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第1話 転生

色々と落ち込む事態になっていたのでリセットのための新作です。

どうか感想やら下さると嬉しいです。

 その日は、風のない熱帯夜だった。

 車は山中で止まっている。エンジンも切ってあり、風もないとすればとても静かなもので、その音が良く聞こえていた。

 響くあまり良い音ではない。臭いも同じだった。すえた臭いがしている。どことなく酸っぱさを感じる臭いは、美女から発せられたものだとしても嗅ぐことは願い下げだろう。


「オロロロロロロ――」

「あー、大丈夫ですか、先輩?」


 そう、現在来栖駿河(きせいするが)という男は、山中に車を止めて、嘔吐する先輩を介抱をしていた。

 というのも、家で風呂に入ろうと丁度服を脱ごうとした瞬間、突然、迎えに来てほしいという電話を受けたのである。

 職場の先輩が盛大に酔っぱらっているので、迎えに来てほしいというのである。断ろうとも駿河は思ったが、先輩はとても美人である。


 それが泥酔しているとあれば、あわよくばなどと考えて、山の上にある隠れ居酒屋までの道を聞いたのが数十分前。

 あわよくばな展開を想像して脱ぎ掛けの服を直し、意気揚々と家を出て、酔っぱらった先輩を回収し、山道を下っていたのが数分前。

 そして、吐きそうだと言った先輩の顔色がヤバイと見て、車を止めたのが数秒前で、吐き始めたのもは車を止めて先輩を車から降ろしてからだった。

 色々とセーフである。


「うぐ、ぐぇ――」


 何とも、百年の恋も冷めやらんとはこのことか。あんまりな先輩の様子に苦笑しつつ、一旦波が収まったので彼は大丈夫か聞く。


「水いります?」

「……うっぇぇげぇ」


 頷いたので、近くの自販機に水を買いに行くことにして、道を横切ろうとした時だった。

 目の前に、つぶらな瞳が迫っていた。キラキラとわずかな光が反射して輝く瞳と目が合った。


「え――?」


 それが鹿の眼だと駿河は気が付いていたわけではない。彼にわかったのは、その直後、避けることすらできなかったということと、鹿が凄まじい勢いでぶつかってきたことだけだった。

 それだけならば死ぬことはなかっただろう。だが、彼は運悪く縁石に頭をぶつけてしまった。その衝撃は言葉にすることは出来ないほどで、痛みに悲鳴を上げることすらできない。


 不意打ち過ぎる一撃は、見事に決まり、縁石は駿河の頭蓋骨を粉砕し、脳を挫傷させた。もはや回復の見込みなどありはしない。

 痛みはなかった。ただ、意識が途絶えた。黒く、漆黒の底。いや、その色すらも認識していなかった。ただ、意識が消えたのである。

 これにて来栖駿河の人生はここで終わった。鹿に轢かれて縁石に頭をぶつけるというあまりにもあまりな死因によって。


 ――だが、途絶えたはずの意識は、目覚めるはずのない意識は、目覚めた。


「――ッ!!? ここ、は……」


 見知らぬ天井がそこには広がっていた。いいや、それは天井ではない。天蓋付きベッドの天蓋だった。豪奢な部屋に寝かされていた。

 病院などではない。もし助かったのならば病院で目覚めるはずだ。しかし、病院ではないだろう。天蓋付きのベッドがある病院など駿河は聞いたことがなかった。

 それに、部屋の調度品を見れば明らかだった。豪奢なのだ。何もかもが、王侯貴族の部屋とでも言わんばかりに。


 次のに自分の体。

 成人男性だったはずの駿河の肉体は、されど今現在とても小さくなっていた。さらに言えば、性別も女になっている。

 まさか、気が付かないうちに性転換手術されたわけでもないだろう。これは、明らかに普通ではない事態だと気が付くのに時間はかからなかった。


 駿河の中に、ある一つの予感が湧きあがる。それは、良くあるネット小説にあるような展開。使い古されたテンプレート。

 そろそろ食傷気味になりつつある概念。


 ――そう、転生だ。


「は、はは、嘘だろ!」


 だが、助かったことによる歓喜の前に、駿河に飛来した感情は――。


「最悪だー、ソシャゲのイベント出来ねえじゃん!!! 新ストーリーできないじゃん、どうすんだよ!?」


 ――というものであった。

 其れも当然だろう。彼は、ソシャゲに少なくない金をかけていた。具体的に言えば六桁くらい。あるいは、七桁に届くかもしれないが、決して少なくない金をかけていたことは確かだ。

