五十一話:泣きたいときそばにいて欲しい人
「ねぇ、サニー」
壊れた広場の片隅で、リリィは抱きしめた魔王に語り続ける。
「これからも、きっと人と悪魔の間に争いはなくならない。
でも、それでサニーとの関係が終わるわけじゃない。
そしてその気持ちが広く世界にも届いて欲しいとも思う。
だけどそれはやっぱり強制なんてできなくて、ああしましょう、こうすべきだ、なんて押し付けられないよ。
今度の会談で、私達はその妥協点を見つける。
正解でなくとも、今できる最善の関係に落とし込もう。
それで、いいよね? 」
サニーは頷いた。
「それが妥当なところだね。
感情的に言えば、人と悪魔は相容れない。
そこに英雄という存在が力尽くで抑えていたけど、消えてしまったから、いろんな思惑が一度に動き出した。
けどようやく腹を割って話し合いができる相手が見つかったんだ。
互いの利益を考えるなら、敵対すべきじゃないのは明白なんだよ。
でも、損得だけで動かないのが心理というものでもある。
ボク自身、素直になるのにこんな遠回りをしたんだ。
大衆を説得できる材料もなかった。
そして行き詰った結果がこれだ。
なんとか英雄コンプレックスから脱却しないと、ボクらはどうしようもない戦争をまた始めてしまう」
魔王は自虐的に嗤う。
リリィはサニーを支えて、立ち上がらせながら言った。
「英雄頼りなのは人類も同じだから、これからは『神の力』抜きでもどうやっていくか考えなきゃいけない。
私はなんとか見つけたよ。
完璧じゃなくても世界が続く方法を」
サニーが驚いて尋ねようとしたそのとき、リリィの力が抜けて意識を失って倒れた。
「リリィ! 泥を被った影響か⁉︎ 」
サニーは何度も名前を呼びながら倒れた彼女の体を揺さぶったが、反応はなかった。
夢を視ている。
夢の中で『私』は、大学のサークルに入って新歓に参加していた。
別に興味なんてなかったけど、友達に誘われて付き添ったその飲み会は、なんだか今まで私が知っている世界と全く違う場所に見えて萎縮してしまっていた。
無遠慮に私的なことまで聞いてきて、やたらと体に触ろうとする先輩達にも、友達は場の空気に呑まれてはしゃいでいる。
少し離れた場所で、先輩達が愚痴っているのを聞いてしまった。
その中にオリエンテーションで親切にしてくれた先輩を見つけ、私は声をかけようとしたが、彼女は飲み会から抜けて帰ってしまうようだった。
そのとき彼女が同情するような視線を私に送っていたのは、気のせいだろうか。
ちょっとその先輩と話したくて、彼女を追いかけようとしたとき、私は誰かに足を引っかけられて転んでしまった。
大きく笑い声が上がるのと、半笑いで形だけの心配する言葉が飛ぶ。
顔をあげて立ち上がろうと前を見たら、会場店の壁に映画のポスターが貼ってあった。
ポスターの煽りには『異世界ファンタジー』の文字が躍っていた。
サニーが私を呼んでいる。
意識を取り戻した私は、心配する彼女をよそにすぐに起き上がり、自分のスマホモドキを確認した。
それと同時に、スマホモドキから鐘の音が響く。
「なっ、まさか『太陽の黒涙』か⁉︎
このタイミングで⁉︎ 」
サニーが信じられない様子で叫ぶ。
私は空を視上げた。
高く登った太陽は、少しずつ黒い点が生まれ始めている。
例えここが仮想空間であろうと、黒涙は時空を無視して顕現することが、これでハッキリした。
私はそれがどこに落ちるのか視て悟って、それをサニーに伝えた。
「——落下地点はシリシヴァレス。落ちたら大変なことになる。人も悪魔も」
サニーは絶句して固まってしまった。
「でも今度こそ、厄災は防いでみせる。
そのために、私は今まで頑張ってきたんだから」
私がそう言って、サニーの手をとった。
「ねぇ、サニー。
私に、人間に力を貸してくれる? 」
サニーは、戸惑いながらも、私の手を握りかえした。
「落下地点は悪魔にとっても無関係じゃない。
悪魔と人間の関係を見極める秤になるだろう。
どこまでやれるか試すんだ」
私達は頷き合い、私はユニコーンの角を空に掲げて、仮想空間から転移した。
例えば、明日世界が消えるとして、そのとき一緒にいる人は誰だろうか。
家族、恋人、友達。
たまたま出会った知らない誰か。
はたまた嫌いでしょうがないあいつ。
あるいは、一人静かに過ごすことが一番幸せか。
その瞬間を無意味にしないために、二人は動き出す。
覚悟は決めている。
準備もしてきた。
だから、祈りは要らなかった。