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五話:心を開いて




 「フィズ。私、みんなに話さなきゃいけないことがあるの。でも、まずはフィズに聞いてほしい」


 小さなフィズは、困惑と怖気(おじけ)を合わせたような表情でリリィを上目使いに見つめる。


 神の眼を使わずとも、彼女がなにかを隠していることは容易に()(はか)れた。

 今のリリィには、その心の内を覗き、自在に操ることすらできる。


 けれどリリィは彼女にそんなことをする気はないし、しても意味がないことを知っている。

 彼女達の内にあるどうしようもないわだかまり。悩みなど大小あれど、誰でも持っている。

 察してほしい、わかってほしい。

 全てが都合よく、世界が、接待してくれるだなんて。

 そんなものは、神様気取りの願望だ。

 そんなものを、望むことはできない。

 だから、結局自分から話すしかないのだ。


 そうしてリリィはこれまでの経緯を語る。


 彼女が知ったこと、彼女が得た力のこと。

 その上で、今後どうするか決めかねていること。

 途中涙があふれそうになり、なんどもつっかえながらも、最後までリリィは目を背けず正直に自分の気持ちを話した。

 信じてくれるわけがないと思っていた。

 最悪、狂人扱いされてもおかしくないどころか、それが普通の反応だと思っていた。


 しかしフィズは、あっさりとリリィを信じると言ったのだった。


 むしろリリィのほうがフィズの正気を疑うほどだったが、彼女はうろたえるリリィに、だってリリィですから。といって笑った。

 リリィは呆れるやらホッとするやら、複雑な気持ちだったが、そうはいっても彼女にもなにか理由あってのことだろう。


 フィズは賢者と呼ばれた魔法使いの孫娘である。

 彼女にしかわからない、この世界の視点がある。


 だからこそ最初に話す相手に選んだのだし、楽しかった彼女と過ごした時間を信じたいからこそ、リリィはその心を神の力を使ってまで覗こうとはしない。

 例えその思惑に裏があるとしても、だ。


 するりと、リリィが見つめる世界、左眼の暗闇の中に、ピンク色の毛並みを持つ六脚で角の折れた一角獣が現れる。

 篝火にあたるフィズのすぐ真横に歩み寄って、その肩越しにリリィを(にら)み小さく(いなな)くが、フィズはまったくそれに気付かない。


 ネモは、フィズはもちろん、この世界にいる他の誰も見ることができない、神の眼を持つリリィだけに視える非存在である。


 「なにを躊躇(ちゅうちょ)しているんだ? 隠し事をしてるのがわかってるなら覗けよ、操れよ。なぁ? こいつは未だユタを盲信してる。知ってるだろ? いつ裏切るともしれない女だ。怖いだろう? 不安だろう? なぁ? 」


 一角獣はリリィだけに聞こえる声で(はや)したてる。

 しかしリリィは無視してフィズに言った。


 「戸惑(とまど)わせてごめんね。でも信じるって言ってくれてうれしい。多分、今後世界が終わるにつれ悲しいことがいっぱい起こるとおもう。迷惑もかけちゃうだろうし。私にはどうすればいいのかわからないの。けど、黙っていられなかったんだ」


 フィズはその後も涙まじりに謝罪を繰り返すリリィの手をそっと握り、言葉を選んで慎重に口を開いた。


 「べつに怒っていませんし、責めるようなこともありません。リリィだって辛かったんですよね。わかります。だから、一緒にこれからのことを考えましょう」


 リリィは涙を拭い、フィズにお礼を言った。

 ネモはその様子を白けたように見ながら、胡散臭(うさんくさ)く感じていた。


 「とにかくリリィが無事でよかったです。それと、リリィが持っている力に関しては、わたし以外には話さないほうがいいと思います。きっと、面倒なことになります」


 リリィが理由を聞こうとする前に、フィズは言葉を(さえぎ)り、懐から手のひらほどの大きさの光る板をとりだすと、そこに映っているものを説明する。


 「今聖都は厄介な事態になっていまして、生活基盤の水道に問題が起きて、都民に不安が広がり、英雄ユタ失踪もあって政情はとても不安定な状況です。すでに代表議会の裏では議員同士の工作が跋扈(ばっこ)し、都内には出所不明の暴動の噂が絶えません。さらに、未確認ですが以前ユタと一緒に倒したはずの悪魔が復活したという情報も入っています。現状は様子見で膠着(こうちゃく)しているようですが、


 争いの火薬庫状態である以上、このままではかなりの確率で聖都内外問わず戦争が起こります。


 ――そして、リリィの立場とその力は火そのものなのです」


 ぱちり、と焚き火がはぜ火の粉が飛んだ。

 フィズの話に驚くことはなかった。

 十分に予測できる範疇(はんちゅう)であったし、知ろうと思えば左眼を使っていつでも知れたことだ。

 しかしリリィは考えることを避けていたと気付いた。


 「……結局、私も逃げていたってことね」


 自嘲するリリィにフィズは考えられる選択を示す。


 「状況は複雑化していますが、まず決めるべきことはシンプルです。つまり、聖都に戻り世界の終末と戦うか、聖都には戻らず独自に解決方を探すか、それとも全てを諦めてこのまま静観するかの三択です」


