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四十九話:その無意味の先へ






 転移魔法については人類側でもDSSを中心に研究が続けられていた。

 リリィが視た悪魔の魔法陣を手掛かりに、オルサの助手——と言うと本人は「アタシは助手でも部下でもねぇ! 」と怒るが——スマホモドキのハードを作った魔具作りに長けた黒髪ロングの魔法使い、テルミンによって悪魔と遜色(そんしょく)のない転送が可能になりつつあった。

 転移魔法は魔法陣を描く支持体と塗料が重要らしく、魔具に詳しいテルミンのほうがオルサより適任ということだった。

 リリィにとっても、これ以上オルサの負担を増やしたくない思いもあり、その技術を身に付けていた。

 それゆえにラティウム作戦でリリィは転移魔法を使えたわけである。


 魔王との決戦の日、リリィは転移魔法にちょっとした細工を入れた。


 そうして転送先の座標をメッセージでサニーに送ると、リリィは自分も転移魔法で移動した。



 二人がたどり着いたのは、大ティダス帝国首都ソルコンシドだった。

 しかしそこに人影はなく、日は高く無人の街が静かに聖女と魔王を迎えた。

 リリィとサニーは、ソルコンシドの広場で向かい合う。


 「——考えたね。


 聖都にしては座標に違和感があると思ったけど、過去の仮想空間とは。

 ボクはまんまと白いウサギを追って穴に落ちてしまったようだ」


 サニーが感心した様子で口を開く。


 「以前、記憶のなかの虚構に囚われた経験があるの。


 ここなら誰も邪魔できないし、全力を出しても現実の街には被害が出ない。

 私が持ってる金の鍵がないとこの空間から出られないよ」


 ドミナ教皇に掛けられた魔法を、リリィは視て覚えていた。

 これはその応用であり、彼女はサニーが真っ当に一対一で挑んでくるなんて甘く考えていなかった。


 サニーは少し目を細めて悔しげな表情を見せたが、すぐに余裕を持った笑みを口元に浮かべた。


 「全く、用心深いね。

 それで正解だけど、これで本当に後戻りできなくなった」


 「もともと進退(きわ)まっているでしょう? 


 お茶会の時間はもうすぐそこなんだから、お互いに」


 ふっ、と彼女達は吹き出した。


 広場の噴水は絶え間なく流れ、飛沫がポツリと地面に落ちて染み込んでいった。


 サニーは両腕で自分の体を抱きしめるように組み、周囲のマナを取り込みながら変異していく、美しかった赤い髪や整った容姿、ユタの好みを反映していたであろう体型が、視る視る化けていく。


 前回戦ったときより、(はる)かに人型を捨てたその姿は、もはや鬼か竜か、リリィは先代魔王を想起していた。


 翼を広げ飛び上がり、二本角と獅子染みた顔に伸縮自在な爪と鷲の様な下半身、二股の蜥蜴(とかげ)に似た尻尾を空中で誇示する赤い魔王に、英雄を魅了していた少女の面影はなかった。


 「さぁ、英雄よ。

 神の予言(プロット)を破られる覚悟はできたかい? 


 悪魔は必ず勝って魅せる」


 魔王の声は、全ての生命を(おびや)かし震わせる凄みを持っていたが、リリィはそれがなにより痛々しく思えてならなかった。


 「神そのものでなく代理で申し訳ないけど、それでも私だって負けるわけにはいかないの。


 私には私の物語を終わらせる方法がちゃんと視えたから」


 そう言ってリリィは魔王を希望通り、両眼を覆っていた黒い布帯を解いた。







 その瞬間、『私』はこの空間に魔王の他にも気配があることに気付いた。


 「——悪魔ってやつは、全く」


 外した黒い眼帯を手に巻きながら私が呟くと、魔王はチェシャ猫の様にニヤリと(わら)い。

 その手からなにか紅白のカプセル状の物体を複数ばら撒いた。


 カプセルは落ちて割れると、地面に黒い泥の染みが広がった。


 「まさか——」


 私の嫌な予感は当たった。

 黒い染みから、真っ黒に汚染された悪魔が這い出てくる。


 悪魔は黒涙の泥すら利用しようとしているのか。


 実用化するまで、どれだけの同類を実験台にしたのか、想像するだけで身の毛がよだつ。


 だけど、それすら今の私には通用しない。


 「森のキノコの上で出会った芋虫は、視点を変えて自分を大きく視せる方法を教えてどこかへ消えてしまった」


 現れた十頭あまりの(ねずみ)と鳥を合わせたような悪魔は、一斉に跳びかかったが、それを私は右足を回し頭の上まで振り上げ地面に叩きつけ震脚すると、その衝撃は大地を砕き、凄まじい勢いで噴出した土砂が襲いかかる悪魔達を粉砕した。


