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五十五話:英雄の末路





 気付けばリリィは、太陽に発射されたシリシヴァレスの教会前に横たわっていた。


 彼女の周りで、サニーを含む悪魔達がリリィの様子を覗き込んでいた。


 「リリィ、目が覚めたみたいだね。


 まったく、黒涙が消えたと思ったら、今度はキミが空から落ちてくるんだから。

 それも意識がない状態で。

 なんとかギリギリでキャッチできたから良かったものの、ボクが落としたら死んでたよ。


 もうないんだろう? 

 英雄の力は」


 サニーはリリィの目を見つめながら言った。

 彼女は起き上がりながら頷いた。


 「キャッチって、どうやったの? 」


 リリィはまだ意識がボヤけているようなフワッとした口調で聞いた。


 「魔法マスドライバーを物資運搬に利用するために試作していたマスキャッチ魔法だよ。

 まだ実用段階じゃなかったんだけど、今回は緊急だったしね。


 十二の悪魔達を四つのグループに分けて三人一組で衝撃緩和の膜を張って四層で段階的に減速を——

 ってリリィ、聞いてる? 」


 サニーがドヤ顔で説明していたが、リリィはその手に握るスマホを見つめていた。


 「それは……? 」


 サニーもスマホに気付き、尋ねた。


 「……英雄の遺品、かな。


 きっと試したいんだと思う。

 本当に私達は世界を終わらせずに続けられるのか。


 あいつ、最期までやりたい放題だったけど。

 でも、受け取るしかないよ。


 英雄も、私達も、結局はこの世界に産まれて、この世界で生きて行くしかないんだから」


 サニーはそれで、スマホの正体に勘付いたようだった。


 その場の全員が太陽を見上げた。

 晴れ渡る青い空には、手を伸ばせば届きそうな暖かい光が浮かんでいる。

 それを手にしたいと思う気持ちと、もしかしたら己を焼き滅ぼすかもしれない畏怖を同時に抱かせる、圧倒的な威光だった。


 黒涙は封印されただけだ。

 落ちてしまった黒い泥はまだ消失現象が続いているし、いつ封印が解けてもおかしくない。

 いや、あのスマホこそが、封印を解く鍵なのだ。

 誰もが世界の滅亡を望めば、再び太陽は泣くだろう。


 もうこの世界の住民はスイッチを手にしてしまっている。

 いつでも厄災を引き起こせる、破滅のボタンを。



 「そうか。

 それなら、ボクらは協力せざるを得ない。

 お互いが常に相手も自分も滅ぼす手段を手に入れてしまったんだから。


 今度の会談で、みんなにも伝えなきゃならない。

 どの道、キミとはそこを話すつもりだったからね」


 サニーの言葉に、リリィは頷いた。








 その後、人と悪魔はこれまであやふやだった関係を整理し、互いに対等な立場として不法入国や犯罪者の取り締まりを協力する条約を結び、公式に人と悪魔の交流が可能になった。


 それについての法整備や、まだ未解決の災害の後処理や聖都水道再建に追われ、気付けばリリィは皇帝の位についてから六年が経っていた。

 そしてようやく世界の混乱も治まってきたところで、人々はリリィの治世に対して不満を持ち始めた。

 決して彼女の信念が変わったわけではないが、民衆は皇帝選挙時の悪魔排斥の不実行や今までの法手続きを強引に突破していったやりかたを批難した。

 DSSメンバーが政治において強い権限を持ち始め、通信インフラを事実上リリィが握っていることも不公平感を高めた原因だろう。

 やがて彼女も、ノビリタスほどでなくとも不正な金の流れがあったことが次々発覚し、リリィを糾弾する声は日に日に増していった。

 彼女は国家元首の任期を最長八年とする法を作っていたが、もう潮時だと判断し自ら皇帝を辞任した。

 リリィはその前に後継者の選定方法を選挙によるものに定めていたため、皇帝による人類の君主制は彼女の一代で終わる事となった。


 皇帝でなくなった彼女のその後は悲惨であった。

 まず人と悪魔が手を結んだ歴史的な会談の前から、リリィが前魔王ホスティリスと親交が深かった事実が発覚すると、サルボ教会の新教皇プートー——プラエピシオ教皇もプロド公爵もリリィの任期中に亡くなっていた——は、リリィの聖女認定を剥奪し、彼女を異端審問にかけた。


 全世界が注目するなか、リリィは教会が禁じている数々の魔法を扱い、英雄ユタの後継者であると民衆を錯覚させた最悪の魔女であるとの裁断を下した。


 そして彼女は証人喚問を経た裁判でも政治資金について多数の不正行為の有罪判定を受け、死刑を宣告されることとなった。



 リリィの処刑は聖都の円形闘技場で公開されることになり、多くの人がそれを見ようと聖都を訪れた。



 処刑方法は彼女を(はりつけ)にして、火炙(ひあぶ)りにすることに決まった。



 多くの民衆が見つめるなか、磔にされながらリリィはこれまでの人生を振り返った。


 ここまでの流れは、ほぼリリィが思い描いていたものから外れていない。

 後継者についても、彼女はすでにファストゥスになると当たりをつけ、自分の亡き後も彼の後押しをするよう手まわししていた。

 DSSは元の災害対応組織から、国家の中央情報局として改変され、各領地だけで対処できない問題を扱う統合組織となった。

 その際元のDSSメンバーはほとんど残らなかったが、ストルオだけが局長として就任してその理念を引き継いだ。

 マレーは二重スパイとしての役割を終えて、過去の経歴を抹消され、戸籍を変えて今はシリシヴァレスで孤児院の職員として働き始めた。

 オルサはリリィとサニーの会談のあと、姿をくらまし、行方知れずとなっていたが、やがて賢者ロゴとフィズの故郷近くに小屋を建てて住んでいたことがわかった。

 しかしオルサを捜索していた助手のテルミンが発見したときにはすでに彼は自害しており、ただ一言「人のままで死にたい」とだけ書かれた遺言が置かれていた。

 近所の住民によると、小屋からはいつもうわ言のような声が漏れており、彼に話しかけても「ロゴ、フィデシア。そうなのか」「ああ、魔法の真髄は……」「人は魔法を使うべきじゃない」「俺のものだ。俺だけの、ああ、逝くな、なぜ」と何もないところに話すだけだったと言う。



 磔にされたリリィの足元に浄化の奇跡を付与した火が点けられる。

 観衆から大きな嬌声があがった。


 焚き木は燃え上りリリィの足先から焼いていこうとした。

 その瞬間、世界が止まった。

 観衆も、燃える火も空の雲も動かなくなり、静寂が闘技場を包んだ。


 するとリリィが首から下げていたユニコーンの角から、にゅるりとネモが跳びだした。


 角の折れた六脚でピンク色のユニコーンは、沈黙の中リリィに向かってニヤリと(わら)った。







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