六話:神棚から核兵器
「それじゃあ、具体的にどうするか考えよっか」
焚き火を囲う二人は頷きあう。
「正直なところ、やっぱり一人で『神の眼』を探すのは時間的にも精神的にも厳しい。
『神の右眼』はこの世界で私と対等の力を持つ唯一のものだから、すぐに私の力で見つけることは難しいの。
情けないけどね。
でも決して無理ではない。みんなと力を合わせれば。
だから、どうにか私の正体を隠して、聖都に忍びこめないかな。
信用できる人達だけ集めて、対策を相談したいの。
まずは英雄が失踪したことによる政治的恐慌と、インフラ停止による都民の混乱の状況確認をしたい。
なるべくこの左眼を使わず、実際に私が見たいの」
無茶なことを言っているのはリリィだって百も承知だった。
しかしフィズは、思案する表情を見せると、慎重に意見した。
「確かに、方針はそれでいいと思います。
それと、聖都に侵入する方法についても、わたしにいい考えがあります」
そう言いながら、フィズは不敵に笑った。
あまりに珍しい表情だったので、リリィは目を丸くして一瞬固まってしまった。
「でも、準備もあるので、それは明日話しましょう。
そろそろ戻らないと、アシグネさんが心配します」
フィズは立ち上がる。
そうだった、とリリィは思い出し、ちょっと焦った口調でフィズを止めた。
「あ、あの、フィズ。すごく申し訳ないんだけど、今日ここで私と会ったことは、アシグネには……」
「はい。言いません。大丈夫ですよ、わかってます。——あ、そうだ」
フィズはゴソゴソとローブの中を弄り、さっきもチラっと見せた手のひらだいの光る板を取り出した。
ただ、さっきのものとは別で少しファンシーなデザインをしていた。
「リリィにこれを渡しておきます。これを使えば、その眼の力を使わなくても、私と連絡を取り合うことができます」
ドヤ顔で手渡すフィズに、リリィはなんとも言えない表情でそれを受け取り、耐えられなくなったように口を開いた。
「っていうかこれ、スマホだよね」
リリィのツッコミに、フィズは驚いた表情をした。
「知ってたんですか⁉︎
これ、実は以前ユタからもらったものをわたしなりに魔法で再現したやつなんです」
そう聞くとリリィはそのスマホモドキをしげしげと興味深げに見回す。
これを利用してユタはフィズを口説いたのだろうと、あたりをつけ、彼女は心の中で舌打ちした。
「知識だけはねー。実際に見るのは初めて。——これってゲームもできる? 」
「さすがに、そこまでは。通信機能の再現だけで精一杯でした」
申し訳なさそうな顔をするフィズの隣で、ネモが今にも吹き出しそうな表情でつぶやく。
「電話とメールだけでええやん。携帯やし」
リリィは耐えた。
ネモをぶっ飛ばそうとする拳を最大限力を入れて抑えた。
「と、とりあえず、ありがとう。なにかあればすぐ連絡するね」
リリィは頬を引きつらせながらも、なんとか笑顔で応えられた。
はい、と嬉しそうにフィズは返事をした。
そして、また明日、と告げその場を離れようとしたが、泉から流れる小川の入り口付近で立ち止まり、振り返った。
暗くてリリィからはその表情が見えない。
でも、きっと不安なのだろうと察して、リリィは声をかけた。
「……大丈夫だよ。まだまだ私の余力は残ってる。
きっと明日も太陽が昇るよ。
——信じて」
その言葉が届いたのか、リリィにはわからなかったが、フィズは一度ぺこりと頭を下げると、川沿いに下っていった。
フィズが完全に見えなくなったのを確認してから、リリィはネモの足を蹴った。
「痛って。そんなに怒るなよ。いいじゃん別にー」
リリィは鼻を鳴らして食事の後そのままだった器具を片付ける。
その後荷物から毛布を取り出し、包まった。
「私、先に寝るけど、見張りしててよね。交代するときは起こして」
「いや、交代はしなくていい。何のために俺が昼間寝てたと思ってんだ。
俺は夜型なんだよ」
ネモのしたり顔に、彼女はもう一度蹴りを入れたくなったが、眠くなってきたのでやめておいた。
あくびをしてリリィが横になろうとしたとき、もらったスマホがピロリンと鳴った。
見てみると、フィズからメッセージが届いていた。
『今日はゆっくり休んでください。明日から頑張りましょうね!
あ、アシグネさんに怪しまれるので返信はいいですよー。
おやすみなさい』
自然とリリィの顔がほころんだ。
荷物袋を枕に仰向けに横になると、星空が見えた。
ふとなにかに気付いたように、ネモがリリィに声をかける。
「しょんべん、しなくていいの? 」
「死ね」
少女はネモに背を向けた。
やがて、少女からは小さな寝息が聞こえるようになった。
一角獣はそっとずれた毛布をかけなおしてやる。
どれほど力を持とうが、どんな立場だろうが、どれだけ気を張ろうが、彼女はまだあどけなさを残す少女でしかない。
そんな年頃の子供に、いや、そもそも一個人が持つには、彼女の左眼は重すぎる。
そんなものを望んで得ようとするやつは、はっきり言って何も考えていない大馬鹿か、精神を病んだ狂人か、この世界をゴミとしか思っていないなんの責任も愛情も義務感もない異世界の人間だろう。
まず最初からそんな力が存在すること自体が間違っている。
この狂った世界を救うと、少女は言った。
かつて英雄ユタも同じことを、人に請われてようやくだが、少なくとも表面上は救済を目指し、結果的に投げ出した。
だから、一角獣は少女を見届ける。
たとえこの先、この世界がどんな結末を迎えようとも。