 そのソシャゲのイベントがあった。新たに更新されたストーリーはとても楽しみにしていたのだ。それが、もうできなくなるという悲しみだった。


「それに、書きかけの小説どうすんだよ……」


 駿河は、色々なサイトで小説を書いていた。少なくない人たちが見ていた。それがもう更新できないとなると申し訳なさでいっぱいだった。


「それから、母さんは悲しむだろうなぁ。いや、悲しんだんだだろうな、か?」


 どちらにせよ、両親にも多大な迷惑をかけたことは間違いない。

 そのまま落ち込みそうになった時だった。


「失礼いたしますレイラお嬢様――」


 こんこんこんと丁寧なノックと共に女性の声が響き、一人の女性が入ってくる。それはありていに言って美しい女性であった。

 メイド服を身に纏った女性だ。ふわりと動くたびに香りの色が見えるかのような美しい亜麻色の髪に、楚々とした清楚さを感じさせる諸々の所作が更なる美しさを醸し出している。


 さらに駿河の眼を引いたのは、彼女の頭頂部だった。ホワイトブリムの後ろに隠しきれぬ大きな耳がある。

 そう獣の耳だった。犬の耳だろうか。彼女の髪色と同じ耳がそこにはあったのだ。となれば、少し視線を下げて彼女の腰元を見れば、そこには駿河の予想通りの尻尾があった。それは、触れてもいないのに左右に振られていた。


 獣人だった。フィクションのファンタジー世界の中にのみ存在する、ガチモノの獣人であった。

 しかし、そんな駿河の驚愕などよりも、どうやらメイドの彼女の驚愕の方が大きいようだった。


『レイラお嬢様!? お目覚めになられたのですね!! あ、ああ、奥様、奥様――!!』


 何事か彼女は踵を返すとスカートの裾を掴み、走り去っていった。

 その後、彼女に連れられてやってきたのは、両親だろうか。髭を生やした渋い男性とこれまた美しい金髪碧眼の女性だ。

 どちらもかなりかっこいいし美人だというのが駿河の感想であるが、この身体の両親っぽい人だからと観察していたからだろうか彼は両親らしい二人の耳が少しだけとがっているように感じた。


 エルフか? と思ったが、そう思考する前に女性の方に抱き着かれて思考は中断された。


『レイラ! あ、あ、本当によかったわ。もう一週間も目が醒めなくて! お医者様も匙を投げていたのに!』

『大丈夫か、レイラ』

「――――」

『よかった、本当に良かった』

『ああ、本当に。さあ、レイラも困惑している。一週間も眠っていたのだ。食事も必要だろう』

『ええ、そうですね、あなた。ごめんなさいね、レイラ。お腹が空いたでしょう。すぐに食事を持ってこさせるわ』


 そう言って来た時と同じく退室していく。遺された駿河はぽつりと。


「言葉、わからねぇ……」


 言葉が一切わからなかったのである。少なくとも日本語ではないし、英語でもないだろう。ただし、英語であったとしても、英語が苦手教科だった駿河に聞き取れるはずもなかったが。

 さて、その問題をどうしようかと考えていたところ、持ってこられたのはスープである。シチューのようでもある。だが、そのスープの中には、駿河の見慣れた食材は何一つ入っていない。

 国が違うからというレベルではなく、完全に世界観が異なるような食材も入っている。それは、この上なくここが異世界であるという証拠でもあった。


 されど変わらないのは食器などだ。用意された食器は変わらずスプーン。ただし、銀製なのだろう。良く磨かれたスプーンは鏡のようでもあった。

 反射して、駿河の顔も見えるほど。そこで初めて、駿河は自分の体を見た。


「綺麗だ……」


 可愛らしいというよりは綺麗だという方が正しいと言えた。美しい金髪に、澄んだ碧眼は青々とした宝石のようだ。肌は白くシミ等ありはしない。

 ありていに言って可愛らしいし、美しい。自画自賛になるようでちょっと照れくさいが、これはもうかなりの勝ち組レベルの顔面偏差値だった。


「さすが異世界というべきかな……」


 さらに、やはり自分の耳も多少であるがとがっているように感じた。漫画などのエルフほどではなく、多少とがっているように感じるレベルであるが、それでも気になる。

 先ほど両親が入ってきた時に人間のメイドも見たが、彼らはとがってはいなかったので、あとで確認しておこうと思った。


「って、言葉わからないんじゃん。どうしたもんか……」


 頭を抱えそうになる案件。転生したんだから、その辺どうにかならないのかよという不満があったが、どうやら体の方はさして気にしていない様子で、ぐぅと一鳴き。


「食べてから考えよう」


 おなかの虫が鳴いたのを聞いた途端に自覚する飢餓感。これはさすがにマズイということで全ては食べてから考えることにして、スープを掬って一口。


「んん、これは!?」


 味の方は、現代の食事と比べれば食べ慣れたあちらの方が良いという結論になるが、食べたことのない味わいと食感が広がる。

 特に、このシチューに入っているミルク。何の乳なのかはわからないが、とても濃い、濃厚だ。牛乳ではないことは確かであり、この濃さは調味料の味では断じてないと子供特有の鋭敏な舌の感覚を得た駿河は感じていた。

