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五十二話:太陽を目指した女





 聖都の宮殿に戻った私は、すぐに悪魔領に帰ったサニーと連絡をとる。


 「無事仮想空間から戻ったね。

 悪魔側で現状できるのは黒涙を少しそらすだけだ。


 リリィはどうやってあれを防ぐつもりなんだい? 」


 サニーの疑問に私は右手を見ながら説明する。

 そこに巻かれていた黒い帯はすでに泥を取り込み過ぎたため消えてしまっていた。

 ひと段落したらフィズに謝りに行かないと。


 「大丈夫、確かそっちの対処方ってマスドライバーを利用していたんだよね? 」


 サニーは苦笑しながら肯定する。


 「そう、大質量を射出する多重複合投擲魔法だよ。


 黒い泥は無機物より人や悪魔を優先して侵食するから、それを利用して擬似人間(ホムンクルス)擬似悪魔(ヴィリディクルス)を大量に打ち上げて着弾を誘導した。

 人間からすれば倫理を問う行為だろうが他に方法は——」


 私はサニーを(さえぎ)って確認する。


 「今は議論でなく行動が優先。

 その魔法はシリシヴァレスでも可能なの? 」


 サニーは即答する。


 「可能だ。

 黒涙の警報が出た時点で交代制で常時待機中の対策チームが転移可能地域にいつでも出動できる。

 シリシヴァレスならそちらの意向を次第で転送可能だ。


 しかし軌道を()らしても落ちることに変わりはない。

 そうなれば悪魔が干渉するだけ余計に(ねじ)れ最悪戦争にまで発展しかねない」


 私は少し安堵した。

 本当にギリギリで間に合いそうだ。


 「なら問題ない。


 今回射出してもらうのは私だから」


 私がそう言うと、サニーは驚き困惑しながら聞きかえす。


 「正気かい⁉︎ 

 いくら『神の力』でもさすがに無理だよ! 」


 私は急かして答える。


 「いいからさっさと準備して! 


 時間がないの! 

 今から私もシリシヴァレスの鉱山に向かうから、そこで落ち合いましょう」


 「待って、リリィはどうやって転移するつも——」


 私は通話を切って、さっきの仮想空間の鍵にしていたユニコーンの角を取り出した。

 確かに、転移魔法はまだ人類には一部しか普及してない。

 シリシヴァレスとの転送は不可能だ。

 でも私には頼れる相棒がいる。


 「さぁ、ネモ。ようやく見せ場が来たよ! 」


 私は眼を(つむ)ってその(たけのこ)の先端みたいな不格好な角を握り締めて叫ぶと、前方の空間が暗く歪み、そこからぬるりとネモが出てきた。


 「やっとかよ。待ちくたびれたぜ。

 この前は不完全燃焼だったからな。


 で、今度はどこへ行くんだ? 」


 私はその角の折れた六脚でピンク色のユニコーンに(また)がりながら言った。


 「シリシヴァレスの鉱山! 

 ネモも一回行ったから道は覚えてるでしょう? 」


 「あそこか。合点承知の助! 


 本気で緊急なんだな? 

 全力でいいんだな? 」


 私はネモの背中をペチペチ叩く。


 「全力じゃなくて限界超えろっていってるの。

 世界最速なんでしょう? 

 転移魔法を越えるくらいの気合をみせて」


 ネモは、くけけと(わら)った。


 「無茶を言うぜ。だが了解した。


 しっかり掴まれ、振り落とされても拾えねぇからなぁ! 」


 そう言ってネモは(いなな)き上体を起こすと、前足四本を地面に叩きつけた。


 すると前方の空間に円筒状の魔方陣が展開される。

 バチバチと稲妻染みた轟音を鳴らしながら、その魔方陣のトンネルは間の障害物を無視して遥か先まで伸びていく。


 (ひづめ)で魔方陣の感触を確かめていたネモは、一度力を溜めるように(かが)むと、一気に跳ねるように駆け出し加速した。


 魔法のトンネル内に入った瞬間、それ以外の世界が水中に沈んだように動きが鈍く見えた。

 外の風景は引き伸ばされたように置き去りにされ、ネモは全てを追い抜きかけ走る。

 確かに、それは建物も、森や地形にぶつからず、空気も無視して音を貫き、何物にも阻まれない光に近づくほどの速さでシリシヴァレスへと私を連れていった。


 やがて魔法のトンネルを抜けると、そこは雪降る鉱山町だった。

 私は急停止したネモから降りると、ネモは力尽きたように崩れ倒れながら呟いた。


 「——あとは君次第だ」


 「任せて」


 私は振り返らず握り拳で応えて町を進む。

 町中ではプロド公爵の盟友である現領主とこの町の住民である悪魔や人、半魔(ネピリム)が協力して避難を開始していた。


 「まさか本当に転移並みの速度で移動するとは。

 キミは相変わらずとんでもないね」


 先に転移していたサニーが私を迎えてくれた。


 「準備は? 」


 私が聞くと、サニーが簡潔に答えた。


 「できてる。


 もう落涙まで時間がない。

 最後の確認だけど、本当にいいんだね? 」


 私は迷いなく頷いた。

 頭上の太陽は、刻々と黒さを増していっている。



 補修された教会前の広場で、それぞれケーブルで繋がれた悪魔が十二頭、大きく円陣を作っていた。

 私はその中心に立つよう案内されると、囲んでいる悪魔の中に、アリゲルがいることに気付いた。


 私の視線に気付き、アリゲルは鼻を鳴らした。


 「別にヴェナリスのことを許したわけではない。


 だが子供達を救うためなら、お前に協力する程度の分別は持っている。


 ——必ず成功しろ。英雄」


 そこにどれだけの葛藤(かっとう)があったのか、私には視ることができたとしても、測れない。

 私は言うべき言葉が見つからず、結局頷くことしかできなかった。


 でも、言うべきことはもう伝えてある。

 やっと少しだけ彼にも届いたのかもしれない。

 そう思った。


 悪魔達は魔法を唱え始める。


 「魔力誘導線接続、シンクロ完了」


 「クロマミウム充填率、シックスナイン」


 「外部マナケーブル接続確認、供給問題なし」


 「魔導加速器、循環確認」


 「全魔導士体内マナ比重モニタリング中、変異進行許容内」


 「加速器内圧、異常なし」


 「ホスティリス魔王、いけます」


 十二頭の悪魔達は、お互いを繋ぎ円形に魔方陣を展開して魔力を循環させ加速させるつもりのようだ。

 それは今しがたネモがやってのけた魔法のトンネルと似た原理だと思うが、これほどの数それを多重に展開して一部のズレも出ないなど、とてつもない技術と練度だ。


 虹色の光が私の周囲を回っている。


 「ここは魔法を使うには最適な立地だからね。


 全力でリリィを打ち上げてあげるよ」


 サニーがニヤリと笑った。

 鉱山にある大量のクロマミウムのバックアップすら利用するらしい。

 私の鉱山だから、別にいいんだけどね。

 こんな魔法、サニーどころか先代魔王すら加速に耐えられなさそう。


 まぁそれで私の決意が揺らぐわけではないけど。


 「ご協力、感謝します。


 じゃ、サニー。ちょっと宇宙行ってくるね」


 サニーは吹き出した。


 「く、ふふ。

 食事会までには帰ってくるんだよ」


 はいはい。と返事をして私は魔導レールの上に向かう。

 視上げれば、太陽は真っ黒に染まり今にも落ちてきそうだった。


 もう泣かない。

 泣かせない。

 あんな光景は二度と視たくない。


 私は虹色の眩しい光の中に入っていった。






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