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四十五話:冥海の底から





 けどちょっと困ったな。

 地上に帰ろうにも全方位真っ黒な悪魔に囲まれて方向感覚がわからない。


 フィズに啖呵(たんか)をきってしまった手前、なんとなく聞き難い。


 「……リリィ、方角がわからなくなっていますね? 」


 バレていた。

 私は咳払いして気を取りなおす。


 「んん、大丈夫! 


 とりあえずどっか突撃してまずこの黒涙の大渦から出ればいいんだよ。

 地上の方向はそれから考える」


 すごい、不死鳥になってもフィズが冷めた眼で視てくるのがわかる。


 「フィズは頭で考え過ぎなの! 


 壁が眼の前にあったらまず殴る。

 時間ないんだしいちいちドアノブだの鍵だの探してる場合じゃないの! 」


 不死鳥はため息を吐いて、頷いた。


 「仕方ない人です。

 いいですよ、付き合います」


 「じゃ行きましょ。

 うーん、こっちかな? 」


 なんとなく上っぽい方向を指差す。

 根拠はない。

 どこ視ても真っ黒で違いなんてないもの。


 「えぇ……。

 これでどうやって今まで世界を維持していたんでしょうこの人」


 フィズがなにか言っているが、時間がないので答えず彼女を引っ張り真っ黒い壁に突撃する。


 壁、とは言ってもそれは黒い泥に侵食された悪魔の群れだ。

 近づけば一斉に私達を攻撃してくる。

 その数二万。


 ああもう、そんな数に意味はないってわからないかな。


 「フィズ、くるよ。

 私達の力を魅せてやる! 

 タイミングを合わせて! 」


 フィズは慌てて応える。


 「いきなりぶっつけ本番ですか⁉︎ 

 やりますけど! 


 『神の力』を合わせるなんて、大丈夫なんですか⁉︎ 」


 私はなんだか無性に楽しかった。

 ようやく昔一緒に冒険したころの二人に戻れた気がしたから。


 「へいきへいき。


 けどここはお約束でいきたいし、うん。

 蹴りだね。それ以外の選択はない」


 「なんの話ですか! 

 知ってますけど、ここで散々いろんな異世界を視ていましたから! 」


 やっぱりそうか。

 うへへ、これでまた死ぬまでにやってみたかったことを一つ達成できる。

 フィズの呆れ顔も、とても懐かしい。

 私も気合い入れてなきゃ、こういうのは中途半端が一番恥ずかしい。


 「フィズ、アレを使うわ」


 「正直、この知識を使う日がくるとは思わなかったです。


 いいですよ、いえ、よくってよ! 」


 「フィズもなんだかんだ乗ってるじゃん。行くよ! 」


 私は喉が潰れるほど力の限り叫んだ。

 もう気分的には宇宙全域に届けるくらいの声量で。

 世界の理不尽なんて吹き飛んでしまえばいいって。

 例え悪魔が億を越えようと、そんなものは障害にもならない。

 だって後ろでフィズが支えてくれている。

 『神の眼』が(そろ)った私達を、ただのチート持ちと思わないでよね。


 脚の消失したフィズが私を抱えたまま羽ばたき、錐揉(きりも)み回転をしながら加速して私が全力で蹴りを繰り出した。


 「ウルトラ! 」


 「フェニックス! 」


 「キィィィック‼︎ 」


 それは百を超え千を超え万を超えて、億の悪魔の壁をぶち破り、黒涙の渦を抜けて海底まで到達した。

 私は海底の砂に両足がずっぽりと(はま)ったまま、満足げに腕を組んで仁王立ちした。


 「——って、全く逆方向じゃないですか! 


 どうするんですか、このあと! 」


 踏み踏みと、海底の砂の感触を楽しんでいた私にフィズがツッコミをいれた。

 あー、これだ。

 ようやく()れものに触るような私達の気不味(きまず)い空気が吹っ飛んだ。


 黒い渦を出たことで、周りはわずかな光で照らされるようになった。

 海底の暗さでも『神の眼』があればこの光量で十分だ。

 視上げれば残った悪魔達が私達を追って来ている。


 「フィズは本当に潔癖性の完璧主義者だよね。


 私達が揃えば、それはユタの力の再臨を意味する。

 ううん、それ以上のことだって、私達ならできるんだよ」


 「それは、そうかもしれませんけど。

 でもまだどっちが地上かわかりません。


 もう一度反対側まで貫くとなれば、黒涙による影響が——」


 私は指でフィズの口、というか(くちばし)を押さえて黙らせた。


 視線は上の悪魔達に向いている。

 私はそのなかに、さっき視かけた悪魔がいることに気付いた。


 頭だけになった毒蛇は、それでも美しい竪琴の音を奏で、(うじ)()いた骸骨は、雷を散らして、私達に何かを伝えようとしている。


 私にはそう思えた。


 「——そっか。そうだよね。


 置いてけぼりなんて、嫌だもんね。

 忘れられたくなんてないもの」


 私の呟きに、フィズは全部察したようだった。


 「違うか。

 私がなにより、忘れたくないんだ」


 私がそう続けると、フィズは悲しげに笑った。

 そんな彼女になにを言うべきなのか、私は探している。

 でも本当に伝えたいことは言葉にならないんだ。

 想いは(つの)って、喉まで出かかっているのに、私が口にするのは場当たり的な対処だけ。


 「彼女達が教えてくれたよ。地上への道を。


 道がわかれば、あとは進むだけ。


 さぁ、『神の力』が揃ってるんだから、それっぽくいこうよ」


 フィズは、少し沈黙してから、忠告した。


 「走り出したら、もう振り向いちゃダメですよ? 」


 「わかってる。

 でも、みんなを置いていったりもしない。


 私は私の進んだ道をなかったことにしない。

 握った手は離さない。

 信じて」


 フィズが頷くのを確認して、私は大鎌を杖のように掲げてから、海底に突き刺した。



 すると、海が縦に割れていき地上へと続く道が現れていく。

 その圧倒的な水の物量が動き、海が引いていく様子は、黒涙の生み出す複雑な渦より単純爽快で、私は視ていてとても気持ちがよかった。


 「神様の力なんだから、海の一つは割って道ぐらい創らないとね」


 割れた海の壁の間から、太陽の光が射し込んだ。

 どうやら天気も晴れたらしい。


 地上へ昇る道を視ていた私の手を、後ろから女の子の小さな手が握った。


 「わたしは結局、なにも成せなかったんですね。

 リリィ、あとは頼みます。それと、ごめんなさい」


 背後にいるフィズはそう言った。

 ああ、これが最期の会話になる。

 私は何を言えばいい。

 たくさんあり過ぎて、もっともっとフィズと話したかった。

 それが悔しくてしょうがない。

 でも今伝えることがあるとするなら、いったい何を伝えたいんだ。

 私はありったけの想いを込めてフィズに告げる。


 「バカ。ドジッ子。それでもフィズは私の親友なの。

 だから絶対に忘れない。それと、ありがとう」


 私は一歩足を踏み出す。

 フィズの手を握りしめたまま。

 そしてまた一歩、少しずつ、速度を上げて。


 走り始めると、背後の海の壁から悪魔が這い出る気配がして、壁が崩れていく。

 それは濁流となり、悪魔達を乗せていつかを思わせる黒い大波になって私を追いかける。


 それでもフィズの手は離さなかった。






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