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四十二話:交差点で綾は擦れ違い




 しかし、事態はリリィの予想を超えた状況に変化する。


 「現在中継点トラフィックモニタリング中、複数の機器に警報が送られていないことがわかっています」


 「他社粗製の別規格だね。前からそっちも手回して確認できるようにしてあるから、それも(はぶ)いて」


 了解。とメンバーは即応する。

 リリィはそこまでは予測できていた。

 これで全てのスマホモドキで包囲網をつくり、そこから漏れた『オリジナル』を特定する。


 ユタがフィズに渡した異世界の機械、そのオリジナルこそが、リリィの『神の左眼』と対になるもう一つの視点、『英雄の右眼』であり、黒涙感知の観測機だというのが彼女の予想だ。


 そのはずだった。


 「……警報から漏れた機器、それでもなお無数に存在、いえ、それどころかこれは現在のスマホモドキの総数を上回っています! 」


 「そんな! ありえない! 

 現状出回ってるスマホはほぼ掌握してるはず……。

 なによりそんな数があったら通信網がパンクするのに! 」


 混乱するリリィのスマホモドキにストルオから通話が入る。


 「さっき黒涙の警告音のあと、陸上各地でも黒涙前兆の観測値が上がっていくって連絡があったよ。

 警報なしのスマホが多い地域と一致した場所でね。


 それと、これは不確かな情報なんだけど、数値が上がった場所の周辺で、女の子の声が聞こえたらしい。


 『ユタ、どこにいるの? 』


 ってね」


 リリィはなにが起きているか直感した。

 帆船が大きく揺れ、船体が軋みあげる。


 「これ以上は船が保ちません! 」


 操舵者が叫ぶ。


 リリィは唇を噛んで宣言した。


 「作戦終了。

 船上員を海岸に転送します」


 オルサがそれに反応し怒鳴るように問い掛ける。


 「お前はどうする! 

 まさかここに残る気か⁉︎ 」


 リリィは有無を言わさず船の甲板に刻まれた転移魔法陣を起動した。

 それは以前悪魔がホレオラに作ったものを流用したものであった。


 リリィに手を伸ばすオルサも他のDSSメンバーも、船上から消え、ホレオラに戻った。


 彼女はひとり船に残り、黒い渦の穴の先を視つめた。

 そしてマレーに通話をかけた。

 彼はすぐに応じた。


 「おや、魔法通信は秘匿性や確実性に欠けるのでワタシとの通話は基本しないはずでは? 」


 前置きはいいからとリリィは急かして問う。

 前眼にはもう真っ黒い大渦しか視えない。

 船はバリバリと音を立てて、少しずつ黒い泥に削られていく。


 「マレー、あなた知ってたでしょ。

 以前悪魔とホレオラで作業していたとき、サンプルを回収していたのは、泥の研究のためだけじゃない。


 あれは泥のなかにスマホのオリジナルがないか、その痕跡を探していた。

 そうでしょう? 」


 マレーは沈黙した。

 その後、慎重にリリィにヒントを与えた。


 「悪魔が泥に侵食されると、消失するまで猶予(ゆうよ)があり理性を失い暴走することは知っていますね。

 しかしそれだけでは、被災地で起きた死んだはずの悪魔の復活を説明できません。


 そして、フィデシア・カエクスはそれを予期していました」


 リリィはそこまで聞いて、ありがとう。と礼を言って通話を切った。


 そして、今度は先ほどオルサが黒涙に投げ入れたスマホモドキに通話をかける。

 誰も出るはずのない発信はコール音を繰り返す。


 リリィは鳴り続ける発信音を聞きながら、左眼の眼帯を外した。


 その瞬間、世界が止まった。

 船も渦潮も、風も空も波の水飛沫の一つに至る全てのこの世界の動きはなくなり、静寂に包まれた。




 『私』はそのまま、黒涙に沈んだスマホモドキの向こう側で待つ彼女に語りかけた。


 「久しぶり。ずっと探してたよ。フィズ」


 『リリィ……』


 私はあの日以来の親友の声を聞いた。


 『どうして、わたしがここにいるってわかったんですか? 』


 フィズの声を懐かしみながら、私は答えた。


 「最初は、きっとまだフィズがこの世界に残っていると思ってた。

 事情はわからないけど、どこかに隠れているんだって。

 だから今回の作戦を計画したんだけど。


 だって二度目の黒涙のとき、メッセージを送ってくれたでしょう? 

 マレーが内通者だって、それとなくヒントをくれた」


 私はオルサのメッセージと同時に来ていた内容を思い出す。

 あれは、当時の政治情勢を知っていなければできない助言だった。


 『黒涙現象のときだけ、こちらからその世界に干渉できるんです。


 今のわたしは、黒涙と同化していますから。

 消失を(まぬが)れているのは、魔法による悪魔への変異と『神の右眼』のおかげです』


 やっぱりそうか。

 でも、現状のパズルを埋めるにはもう一つピースが足りない。


 「フィズ。

 もしかして、『右眼』を使って時間移動した? 」


 フィズは、はっとして、観念したように答える。


 『そうです。

 ごめんなさい。リリィ。

 わたし、泉で会ったとき嘘をついていました。

 ほんとは全部わかっていたんです。


 わたしはもう半分の『左眼』を探していました』


 それで泉で会話したときやメッセージの助言に、未来を知ってるかのような情報の正確さがあったのか。

 その時間移動の影響によって、おかしくなった時空の歪みが死んだはずの悪魔を蘇らせたのだろう。

 そして先ほどのオリジナルスマホの多重感知も、おそらく彼女が時間移動した回数分『神の力』の名残りに反応をしてしまったのだ。

 もしそうなら、それは私にとって一つの仮説を想起させた。


 フィズはちょっと申し訳なさそうな声で謝った。


 「確かに世界はややこしくなったけど、なにか理由があるんでしょう? 

 でも、『左眼』が欲しかったなら、そう言ってくれれば良かったのに」


 あのときの私は、まだ覚悟を決めていなかったのだ。

 奪うことも簡単だっただろうし、説得されれば素直に渡しただろう。


 『それは……』


 フィズは言い淀んだが、やがて話し始めた。


 『わたしは、『神の右眼』を使って、何度も世界をやり直しました。


 何度も何度も時間を(さかのぼ)って繰り返して、その度に世界はおかしくなっていった。


 そのなかにはリリィを裏切って『神の力』を奪い取った時間軸もありました。


 でも、結局結末は変わらなかったんです。

 わたしが望んだ未来はどこにもなかった。


 もうわたしは疲れてしまいました。

 だから、リリィの決意を聞いて、この世界のことはリリィに任せて、わたしは新しい世界を目指すことにしました。


 それがこの黒涙現象を使った異世界転移です』





 彼女達はようやく繋がった線の上で言葉を交わしながら、しかしその距離には遠く埋められない溝があるように感じられた。


 時間は絡まり合い、感情の糸は綾取り解けぬ模様を表す。

 それでもいつか語った覚悟は、今も燃えている。

 例えその炎が、自分に火を点けてくれた大切な人との繋がりを焼き切ってしまおうとも。





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