺境ではなく、エレニア王国中央だから、それなりにいろんな地方の料理が食べられるわ)

――ほうほう、それは楽しみだな。で、今日はどうするんだ? 俺は麺類が食いたい。

(本当、ずうずうしくなったわね。まあいいわ。それなら、オロール地方の料理にしましょうか)

――オロール?

(そこでは麺料理が有名なのよ)


 オロール地方の紋章を探して、レイラはラブレストの街並みを歩く。石畳に舗装された通りは歩きやすく、活気に満ち溢れていた。

 ただ、ガストヴィルティンやほかの街と少し異なる。店をやっているのはどうにも学生のようであった。どこを見渡しても学生がいる。


――これは……。

(ここラブレストは学園都市。住んでいるのはほとんどが学生。この国のほとんどの学生が集まっているのよ)

――ほとんどって、すごいな。

(この学園に通わせられるだけの財がある者、何かしら秀でたところがある者。そういう力を持った者が集められるわ)


 だからこそ、学生が多く、あらゆることを学生が行う。あそこで料理屋をしているのは料理人の息子だろう。将来、立派な料理人になるために、今から修行しているというわけだ。

 そんな店にレイラは入った。高級そうな店であったが、それなりに客は多い。おそらくは、ほとんどが貴族なのだろう。店の構えも、店内も、ここにいる従業員もそう言ったように彼には見えた。


「注文いいかしら」

「はい、どうぞ」

「ミシメッツのスープパシェルタ。グロスターの地獄焼き、ミズルガの前菜オロール風」

「畏まりました」


 礼儀正しく礼をしたウェイターは、そのまま注文を厨房に伝える。しばらくすれば料理が来るが。


――それにしても、良く食うな。

(食べても食べてもお腹が減るのだから仕方ないでしょ)

――太るぞ

(むしろ、食べないとやせていく一方で大変なのよ。これきっとアンタのせいね)

――いや、待て、なんで俺のせいなんだよ!?

(知らないわよ)

――理不尽!


 心の中で言い合いをしている間にまずは飲み物が運ばれてくる。普通ならば食前酒などであるが、レイラにはまだ早いということで、紅茶が出される。

 アブフェミシィの一番摘みだ。すっきりとした爽やかな味の紅茶であり、ミルクを入れないで飲むのが一般的だ。

 食事時に飲むにも適しており、料理の味を邪魔しない透明度の高い味わいが、一口ごとに口の中に広がっていく。

 それに舌鼓を打っていれば、本命の登場だ。


 まずはミズルガの前菜オロール風が運ばれてくる。銀の丸皿に盛られた料理は芸術的といってよいほどに美しく、緑、赤、黄色と彩豊で目でも味合わせてくれる。


「さーて、それじゃあ、俺も食べますかねぇ」


 表で実際に食べているレイラとともに駿河もまた飯にありつく。

 まずは前菜である。色とりどり、どれから食べるべきか、そもそも食べ方は? とも思うが、それらはレイラが先に食べているので彼にも把握できている。

 この前菜にはチーズが含まれているため、それらとともに食べるのである。


 ミズルガとは古くは、オロールの土地を治めていたとれるミズルガ王から来たものである。彼が特に好んで食べていたと言われるヘェールと呼ばれる菜を中心としたものであり、そこに彩を加えたものがこの前菜。

