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五十話:真・友情鉄拳パンチ(アッパー)





 魔王はリリィの眼前でカプセルを握り割った。


 割れたカプセルからは多量の黒い泥が溢れ飛び散り、二人の顔や体に降りかかった。


 リリィは両眼を拭おうと手で顔を覆いながら叫んだ。


 「バカ、サニー! バッカじゃないの! またはアホか! 」


 魔王はよろめき立ち上がりながらも、泥によって一時強制的に『神の眼』を封じられたリリィを、満足げに見下ろす。


 「今ならよく見えるだろう? 

 それが死と隣り合わせの世界だ。


 『神の力』は本人の意思と関係なく全てを都合よく改変してしまう。

 今までキミはそれに頼ってきた。


 キミがどれほど抑えようしても無駄なんだよ。

 その力は存在するだけでボクらの価値をただの玩具(おもちゃ)に堕とす。


 世界の全てを茶番にしてしまう。


 ボクらはこんなにも本気で生きているのに! 」


 魔王はそう叫んでリリィに横蹴りを入れた。

 それはリリィの腹にまっすぐ刺り、彼女は大きく後ろに吹き飛び、通りの露店を数件貫き果物の陳列棚に突っ込んだ。


 魔王は自分にも降りかかった黒い泥を払おうとして、力が入らず膝をついた。

 痛みに(うめ)きリリィは果物に埋もれながらその姿を見て呆れた。


 「ほら、やっぱり自爆じゃん! 


 サニー、あなた死ぬ気なの? 

 このままじゃ二人共倒れだよ。

 最悪の結果しか残らない! 」


 魔王は笑って答える。


 「ボクは死など恐れない。

 それこそ言っただろう? 


 覚悟しろと。

 ボクが死んでも、いずれ誰かが英雄を倒すと。


 だけど、その役割はボクのものだ。

 キミより強いものが存在するって証明してやる。

 今、ここでキミは死ぬ」


 魔王は翼を羽ばたかせて飛び上がり、起き上がろうとしていたリリィを上空から勢いよく踏み潰した。


 その圧力により、周囲の地面は砕け陥没したが、リリィは魔王のその鷹の様な両脚を大鎌で受け止めていた。


 「はあっ! 」


 リリィは魔王の脚を弾き、大鎌を下から振り上げる。

 それを横にヒラリと避けて、魔王は尻尾でリリィを打ち払った。


 圧壊した穴から飛ばされ、リリィは大通り沿いの建物の壁を貫き小さな飲食店のカウンターに叩きつけられた。


 「は……ぐっ」


 リリィは歯を食いしばり、立ち上がる。


 魔王はリリィが通り開けた穴から店内に入る。

 その目は元の赤より危険で不吉な光を放ち始めていた。


 「サニー……。泥の、侵食が……」


 「それがどうしたっていうんだ? 


 英雄を打ち倒せればボクの命など消えて構わない。

 悪魔の勝ちだ、英雄! 」


 息が上がったままリリィは大鎌を突き出したが、魔王は左爪でそれを弾き、右爪を振り抜いた。

 爪撃はリリィの横腹を裂き、店の椅子やテーブルを押しのけながら反対の壁に彼女をめり込ませた。


 剥がれ落ちるように倒れたリリィは吐血する。

 動けない彼女の足を掴んで、魔王はそのままリリィを引きずり店の外に出ると、空へ飛んでソルコンシド上空に浮かぶ。

 魔王の体は、すでに泥の侵食が全体に進み、真っ黒に染まっていた。

 リリィを逆さ吊りに掴んで栄華を誇った大都市を眺めながら、魔王は宣言した。


 「格式高い綺麗な街だね。


 でもこの景色はボクの先代が消し去った。

 この街は窮屈で、非効率で、差別的で、なにより統率され過ぎて気持ち悪かったからだ。

 何もかもが神の前にある同調抑圧に(ひざまず)き個を認めない。

 個がないものに義務と責任の区別などつかない。


 悪魔ならもっと効率的で優れた自由な街を造れるんだよ。


 もう一度全部ぶっ壊して一からやり直せ! 

 あの日を再現して見せてあげよう。

 仮想空間を超えて現実でも! 


 もう二度と、人間が悪魔に刃向かう気すら起こさないように! 

