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四十三話:光芒




 異世界転移。

 フィズのその言葉に、私は自分の耳を疑った。


 「フィズ。

 それは無理だよ。


 『神の力』はこの世界の内だけの権限だもの。


 外の(ことわり)には通用しない」


 フィズは、くすり、と笑った。

 その人を嘲笑(あざわら)うような声に、昔とは別人のように感じて、私は戸惑(とまど)った。


 『できますよ。

 この黒涙は『外の世界』からの干渉ですから。


 『右眼』の時空間操作と合わせれば、いくらだって異世界を渡り歩ける。


 実際わたしは今、異世界にいます。


 でも—–』


 そこで彼女の声は暗くなった。


 『それでもまだ、わたしが望む世界を視つけられません。


 —–わたしは、ただ、ユタに会いたいだけなのに』


 私は、どう答えたらいいのかわからなかった。

 それでも、気付けば私の口は正直な思いを吐き出していた。


 「フィズ。

 もうユタは帰ってこないよ。


 どんなに時間を操ろうと、他の世界を探そうと、彼はもういない」


 フィズは私の言葉を否定して絶叫した。


 『そんなことありません! 

 世界は星の数だけ無数に存在するんです! 

 ちょっとユタは他の世界に転移してしまっただけなんです! 

 ユタがわたしを見捨てるわけないんです! 


 どうしてリリィがそんなことを言うんですか! 

 リリィは彼に選ばれたのに! 

 わたしじゃなくて、リリィを選んだのに! 


 どうして! 

 どうしてユタはわたしを選んでくれなかったんですか……』


 その慟哭(どうこく)を私はよく知っている。

 そして彼女と自分が(とら)われている幻想にも気付いた。

 結局、それは『神の視点』で世界を視てしまうものが(おちい)傲慢(ごうまん)さでしかない。

 だから、そっとフィズに語りかける。


 「フィズ。

 私達が望む異世界なんて、どこにもない。

 どんなに不条理でも、私達にはこの世界しかない。


 やっとわかったんだ。

 ユタもフィズも異世界転移なんてしていない。

 例え視えて触れられて匂いを嗅げて味を感じても、それは幻想(ファンタジー)なんだよ。


 私は異世界の存在自体を否定しているわけでもない。

 もしかしたら、って希望を持ってしまう気持ちは痛いほどわかるし、やっぱり理想の世界を想像するのは楽しい。

 それは過去の思い出に(ひた)るようなもので、私もユタと一緒に冒険をした時間だけは、ずっと輝いたままだった。

 過去がどうやっても消えないように、あるいは本当に別の世界はあるのかもしれない。


 ただフィズが産まれた、今足元にあるこの世界は、どうしようもなく一つだけなんだよ。


 でもそれは、決して幸せになれないことを意味するわけじゃない。

 頑張って報われなくても、どんなに理不尽だって、完璧じゃなくても、一歩ずつ進み続ければ好きになっていけるって、私は気付いたんだ。


 だから、早くこっちに帰ってきて。

 私の背中を押してくれたあなたを、この世界から無かったことになんてさせない。

 いいえ、私が無理にでも連れ戻すから、そこで待ってなさい」


 フィズは私の宣言に、焦り声で喋った。


 『馬鹿なこと言わないでください! 

 完璧じゃない世界に価値はありません! 

 ユタがいない世界に意味なんてない! 

 誰も視てくれない世界なんて無いのと同じじゃないですか! 

 わたしはもう別の世界の住人です! 

 もう戻れないんです! 


 それにわたしは黒涙と同化しているんですよ! 

 オリジナルのスマホも機械自体はすでに消失し、そこにあるのはわたしの残骸と力だけです! 

 そんな中に飛び込めばリリィの残りの『左眼の力』を使い果たして世界が終わってしまいます! 


 ダメです! 来ないで! 』


 時間が止まったように動かない世界を、船の先端に向かって歩いていく。

 私は自然と口角が上がって苦笑い混じりに答えた。


 「本当に異世界転移したなら、この世界が終わってもなにも問題ないでしょう? 