 濃厚なオロール牛を使ったチーズにヘェールの酸味が合わさり、ハーモニーを奏でる。口内でオーケストラが演奏を始めたかのようだ。


 一口食べれば、しゃっきりと瑞々しくも新鮮な野菜が口の中でパフォーマンスを披露する。喉へ抜けるような食感は、そのまま味とともに喉から胃へ。

 胃から大波が神経を伝って脳を揺さぶる。


「うまい」


 異世界の料理はどうしてこれほどまでに美味いのだろうか。

 その答えを駿河は知る由もないが、美味いものは美味いとううことで万事片付けることにした。これからもうまいものは食えるだろう。

 時には自分で作るかもしれない。料理は趣味である。異世界に来てからはご無沙汰であるが、いつか自分ですることもあろう。

 そんなことを思いながら新たな暇つぶしであるレシピ作りにでもいそしんでみる。


 次に出てくるのはミシメッツのスープパシェルタ。紅赤色のスープの中を泳ぐ(パシェルタ)は、駿河が知っているようなパスタと似ている。

 スープの中に入っているためか、多少かたく茹で上げられたパシェルタを、つるりと啜れば口に広がる燃えるような辛味。

 汗が噴き出るような辛さは唇に熱を伝え、舌を焦がし、喉を焼いて、胃で爆発する。脳髄を突き刺す鋭い痛みにも似た辛味信号に、ぶわりと汗がとめどなく流れた。


 だが、止まらない。辛いのに、止まらない。寧ろ、辛いからこそだ。シンプルに辛い。ミシメッツと呼ばれるこの異世界における唐辛子にもにた食材が放つ辛さは、慣れぬ者には死ぬほどの苦行だろう。

 しかして、美味い。フォークを進める手が止まらない。辛いが、むしろもっと食べたいとすら思うほどに。気を抜けば、皿までなめてしまいそうなほどだった。


(辛い……)

――なんだ? 辛いのは苦手か。

(別に。ちょっと予想よりも辛くて驚いただけよ)


 と言いつつ、魔法で辛味を和らげている。それは良いのかと駿河はツッコミをいれそうになってやめた。何度も言うが、下手なことをすれば消されるのである。

 きちんと役に立っているため、早々消されることはなくとも、何もない檻に幽閉される可能性はある。ただでさえやることがなくて暇になることが多いのだ。

 本当に寝ることしかやることがなくなってしまう。それはそれで望むところだが、今は目標がある。あの師匠に剣術を教えてもらうために頑張って修行するのだ。


 水を飲んで口内を癒す。水だけでは早々収まらないが、大量に飲めば薄まる。

 最後は、グロスターの地獄焼き。青く輝く甲殻が印象的なエビの如き生物が網の上で踊っている。ただし、その大きさ、尋常ではない。

 腕程。それも駿河の腕ほどもある大きさだ。これは紛れもなく魔獣である。未だ、活性化している魔石がグロスターの中央、胸のあたりに埋まっている。

 されど、逃げることが出来ないようにされて、今も火がばちばちと燃えている網の上で踊っている。青の甲殻が光を失い、黒く染まるまで、それは続くのだとレイラは言った。


 確かに火にあたっている部分から徐々に黒く染まってきている。中まで火が通れば、食べられるというが、食べられる段になってもまだまだ元気いっぱいに手足をバタバタさせる生物を食べるというのは、いささか勇気がいる。

 それを気にせず食べているレイラを見て、負けられぬと自分も手を伸ばし、


「あっちいぃい!?」


 ちょっと火傷しかけた。


「くそう、こいつこの高熱で生きてるとか本当なんなんだよ……」


 さすがは魔獣というべきか。だったら魔石でも掘り出せば大人しくなるだろうが、それをやるのは最後らしい。

 全身にかかった強化の魔法によって身がとてつもなく引き締まるので、それをなくすのはとんでもないのだという。


「食べるための道具がえらくものものしいのはそのためか」


 駿河の感覚で簡易のギロチンのようにも見える道具やら殺人鬼が持っていそうな巨大な鋏など。それらを使ってこのグロスターを細切れにして肉を食べるのである。


「うーむ。これはこれは」


 そんな残酷なことも容易くやれてしまうのはこの世界に慣れて来たからか。そもそも日本にだって残酷焼きはあったので、今更という奴か。

 駿河は、とりあえず手足を切り取ってそこの身をかきだして食べる。


 ぷりっぷりのグロスターの肉。やはり質感や味などはエビが近いが、何よりも濃厚だ。ただ焼いただけだというが、それなのにとてつもなく引き締まった肉は噛み応えがあり、噛めば噛むほど溢れだす味とグロスターの歴史。

