五十三話:アクタ・エスト・ファーブラ
虹色の光が私を包んでいる。
凄まじい加重を受けながら、円形の加速器の中で速度を上げていく。
周囲の景色なんて見えず、ただひたすらに速く、一刻も早くあの太陽に届かなければならない。
だんだんと回転する角度が傾き始めていることに気付いた。
発射する角度を調整しているのだろう。
やがて光は真っ白に変わり、私は加速から解き放たれ打ち上げられる。
瞬間、私の体はバラバラに砕けそうな衝撃に晒されながら、雪雲に大穴を開けて突き抜ける。
実は上昇中の景色を視て楽しもう、とか密かに思ってたけど、全身痛いわ回転し過ぎてなにもわからないわで余裕は全くなかった。
大気の薄い層に入ると、さすがにもう限界だったので回転を緩める。
気温はもう熱いのか寒いのかわからなくなっていたが、今の私には問題ない。
黒い泥を被った影響は抜けている。
『神の力』は全開だ。
周囲には丸く青い水平線が視える。
地上を見下ろせばまるで地図の俯瞰をしているようだ。
さて、そのままの勢いで重力を振り切って太陽を目指しているわけだが、視ればもう黒い涙が溜まりきって落ちる寸前だった。
そしてあらためてわかったことだが、この世界の宇宙は全くもって出鱈目だということだ。
いや、まさか夜空の星が天球の穴から差す光とか、天動説の世界とは思わなかったよ。
もう太陽というか、天蓋の大穴が眼の前にあるんだけど、ほんとにハリボテなんだなこんちくしょう。
神の宇宙創りが雑過ぎる。
さすがに宇宙で呼吸できないくらいにはちゃんとしているのだが、地上から肉眼で見上げてそれっぽければ、あとはどうでもいいみたいな杜撰さを感じた。
まぁユタはこの世界の住人が宇宙目指すとか絶対想定してなかっただろうしね。
そんなことをつらつらと考えながら、私はこれから真っ黒に染まった太陽に突っ込むわけだけど。
またあの消失を体験するのは正直辛い。
今度は『神の力』を完全に継承した状態とはいえ世界が終わる可能性がゼロなわけではない。
でも、予感があった。
あの黒い太陽に行けば全てがわかる。
私は意を決して漆黒の泥の中に再び入っていった。
夢を視ている。
そうとしか思えない光景が眼の前に広がっていた。
そこには有りと有らゆる怨嗟が渦巻いていた。
私は見上げるような高いビルが立ち並ぶ街を歩いている。
すれ違う人達はみんな黒い影にしか視えず、話しかけても触れようとしても全く反応がなかった。
ただ、どこからともなく泣き声のような、怒鳴り声のような、悲鳴のような嘲笑のような、そんな多くの声がずっと街に響いていた。
知識だけで知っていたその街は、想像していたよりずっと安全で便利で、楽しそうな物にあふれているのに、人々は俯いて忙しそうに過ぎ去っていく。
私はついつい、美味しそうなパン屋さんとか、劇場のポスターとかを視て足を止めてしまう。
これだけ娯楽に恵まれて、なぜこんなにみんな下を向いて不幸そうな表情なんだろうか。
大通りの交差点で、信号待ちしながら、私は辺りを視回した。
人、人、人、そして道路には絶え間なく車が行き交う。
聖都も、いずれはこんな風に発展を遂げるのだろうか。
信号が青に変わる。
歩行者が一斉に交差点を渡っていく。
私もそれに続くが、どうやっても流れについて行けず人影に当たってしまう。
まぁ当たってもすり抜けてしまうんだけど。
交差点の真ん中に差し掛かったその時、私のスマホモドキから鐘の音が鳴った。
それは周囲の人が持っているスマホにも波及していき、さらには駅の時計台や建物の巨大モニターからも輪唱のように広がっていく。
気付けば人混みは足を止め誰もが私を視ていた。
嫌な予感に、私は全力でその場からジャンプして都市の中で目立つ赤い尖塔の上に離脱した。
この空間全域から嗤い声が響いてくる。
そしてやがて都市の高層建造物の間から、大きな真っ白い人の形をしたなにかが立ち上がった。
今いる赤い尖塔とてかなりの高さがあるのに、その白い巨人はそれと並ぶほどの大きさを誇っていた。
白い巨人の顔はのっぺりとしていて卵のようにツルツルだったが。
ただ二つだけ大きく窪んだ箇所があり、そこだけは白い体の中で唯一真っ黒に穿たれていた。
「そっか。やっぱりそういうことだったんだ。
消えたユタの体、ここにあったんだね」
私が呟くと、口のない巨人は、黒い二つの穴から、真っ黒な涙を流し始める。
涙の雫は地に堕ちると、そこにいた人影は消滅しながら歓喜の声を上げた。
物言わぬ巨人は、それでも雄叫びをあげるように天を仰ぐと、その眼孔から真っ黒い粒子砲を放ち、都市を薙ぎ払った。
暗黒の放射は建造物を根こそぎ貫き、消し飛ばしていく。
都市の人々はそれをスマホで撮ったりしながら歓声をあげていた。
例えその放射や崩壊した瓦礫に潰されようと、その瞬間まで拍手を送り続けていた。
電車に乗るサラリーマンも、学校で部活中の生徒も、サークルの飲み会に参加した大学生も、みんな歓喜して街の崩壊を望んでいる。
鐘の音は鳴り続けていた。
ついに厄災の元凶に辿り着いた。
これが最後だ。
私の『神の眼』は、このときのためにあった。
「終わりにしましょう。
この世界に、もう英雄は必要ない」
私が大鎌を構えると、街からは一斉に叫び声があがる。
——可惜せり。可惜せり。
「うるさい! バカか!
なんで破壊を望めば自分も巻き込まれるかもしれないって可能性に気付かないんだ!
罪を背負う覚悟もなく、後悔するなら、最初から世界なんて創るな!
自分で始めておいて、放ったらかしたくせに、今更私達の邪魔をするな! 」
私は、赤い尖塔から、白い巨人に向かって跳び掛かった。