 もしくは『右眼』の力で時間を巻き戻して選択をやり直せばいい。

 過去の解釈を延々と(ひね)って、ちょっとはマシに()せて視れば? 


 でもそんなのはもう必要ない。


 それは時間を操っているように視せる『機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)』だよ。

 私の『左眼(チート)』となにも変わらない。


 チートなんて、ただの虚仮威(こけおど)しだ。

 ちょっと視点を(いじ)って、あるはずのない虚像を映したり、自分を実際以上に大きく視せたり、都合の悪いことを視界から外して無かったように視せているだけなんだ。


 世界は勝手に進んでいって、追いつくには自分で歩くしかない。

 それが望んだ結果にならなかったからって、過去がなくなったりもしない。


 世界は、終わらない」


 『待って——』


 「待たない。

 とっくに私の決断は終わっているもの。

 世界は、待ってなんてくれないんだから」


 私はスマホの通話を切った。


 その瞬間、止まっていた世界が動き出した。

 帆船は真っ二つに割れて沈み始め。


 私は黒い(うず)の中に飛び込んでいった。






 暗い暗い、真っ黒でなにも視えない闇のなかで独り、私は浮かんでいる。


 自分の体すら視えない漆黒(しっこく)では、手を伸ばそうが、足をバタつかせようが、そこに違いなどない。


 誰からも存在を認識されず。

 なにも感じられない。

 記憶も感情も論理も歴史も世界は意味を無くし。

 時空間の概念すらない虚無。


 そうか、消失とはそういうことなのか。


 (まぶた)を開けようが閉じようが視えるものは変わらず、自分の体も精神も含め全ての事象は霧散し平坦に(なら)されれる。

 世界と溶け合い一つになって、実存の外へと視えない影になって広がる。

 それはある種の魅力的な胎内回帰の想像だ。


 でも違う。

 この場にはあらゆるモノ(・・)の根源が揺らいでいる。

 それが粒なのか紐なのか膜なのかはどうでもいい。


 本当はただのホログラムに映った虚像だったとか、もうたくさんだ。


 消失なんて起きていない。

 そんなことは想定できない。


 だって今ここにいる『私』が言葉を(つづ)っている。


 体が無くなろうが世界が消えようが、それはただの一つの視点に過ぎない。

 私の息が続く限り、物語は終わらない。


 だけど私がまだ思考し、存在していることを証明するには、私以外の座標が必要だ。





 ——あなたは、そこにいますか? 





 一つ、思い出したことがある。


 なんのために、この世界を続けようと頑張ったのか。


 諦めて忘れてしまえばいいじゃないか。

 幸せだった記憶も、悲劇に変わってしまえば、思い出すだけでもっと辛くなる。


 それでも、()()けの大仰(おおぎょう)で不誠実な絶対正義(ヒーロー)で包み隠すのではなく。

 なぁなぁで誰の責任か曖昧にして誤魔化(ごまか)すわけでもなく。

 目の前の不幸と寄り添って欲しかったんだ。

 他の誰でもないあなたと共に泣き笑い、ずっと一緒に生涯を歩きたかった。

 もしも私がこのまま黒い海の底に消えてしまえば、誰がその願いを知ることができるのか。


 その手段が(つたな)くて矛盾だらけの欲まみれで、いくら(ぬぐ)っても取れない血に塗れようとも、何より私がこの世界を好きになりたかった。


 私は全力で、無限に広がる闇の中を視渡(みわた)した。


 暗黒の先に、雲の隙間から漏れるような青白いわずかな(あかり)を視つけた。


 ——ああ、これで今私がゆっくりと回転していることがわかった。


 黒涙の渦の中、黒い泥混じりの海流に流され、私はフィズを探している。


 オルサが投げ入れたスマホモドキはまだ消失していない。

 今はそれだけが、唯一残った道しるべ。

 そこにフィズはいるはずだ。


 私は必死に黒い渦潮を掻き分け泳いで、その一筋の光を目指した。





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