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四十八話:約束の刻






 「やぁ、ボクだよ。久しぶり——」


 サニーは明るい声で挨拶した。


 「ボクボク詐欺ですか、通報しますね」


 リリィは通話を切ろうとする。


 「おい待て、待ってリリィ! 

 大丈夫だから、この会話はどこにも漏れないから! 」


 必死に引き留める魔王に仕方なくリリィは付き合う。


 「サニー。

 いつの間に私の番号を知ったの? 」


 リリィが聞くと、サニーはちょっと自慢げに答えた。


 「悪魔の魔法技術進歩の早さを見くびらないで欲しいな。


 リリィがくれたスマホモドキの技術は完全にコピーしたし、その応用も始まっている。

 こっちは位置さえわかればそこのスマホに直接連絡できるんだよ」


 それはつまり宮殿の皇帝執務室の位置まで悪魔に知られてしまっていることを意味する。

 リリィは冷や汗をかきながら、要件を尋ねた。


 「ふふ。この会話は非公式かつ非公開だからね。

 今度正式に会談する前に個人的にお祝いを言おうと思っただけさ。


 おめでとう、リリィ。

 間違いなく歴史に名を残す皇帝の誕生だ。

 これでキミは名実ともに英雄と等価になったわけだね」


 サニーは心底嬉しそうに祝辞を述べた。

 リリィは複雑な感情を抱えながら応える。


 「わざわざ秘匿通話使ってまで祝ってくれるなんて。

 どうもありがとう、サニー。


 それで、今回はプライベートな話をしたいわけじゃないんでしょう? 」


 サニーはカラカラと笑う。


 「本当にリリィはすぐ自分を押し殺してしまうね。


 ボクは他愛ない会話も重要だと思うよ。

 特に統率者同士の間ではね。


 相手の性格こそ外交においてまず知るべきことだよ」


 リリィは困ったような表情をしながら喋った。


 「それは同意するけど、サニーと話すと愚痴ばっかり出そうで嫌なの」


 「ふふ。それは光栄だね。

 それだけボクに心を開いてくれているのだから。


 今日は朝ごはんを食べたのかい? 

 いつか機会があればキミに悪魔のファストフードを紹介したいよ」


 リリィは呆れながらもその情報収集力に舌をまく。


 「私がジャンクフードばかり食べているみたいに言わないで。

 好きだけど。そこそこ、食べるけど。


 でもそっちの食べ物ってよくわからないから、まさか人肉使ってないよね」


 サニーは苦笑いしたような声で答えた。


 「そんなわけないだろ。多分。


 いや、大丈夫だから。

 まぁ人間の料理からすると、多少見た目は悪いかもしれないけど——」


 「味は保証する? 」


 リリィがサニーの言葉を先読みしハモる。

 魔王はちょっと()ねたように(うな)った。


 「むぅ。


 そうだ。

 会談のあとはリリィの好物を並べて食事でもしよう。

 ボクは人間の料理が大好きなんだ。

 忙しくてもそれくらいの時間はとれるだろう? 」


 リリィは気軽に了承した。


 「うん、構わないよ。

 ジャンクフードでなくて、格別な宮廷料理をご馳走するよ。


 その時までには私達の関係も方針が固められているだろうし、ね? 」


 二人の間の空気が変わる。

 先に魔王が口を開いた。


 「そうだね。


 ボクは今度の会談で、魔王としての進退が決定的に(さだま)る。

 その理由はわかるよね」


 リリィは慎重に答える。


 「あなたはユタが英雄であるときのみ、その価値を認められていたから。


 皇帝選挙で私が悪魔に対し、排斥意見を否定しなかったから。


 これからの人と悪魔の関係を、はっきりとさせなければならない」


 魔王は肯定した。


 「その通り。


 正直、選挙でキミが過激な発言をする度にヒヤヒヤさせられたよ。

 本当にこれで選ばれるのかって。

 リリィには先見性のある優秀なブレインがいるみたいだね。


 もしもキミが皇帝にならなければ、すでにボクは魔王でなく、獄中で死んでいただろう。

 あらためてお礼を言うよ、ありがとう」


 リリィはため息を吐いた。


 「だから複雑なんだよねー。


 一応確認しとくけど、選挙中に私は悪魔を滅せなんて一言も言ってないからね」


 サニーも釣られて深く息を吐く。


 「それはわかってる。

 どこでも発言を過剰に歪曲するやつはいるし、婉曲な表現の行間を読み取れない識者ばかりということだね」


 サニーはそこで一間おいて、その本題を切り出した。


 「ところで、ボク個人として魔王であるうちにやっておきたいことがあるんだよ。


 ただの我儘(わがまま)なのは理解しているし、断っても構わない。

 断っても会談にはなにも影響しない。


 だけど聞いて欲しい。


 もしかしたらボクの願いは人と悪魔の関係を簡潔に決めてしまうのかもしれない。


 リリィ、それでもボクの挑戦を受け取ってくれないかい? 」


 サニーは子供が誕生日のプレゼントをねだるような気軽さと切実さを合わせた声で言った。


 それは以前リリィの邸宅で交わした会話の続きだ。


 悪魔と英雄の運命。


 リリィが『神の力』を完全に継承し、人類の代表者になった以上、それは避けられない。

 悪魔側は予言を防ぐために動かざるを得ない。

 例えリリィ自身にそのつもりがなかろうと、『神の力』それ自体の存在が問題なのだ。


 サニーはやろうと思えば奇襲だってできたはずだ。

 宮殿の内部構造まで知られてしまっているのだから。

 そうしなかったのは全面戦争を回避したいからだけでなく、少しずつ、リリィの想いが届き始めているからだろう。


 リリィはいつかと同じように答える。


 「——言ったでしょう? 


 満足するまでかかってくればいい。


 それでも人は、絶対に(くじ)けない。って」


 リリィがそう言うと、サニーは小さく、ありがとう。と応えた。



 とはいえ、お互い気軽に会って決闘などできる立場では全くない。

 前回の戦いとてサニーが一方的にリリィの家に進入したわけだし、今度は宮殿に忍び込むわけにもいかない。


 なのであらかじめ場所と時間を決めて、そこで落ち合うことにした。

 時間はサニーが指定し、場所はリリィが決めることになった。


 決戦は明日の休日正午、場所はリリィが指定した座標に転送する魔法陣を使うことにした。





 これが二人の最後の戦いになる。

 それはお互いによくわかっていた。


 共通する願いは、こんな争いはこれで終わって欲しいということ。

 背負ってしまった運命をここで断ち切るために。


 しかし望みと裏腹に彼女達の心は高揚(こうよう)していた。

 (はた)から見れば無価値な形骸化したその宿命こそ、二人がこの世界で課せられた存在理由であったからだ。


 押し付けられた善と悪(ロールプレイ)がぶつかるとき、この世界の矛盾に答えを出さなければならない。

 やっとこの物語を続けた意味を知るときが来た。


 消えた英雄は、視ているだろうか。

 例えそこに意図が無くても、彼女達が懸命に生きている姿を。






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