 巻き上がった砂埃の向こうから、三十を越える赤い魔法陣が私を包囲するように展開されていくのが視えた。

 魔法陣は赤い閃光を放つ。

 その一つ一つが、前回サニーが放った魔法の威力を上回っている。


 私は手を眼にかざした。


 閃光は狂いなく全弾直撃し、大きく赤い魔砲炎が連続して()ぜ散ったが、私には傷一つなかった。

 自慢の玉の肌は健在である。

 あ、腕にちょっとシミがあった。


 ——そう言えば私はもう二十歳(はたち)を過ぎてたんだった。

 十代でDSSを立ち上げてから、忙し過ぎて自分の年齢を忘れそうになっているのはマズイと思う。


 炸裂が過ぎ去ると、私は煙る向こう側のサニーに文句を言った。


 「眩し過ぎる。

 サニー、これじゃあもしも映像化されたとき、画面を暗く修正されちゃうよ」


 黒煙昇る灰燼(かいじん)に帰した広場の先、魔王は口を曲げて答える。


 「キミがなにを言っているのか全然わからないけど、その心配は万が一にも全く要らないことだけは理解できるよ」


 そう言って魔王はソルコンシドの都市に紛れて隠れる。


 私は手をヒラヒラと振って周囲の煙を扇ぎ飛ばす。


 神の眼を持ってしてもサニーの居場所が視えない、思考も読めない。

 可能性があるとすれば黒涙の泥でカモフラージュしていることだ。

 あれは神の力すら無効化するという意味では私の天敵ではある。

 でもそれは悪魔にとっても自滅を意味するリスクが高すぎる選択のはずだ。


 私は広場を出て街の大通りを進む。


 通りの両側の建物の窓から、泥に汚染された牛の頭と海亀の甲羅を持った悪魔が赤い眼を爛々(らんらん)と光らせ跳びだしてきた。


 振り下ろされる斧や槍をバク転して(かわ)し、私はそばに置いてあったカフェテラスの椅子を持ち上げ悪魔に投げ飛ばした。

 椅子は空気の壁にぶち当たって砕けながらも、風圧の衝撃波とともにその木片が悪魔を一掃した。


 「あ、しまった。

 椅子とテーブルがあるならカンフーアクションできるじゃん」


 槍とか斧とか椅子で受けてテーブルの上を滑ってキックとかすればよかった。


 私が悔しがっていると、背後から魔王が爪を振りかぶっていることに気付き、とっさに丸いテーブルに手をつき跳び越えて回避した。

 テーブルはそのまま倒れ私はその影に隠れてサニーに話しかけた。


 「流石サニー、需要をよくわかってるー。

 気配を消して私の視線から逃れても、自分の影で奇襲がバレるドジっぷりに視聴者はメロメロだよ」


 「リリィ! 

 遊びでやってんじゃないんだよ! 」


 魔王はそう言いながら黒いマントを投げ捨て左脚でテーブルを蹴り飛ばす。

 おそらくあのマントで体を隠し私の視界から逃れていたのだろう。

 あれも黒涙の応用か。


 私は砕けた木片を気にせず、続けて尻尾で足払いしてくる魔王を跳び箱の要領で乗り越えた。

 魔王は振り返りながら爪を振り回したが、私はその大爪を指で摘んで止めた。

 魔王がどれほど力を込めようと、それはピクリとも動かない。

 私の力はサニーを完全に圧倒している。

 それがとても悲しい。


 「そう。

 これは私達にとっては全く遊びじゃない。

 自分の存在意義を問う戦いだよ。

 でも楽しんじゃいけないなんて規則もない。

 私はいつだって本気で生きている。

 覚悟なんてとうに済ませているんだから。


 というか、肩透かしだよ。

 あなたの覚悟はこんなもの? 

 どの道、このままじゃサニーは絶対に勝てない」


 私は、どうにか掴まれた手から逃れようと食い縛り(うめ)いていたサニーの胸を軽く突く、それだけで魔王は大通りの端から端まで吹き飛び、転がり倒れた。


 「今の一撃、力を込めていればサニーは死んでいたよ。


 もうやめようか。

 別にそれでも会談で私の態度が変わることはないから」


 私は立ち上がろうと(もが)くサニーに歩みよっていく。


 サニーは、力が入らない様子で倒れたまま荒く呼吸している。

 私は距離を無視して一瞬でサニーのもとに到着する。


 「カラスと書き物机が似ているのはなぜだ? 」


 息も()()えにサニーは問うた。


 「夢はもう終わりだよ。

 あとに待つのはどうしようもない現実だけ」


 私はそう答えて立ち上がらせようと手を差し伸べたとき、魔王は呟いた。


 「意味なんてないんだよ」


 魔王は私の手を引き互いの顔が触れそうなほど近づけると、反対の手に持っていたカプセルを眼前で割った。






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