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【逃げるは恥だが役に立つ】森山みくりは狂人であった(感想)

作者: inavacarroll
掲載日:2016/12/27

狂う、という言葉には『働きはするが、そのものの正常な機能が失われる』(新明解国語辞典第5版)というものがある。

この『働きはするが』の部分が狂うということの厄介なところだ。


また同時に『期待される秩序が失われた状態になる』(同上)という意味もある。

調子が狂う、とか、番狂わせが起きる、という使われ方をされる場合だ。


思ったように動かない、期待したように物事が運ばない。何かが狂っている。



森山みくりはそういう苦しみのなかにいた。

例えば、大学で学んだ心理学で、他者の心理を推し測り助言をするが、嫌われる。


この場合、心理分析も助言の内容も正しいとしよう。

正しい分析と助言を行ったのだから、助言を受けた人間の問題は解決に向かい救われるはずだ。

さらに言えば、問題解決に携わった自分には感謝や尊敬といった報酬が貰えるであろう。

それが彼女の期待する展開だったと思われるが、実際は相手を更に傷付けた上に罵倒を受ける結果となった。



例えば、派遣社員だったころ。

彼女なりに一生懸命働き、やりがいに悩みながらも仕事をしていたはずだがあっさり解雇されてしまう。

それも、イマイチ仕事の出来ていないように見える同僚と比較されたうえでの結果であった。

何故、自分は受け入れて貰えないのか。


森山みくりは、自分の求める役割や立場、その報酬については意識も高く考えも明快だが、それらは機能しないまま、苦しんでいく。

それらの考えや思想、捉えた問題が間違っているわけではない。むしろ、正しい。


しかし、大学生だったころ、就職活動が上手くいかない相手が期待して求めていたのは、心理分析やアドバイスではなかった。

彼女に会社員として期待されていた機能は、彼女自身が利益を上げたり、効率を高める提案をすることではなく、他の社員や立案された企画のサポートだったはずだ。

(ろくに実績のない若い派遣社員だしそんなもんとする)


自分の求める秩序については明るいが、自分に求められる立場やその場の役割についてはやや突き放すような態度が多いように見える。


家事というものを労働と報酬による理解に拘って、感情的に割り切れないモノにぶつかり苦しむ。

関係を破壊することで解放されようともする。



森山みくりは、その正しさが機能しない場面でも、それを手放せない。

これらを踏まえて、狂人というのは『そのものの期待される機能を発揮出来ない領域に働きかけ、秩序を失わせる人間』である、と言ってしまおう。

正しいことを、間違った領域に行い、破滅を呼んで、自らを省みない。そして繰り返す。


この場合の「正しいこと」というのは、理論的に正しい、社会的に正しい、経験的に正しい、お前のなかではそうなんだろう、お前のなかではな、まで幅広くある。

頭のなかで都合のよい妄想をしているだけでは、狂人にはならない。

その妄想の機能は果たされて、秩序が乱されることを乱すこともないからだ。

しかし、森山みくりは実際に働きかけて、その場の期待された秩序を次々に破壊していく。

当然それは彼女に期待された正常な機能でもない。彼女が期待したものとも異なる。

だから、人に嫌われて、職場から排除され、苦しみをおぼえる。



森山みくりは狂人であった。



しかし彼女は主人公なので2つの救済が用意された。


まず一つ、青空市場の企画運営だ。

このイベントの主催を通して、彼女の問題意識はおおむね正しさを維持したまま機能することを許される。

商店街側は最初無報酬で働かせようとしたり、アンケート回収すら出来なかったり、困難はあれど企画達成へ向かうという期待される秩序を破壊するものは、双方に存在しなかった。

この場所では、藤山みくりは狂人ではなくなった。自身の正しさが正しく機能していた。

やさしい世界。


もう一つが、家庭に入る、ということだ。

家庭というのは、生活を続けていく、そういう場である。

格好悪くても面倒でも騙し騙しでも続けていくことが目的だ。生きねば。

そのため、一見奇妙であったり、狂気すら感じるようなことでも、そこにあって排除されない。

(どこのご家庭でも「我が家だけの変な風習」とか「ヨソでは絶対やらないよコレ」とかなにかしらあると思う)

この場所では、森山みくりは狂人であるかもしれないが、存在を許される。

場合によっては、彼女の望む秩序の通りに運営されて、狂人でもなくなる。

心理学、労働と報酬、自身の学んだ正しさによって、愛情が搾取されていると叫んでも、家庭は維持される。

問題は解決されるべきであるが、その場の生活は放棄されないのだ。理想的には。



家庭における家事労働の問題が中心の本作が「家庭に入る」ことで救済されるのは面白い。

家庭というには様々な形態やバランスがあっていいんじゃねーの!? ということだろう。



逃げ恥はこういう逆説とか逆順による面白さが多い。


本作は、偽装結婚|(夫婦を越えていけ)→関係構築|(二人を越えていけ)→自己変革|(一人を越えていけ)という順番。

一般的には、自己変革|(恋心の自覚)→関係構築|(告白・イベント)→結婚など|(社会への参画、より大きい関係の構築)だろうか。



最後に。

森山みくりに用意された救済は二つともに「受容」によるものだ。

狂気はいまだに彼女のなかに存在したままである。

目の前に現れた問題に対して、「正しいこと」が解決や救済の機能を失っても、誰かを傷つけても自分が苦しくなっても、その場所を混乱に落とし入れようと、手放すことが出来ない。

降り下ろし続けるしかない。


彼女は自分を越えてゆくことが出来るだろうか。あるいは二人なら可能だろうか。


……うーむ、逃げ恥ってこんな話じゃなかったような。

でもここまで書いて今更消せねえよなあ。あ、これが、狂気。

という感じに一般化していけ。


逃げ恥、面白かったんですよ!! 

ちょっとこの感想文だと分かりにくいけど楽しんだんですよ!! 分かりにくいけど!!

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