 ただし、どの選択を選ぼうと正解なんてものはないでしょう。と、フィズは険しい表情をしながら言った。


 「ありがとう、フィズ。嫌な役をさせちゃった、ごめん。やりたいこと、やるべきこと、やれること。一度に溢れすぎて破裂しかけてたみたい。――うん、全部混ぜこぜに考えても決まるわけないよね。よーし、一つずつ検討していこっか」


 リリィが(つと)めて明るく振舞(ふるま)おうとしていることに、フィズは気付いていたが、そこを悟られないよう、しかし少しだけ口元を微笑ませ、どうしますか。と彼女の考えを尋ねた。


 「まず静観するかについてね、これは却下。フィズと会ってわかった。――どれほど絶望的でも、やっぱりこのままじっとなんてしていられない」


 強い決意が必要な言葉だろうに、あっさりと言い切ったリリィを見つめ、フィズは静かに続きを聞き入る。


 「――それで、聖都に戻るかどうかだけど、その前に考えなきゃいけないのは、本当に世界の終わりを止められないのか、ってこと。今私が持つ神の眼の力は、それが不可能であると語っている。これが今この世界で持てる最大の力であるなら、やっぱり終末を防げないことになる。でも、思い出した、というか、なんで今まで気付かなかったのか不思議なんだけど。


 私、あいつの左眼しか継承していないの。


 だからもしも、もう半分の『英雄の右眼』のほうも見つけられたなら、あるいは世界を救えるかもしれない。可能性は限りなく低いと思う。でも、やらなくちゃ――違う、そうしたいんだ」


 リリィを見つめていたフィズの瞳がわずかに揺れる。

 それが不安からくるのか、悲しみからくるのか、それともまったく別の理由か、リリィには判断できなかった。

 そして今まで焚き火の周りをうろついたり、話している二人の顔を薄笑いで覗き込んでいたネモは、リリィの言葉に反応した。


「はっはっはっ、ようやく決心がついたか。重畳、重畳。――だが一度『半分は』経験したんだからわかってるよなぁ? 神の力を求めることがどういうことか。神と同化することがどういうことか。君はこれから、ユタと同じになるんだ。あれだけ恨んだ、あれだけ憎んだ英雄と同じ存在を目指すんだ。ハハッ、面白くなってきたぜぇ。し、か、も、すでに気付いてると思うけど、もし『神の右眼』を君が見つける前に、他の誰かが『あれ』を見つけたらどうなると思う? なぁ? ワクワクしてこないかぁ? 」


 興奮し、二人の周囲をニタニタ(わら)(いなな)きながら歩き回るネモを、フィズは視ることができない。

 リリィは怒鳴りつけたくなる衝動を必死に抑えていると、フィズが遠慮がちに口を開いた。

 そしてリリィの言い分は理解したが、あてがあるのか尋ねた。

 リリィはネモのことを頭から追いやり、気が散らないよう集中して考えながら答える。


 「探す方法がないわけじゃない。ただ確証がもてないから、一人で探すのは効率が悪いと思う。時間も限られているし。でも聖都に帰るのもリスクがあるわけでしょう? なにかいい案はないかな」


 リリィと一緒に頭をかかえるフィズは、はっと思い出したようにリリィに聞いた。


 「そういえば、この世界が終わるまで、具体的にどれくらいの猶予(ゆうよ)があるんでしょう」


 リリィはバツ悪そうに答える。


 「正直に言うと全然わからない。不安定過ぎて今この瞬間に終わってもおかしくない状況なの。ただこれはさっき悪魔を倒したときに気付いて考えた私の推測だけど、私の左眼の力はだんだんと弱く薄れていっているの。なにもしていなくてもほんの少しずつね」


 彼女は自分の手の平にぼんやりと目をやり、握ったり開いたり繰り返す。


 「つまりこの力を使い切ったときこそ、本当の終わりなのかもしれない。

 でもね、そういうのって考えても仕方ないことなんじゃないかって、今思った。

 世界がいつ終わるかなんて、本来わかりようがないじゃない? だからさ――


 ――この世界が永遠に続くように信じて、今この瞬間世界が終わっても後悔しないように、やれることを一つずつやっていこうと思うんだ」


 そこでリリィは一度言葉を切る。

 フィズは微笑みながら、リリィらしいね。と頷いた。


 薪木(たきぎ)の燃える音だけが響く中、先にふっ、と吹き出したのは、どちらのほうだったか。

 篝火(かがりび)は二人を照らす。

 揺れる火影(ほかげ)が笑いあうその表情を浮かび上がらせた。

 運命への反抗も、苦難への覚悟も、悲劇への不安も、互いの共感や疑心さえも、二人の視線上にあらゆる感情が交錯している。


 それでもなにが一番二人の心を動かし結び付けたか決めるならば、それは幸せへの渇望(かつぼう)だった。




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