 そう、歴史だ。この肉はグロスターが歩んできた歴史そのもの。味わい深いのは、それだけ彼が長生きをしたということなのだろう。

 深みのある味わいは、脳を柔く攪拌する。優しい味にして濃密で濃厚なグロスターの歴史を食して思うことは一つ。


「美味なり」


 言葉遣いが変わるほどに美味いということのみ。


「いやー、うまかった」


 駿河が余韻に浸りながら寝転がっている頃、勘定を終えたレイラは学園の寮に向っていた。ガストヴィルティンから持ってきていた荷物も運びこまれている頃だろう。

 昼下がりのラブレストを学園に向けて歩けば、やはり学生が多くなる。しかし、今多いのは新入生だろう。この都市に不慣れな気配。


 その一団に混じってレイラも寮へと向かう。部屋は既に把握しており、二階の角部屋だ。ノックをすると既に相方は到着していたのか、純朴そうなどこかとろそうなおっとりとした声が響く。


「はーい、どうぞ~」

「失礼いたします」


 扉を開くとベッドに少女が座っていた。声のイメージの通り、可愛らしいおっとりとしたような子のようだ。

 亜麻色の髪を短く切りそろえた少女。可愛らしく小動物のようであるが、駿河の見立てによれば、かなり外で動くタイプであるらしい。


「わ、わ、貴族様だぁ」

「レイラ・ディ・ガストヴィルティンよ。よろしくね」

「あ、ははは、はい! クメルで、です!」

「そんなに緊張しなくていいわ。これから一緒に過ごすのだから」

「で、でも貴族様です、から」

「ここのルールは知ってるでしょう? 貴女にも優れたところがある。なら、何も問題はないわ。それより、お友達になりましょう?」

「いいんですか!?」

「これから一緒に過ごすんだから、当然でしょう?」

「わ、わああ、すごい、すべすべしてるー」


 差し出した手を取ったのは良いが、なにやらすべすべしていることが気になるらしい。


――この子……狩人か?

(いきなりなに?)

――いや、ちょっとね。

(?)


 駿河が何kが気が付いたようであるが、確信を持てなかったのか、何も言わなかった。それに追及する前に、とりあえず荷解きをする必要があるだろう。今、部屋の中は梱包された荷物でいっぱいだ。


「とりあえず、片付けましょうか」

「そ、そうですね!」


 レイラはクメルとともに片づけを開始する。といっても、早々時間のかかるようなことはない。持ってきた荷物は少なく、剣と魔法について記した書物、あとはいくつかの衣服である。

 備え付けの家具にそれを収納すれば終了だ。


 むしろ時間がかかったのはクメルの方であった。


「すごいわね」

「すみません、手伝ってもらってしまって」

「いいのよ」


 彼女の領域と定められた部屋半分には、今、大量の矢と矢じり、多くの薬品などが広がっていた。駿河の予想通り、彼女は狩人であった。

 そのために必要な罠、矢、薬などなど多くのものを全て彼女は持ってきていたのだ。それらを片付けていくが、部屋半分では到底足りずレイラの領域にまではみ出す始末。


「すみません」

「いいわ。でも、荷物は減らさないとね」

「うぅ、お父さんが持って行けっていうから……」

「ふふ、良いお父さんね」

「お節介で困ります」


 ぷくーと頬を膨らませていう彼女がどうにも可愛らしく、ついついいじりたくもなるが、まだまだ出会ったばかり。

 これから学園で過ごすのだ。


「よろしくね、クメル」

「はい、レイラ様!」

「レイラでいいわ」

「えっと、レイラ……」


 照れる姿は可愛らしい。


 こうしてレイラは学園における最初の友を得たのだった。


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