 具材は小さいものの良く煮込んでこの大きさになったのだろう。良く味が染みているようで、しゃっきりとしたものは、なかなかの歯ごたえで噛むと楽しい。

 肉はごろりと大きいものがはいっていてほろほろと溶けるよう。よく煮込まれた肉の味わいは、それはもう空腹も併せて格別と言えた。


 舌に乗せれば溶けるのではなく、むしろ残り続ける存在感。噛め、噛むのだと言ってはばからない。というか、脳内で肉が直接言っているかのよう。

 噛めば感じる歯ごたえは、極上のそれ。硬いだけの肉と思わせない噛み応えは不思議であり、力を籠めれば噛み切れてしまうが、残る後味に肉汁がうまくてたまらない。


「うますぎる――!!」


 思わずがつがつと食べてしまったほどだ。寝込んでたらしいのに、いきなりこんなの食べて大丈夫なのかと思ったが大丈夫なようである。濃厚だが重いわけではなくむしろ力が増す様子すらあった。

 ともあれ、がつがつしてしまったので、あとから誰もいなくてよかったと胸をなでおろす。食べ終わった頃を見計らったのか、丁度よくやってきたメイドが食器を下げて、何やら唱えると魔法陣が展開される。

 魔法だと思ったら、その魔法陣の光に包まれると妙に口の中から身体がすっきりしたように思えた。それから促されるままに横になる。

 どうやら眠れということらしい。眠ってばかりでねむれないかと思えたが、お腹いっぱいになったら眠くなるのは異世界でも同じことで、いつの間にか眠っていた。


 そして、それは彼の自由が終わったことを意味していた。


「んん――」


 寝返りを打つ。するとじゃらりと音が鳴った。ひんやりとした感触が両手首、手足に感じる。それは多大な違和感となって、駿河の覚醒を促した。


「――ここ、は……」


 目を覚ました駿河の視界に飛び込んできたのは、また見知らぬ光景だった。先ほどまで彼がいた豪奢な部屋では断じてない。

 そこは石牢だった。鉄格子で閉じられた牢獄だ。冷たい、石床の感触と鋭い雰囲気に一瞬にして眠気はどこかえへと吹っ飛んだ。


「な、なんだ、ここは!? ――あれ、声が」


 さらに混乱は深まる。声は先ほどまで自分がしゃべっていた少女の可憐な鈴を鳴らしたかのような声ではなくなっていた。

 野太く低い男の声に、死んで転生するまえの自分の声になっていたのだ。さらには体もそうだった。ちょうど死んだときと同じ格好、違うのは手足に鎖付きの枷が嵌められていることだ。


 何が起きているのか、駿河には何一つ理解できなかった。先ほどまで、転生したと思っていたのは夢で、自分はやっぱり生きていて、ひそかに治療されどこぞに売られてしまったのではないだろうかとすら考えたほどだ。

 だが、それは鉄格子越しに現れた少女の登場によって否定される。


「お目覚めかしら?」


 鈴を鳴らしたかのような可憐な声だった。それは聞いたことのある声だった。先ほどまで、眠ってしまうまで自分がしゃべっていた声であるからだ。

 そこにいたのは、自分が転生した姿そのものだといえる。磨き上げられたスプーンによって見た、可愛らしい六歳くらいだろう少女がそこにはいた。


「君、は……」

(わたくし)はレイラ、レイラ・ディ・ガストヴィルティン。はじめまして、侵入者さん」

「なん、だって――あれ、言葉が、わかる」


 少女、いや、レイラが話す言葉を駿河は、理解できた。一切わからなかったはずの言葉が伝わった。それも当然だった、なぜならばレイラがしゃべっていたのは日本語であったからだ。


「大変でしたわ。アンタの国の言葉を覚えるの。だから、表に出て来れなくて、アンタに好き勝手させられたのだけれど。覚えたら、言いたいことも言えますわ。

 さあ、私の中に土足で踏み込んだ、アンタをどうしてくれようかしら。侵入者、いいえ、寄生虫と言った方が的確かしら」

「な、なんなんだ、君は、なにをいって、ここは、いったいなんなんだ!?」

「まったく愚鈍ね。いちいち説明しないとわからないのかしら」


 この状況でわかれという方が無理からぬことだった。何もかもが突然なのだから。

 そんな駿河の困惑や混乱などを感じ取ったのだろう。レイラは大きくため息を吐いた。


「いいわ。教えてあげる。私は、貴方が言うところの転生元の人格。つまり、身体の正当な所有者。ここは、いわば心の中のようなものよ」


 そして、告げたのは衝撃の事実だった――。

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