 神なんぞに頼った。

 憐れな操り人形を破壊し尽くす! 」


 そう言って魔王はリリィを振りかぶって地へ投げ落とす。


 彼女は街の心臓部、五つの水道橋が交わる巨大貯水槽の水面に叩きつけられた。


 大きく水柱をあげて沈んでいくリリィは、薄れる意識の中、日の光が差す水面を見上げていた。


 ——違うよ。それは、サニーの願いじゃない。


 リリィは一条の光に手を伸ばす。


 ——黒涙に思考まで染められてしまった。結局、私達は『外の世界』の影響を無視できない。


 その手には、黒い布帯が巻かれている。


 ——自分の内側にある『神の力』すら直視できないんだもの。


 リリィは拳を握りしめた。

 まだ、間に合うはずだ。



 魔王は狂ったように(わら)い声をあげながら、両手を地上に向けて力を込めた。

 明らかに限界を超えたマナを取り込み、両掌はなお赤く禍々(まがまが)しく輝きを増していく。

 光は空気を震わせ、時空そのものが悲鳴をあげるようにスパークし、(きし)みあげている。


 「消えろおおおおー‼︎ 」


 巨大な魔砲閃が放たれる。

 それは昔この都市を滅ぼした光より眩しく爆ぜるだろう。

 黒涙の侵食により、時空を無視する力を得た魔王の一撃は、直撃すれば余波が現実の聖都すら焼き尽くす。


 ただ、リリィにとってそんなことはどうでもよかった。

 彼女は己の握り拳を胸の前に寄せる。

 気付けば貯水槽の底に、足がついていた。




 目を覚ませよ。




 リリィは肩をほぐすように右腕をぐるぐる回す。

 そして意を決すると、水底を全力で蹴って跳び上がり、そのまま水面も突き抜けてサニーのもとに向かった。

 彼女が跳んだ衝撃で、貯水槽は巨大な水柱が巻き上がる。


 落ちる真っ赤な極大閃光に、リリィは叫びながら右拳を振り上げた。


 ぶつかり合う拳と魔砲閃はその勢いを相殺し止まったかに見えた。


 だが魔王はさらにマナを鯨飲するように吸い集め、閃光の勢いを高めた。


 「堕ちろおおおおー‼︎ 」


 リリィは押し返され始める。

 しかしそのとき、リリィの背後から背中を押す力が現れた。


 それは貯水槽から上がった水柱だった。

 リリィが跳んだ衝撃により貯水槽の水門が破壊され、決壊した水道橋五本分の噴水がリリィを押していたのだ。

 もちろんそれだけでは勢いは足りない。

 リリィはその水圧の中に確かな意志を感じた。


 以前先代魔王と戦ったときも感じたこの包み込むような力は、『神の力』とは全く別種のものだ。


 リリィはそれがなんなのか、ようやくわかった気がした。


 赤い破壊の閃光は勢い付いたリリィに爆ぜかき消され、そのまま拳はサニーの鳩尾(みぞおち)に突き刺さった。


 「がっ⁉︎ 」


 以前サニーが泥を回収していたのと同じ要領で、リリィは魔王を侵食する泥を右拳に集める。

 リリィは泥が拳に巻かれた黒帯に取り込まれていくのを確認すると、逆の左拳でサニーの下顎に全身全霊のアッパーを振り上げた。


 顎をかち割る勢いのその拳は、サニーの脳を揺さぶり、メリメリと音を立てながらリリィは拳を振り抜いた。




 完全にノックアウトされたサニーはソルコンシド上空から最初の広場に落ち、リリィも後から壊滅した広場に着地した。



 水門が決壊した影響で壊れた水道からも勢いよく水が漏れていたのでそれを転がっていた桶に溜めて、リリィは水をサニーにぶっかけた。


 「——ぶはっ⁉︎ 


 リリィ、この扱いは、あんまりじゃないかい? 」


 気絶から覚めたサニーは()せながら文句を言った。


 「うっさい。

 あんな手段を使うやつに遠慮なんかいるか。


 黒涙を使って勝っても悪魔が神を越えたことにはならないでしょうに、どうしてこんなことをしたの? 」


 リリィは怒りを隠さず問い詰めた。


 「それでも勝ちたかったから、それだけさ。


 そして、あれがちゃんとキミに対する抑止力になることがわかった。

 それだけで十分な成果だよ」


 サニーは目を細め、遠くを見るような表情をした。

 おそらくはここに至るまでの犠牲を振りかえっているのだろう。


 だけどそうじゃない。

 二人はそんな建前を聞くために戦ったわけじゃないはずだ。

 だからリリィはサニーの頬を叩いた。


 「だから! 

 どうしてそこまで勝ちにこだわったのか聞いているんでしょうが! 


 神の力が存在するから戦う? 

 次代の悪魔のために(いしずえ)になる? 

 違うでしょうが! 


 ユタが消えて、もう予言に縛られる必要がないことも知っていて、それでもなお私達が本気で戦った理由を、誤魔化さずに言えって言ってるの! 」


 サニーは唖然(あぜん)としていたが、すぐに視線を泳がせ始める。


 リリィそれをじっと見つめて待つ。

 ずっと彼女が想い続けた、届いて欲しかった願いの答えを。


 「……対等な、友人になりたかったからだ」


 やがてそう呟いた異形の怪人(サニー)をリリィは強く抱きしめた。


 「うん。私も同じ。


 (ねじ)れたポジショントークなんて吹き飛ばして、サニーと友達になりたかった。

 本当に、たったそれだけのことだったんだよ」


 どれほど姿形や文化や思想が違い、社会と歴史の積み重ねが、屍の上に成り立とうとも、個人の関係性を築く(へだ)たりになんてさせはしない。


 今や二人は多くを背負う立場になってしまったが、その所為(せい)で友情が芽生えないなんて理屈は存在しない。


 善と悪を押し付けられようと、だから二人は敵同士です。で済ませてなるものか。

 互いの嫌なところを知って、良いところも知って、ぶつかり合って強さを感じた。


 納得いかないことは沢山あるし、認められないことも沢山ある。

 もう戻れない犠牲だって払った。


 それでも手を取れないというなら、世界はどこまでも救いがない。


 だから変えて行くんだ。

 いつか誰もがその強さを持てるように信じて、でも誰もがそう強く生きられないことを忘れないように進んでいくんだ。





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