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四十一話:ラティウム作戦





 —–というわけで、結果的に教会はDSSとスマホモドキ普及の後押しをすることになり、リリィはついに計画していた作戦を発動させるため動き出した。


 「で、その作戦ってなんなのよ」


 ネモがDSS所長室でリリィに尋ねる。


 「前に聞かれてお預けしてた。


 『神の右眼』を探す方法だよ」


 ほう。とネモは興味を示す。


 「世界を全部自分で周って探すとか時間かかり過ぎて不可能だからね。


 スマホモドキを使うの。


 ネモは疑問に思わなかった? 

 『太陽の黒涙』が起きた時、二回ともこれは警告を発してた。


 私の『左眼』でも直接視てなきゃわからない予兆を感知したの。


 私の力が(およ)ばない『外からの干渉である黒涙』を、だよ」


 ネモはリリィに続きを(うなが)す。


 「待って、計画は私一人じゃ成り立たない。


 DSSの総力を挙げてやる作戦だからね。

 後でDSSメンバーも交えて概要を説明するよ」



 作戦の前に簡単にDSSメンバーでこれまでの研究成果を確認した。

 前提としてリリィは『神の右眼』が人類共和制圏内にあることを推測していた。

 それは一度サニーに悪魔の領地に拉致されたときにスマホモドキが圏外になったことで察したのだが、とはいえ範囲は膨大である。

 そこでまずリリィはスマホモドキを民衆に持たせ、領地内の魔法通信中継基地の増設を行った。

 当初スマホモドキは『神の力』を感知する能力を持っていると考えられていた。

 そして解析によってスマホモドキが『太陽の黒涙』の警報を鳴らす条件は、全世界を覆っている『神の力』が『黒涙』によって総量を削られたときに作動していることがわかっていた。

 しかしそれはスマホモドキ本体に備わった機能ではなかった。

 あくまでスマホモドキは警報を受信して鳴らすだけであり、前兆の感知は別で行っている。


 リリィはその機能を逆に利用し、DSSメンバーと共に『神の右眼』を探知する方法を考えた。



 数日後、リリィとDSSメンバー数名は、曇天の下ホレオラの海岸にいた。

 この地域の避難勧告は未だ解除されていない。


 「……やっぱり、ここは他と比べると復興が進んでいないんですね」


 リリィは荒れたまま放置されている村にショックを受けた表情で呟くメンバーの肩を叩いて、オルサに話しかけた。


 「どう? 準備はできた? 」


 オルサの顔色はいつも以上に青白く、リリィが声をかけても気付いていないようだった。


 「オルサ? 」


 「—–ん、ああ。

 もちろん万全だ。

 天才である俺に抜かりはない」


 明らかに様子のおかしい彼を、リリィは気遣う。


 「大丈夫? 

 オルサはこの作戦の(かなめ)なんだから、もし体調が悪いなら—–」


 「問題ない。

 それより、他のチームとは連絡をとったのか? 」


 リリィは心配しながらも問いに答える。


 「それはもうやった。

 各領地ごと、みんな配置についたって」


 「では俺たちも目的地に急ごう。

 そら、お前らさっさと荷物まとめて船に乗れ! 」


 オルサは他のメンバーに指示する。


 海岸には簡易的な船橋が作られ、そこには中型の帆船が停泊していた。

 DSSメンバーは指示に従い、その船に乗り込んでいく。


 「さて、それじゃあ行きますか。


 帆を張って! 

 向かうはホレオラ沿岸沖、最初に『太陽の黒涙』が落ちた場所! 

 

 これより、ラティウム作戦を開始します! 」


 リリィの指令に、アイアイマム。とメンバーは応じた。


 満足げに頷くリリィに、誰もツッコム者はいなかった。



 風は穏やかで曇り空を映した灰色の海はさほど波は高くないが、この先の目的地点には、海面に大きな(くぼ)みができていることがわかっている。

 それは『太陽の黒涙』によ消失の影響だった。

 やがて船は、目標に近づくにつれ加速していることに、メンバーの一人が気付いた。

 船上に緊張が走る。


 リリィはDSSメンバーの不安を和らげようと話しかけた。


 「大丈夫。

 この加速は予測されてたでしょう? 


 落下地点の黒い泥による消失はまだ続いてる。

 だからそこに向かって流れが引き込まれているの。


 そろそろ次の段階に入ろうか。


 黒涙計測器、どうなってる? 」


 リリィは特殊仕様の計測器を持ったメンバーに尋ねる。

 それは黒泥を解析し、リリィの『左眼』に対する影響を数値化させたもので、簡易的な黒涙感知機器とも言える。


 「少しずつ観測値が上がっています。


 今はホレオラ海岸のおよそ一.三倍の数値です」


 「了解。

 じゃあ各自、自分のスマホの機器の故障がないかチェックと全体の通信網の状態を確認して」


 それぞれメンバーから報告が上がる。


 「ベアテインスラ中継基地との通信良好、レギラアウラも問題ありません」


 「聖都含め、共和制領域、全地域の魔法通信オンライン」


 「各自の通信機も問題ありません」


 「全ゴイチ製スマホのモニタリング、稼働率七十八パーセント。

 やや平均より高めです」


 リリィは一つ一つチェック項目を確認する。


 「うん、念のため航行中に撒いた簡易中継点も機能してるね」


 リリィは安堵息を吐き、自分のスマホから他のチームへと作戦進捗を送った。

 その後ストルオへ通話をかけた。


 「ストルオ、どう? 

 私の声が聞こえる? 」


 「聞こえるよ。リリィ。

 こっちは問題ない。

 報告メッセージ届いたよ。そっちも大丈夫そうだね」


 通話状態も良くストルオの声はリリィにはっきり聞こえた。


 「ええ、今のところね。

 陸側はなにか反応はあった? 」


 「いや、まだなにも。

 あの伝達魔法を流すタイミングはそっちに任せるよ」


 「了解。

 でもいつ通話不可能になってもおかしくないから、不測の事態に対応できるよう身構えてね」


 ストルオの返事を聞いてリリィは通話を切り、船の前方を見た。


 遠く落下地点では海面に大穴が空いたように窪み、中は真っ黒な泥混じりの海水で渦巻(うずま)き、周囲の海ごと巻き込んで大渦を作っている。

 船はさらに加速して、その巨大な渦潮(うずしお)の流れに乗って黒涙の周囲を周り始めた。

 流れに捕らえられた船はもう引き返せないだろう。

 船上の空気はさらに張り詰めた。


 「作戦を続行。

 計測数値は? 」


 リリィの問いにメンバーが答える。


 「観測値、ホレオラの二倍を越えました」


 リリィは『左眼』が熱くなってくるのを感じていた。

 確実に彼女の『神の力』は削られている。

 それに従って彼女の推測は確信に変わっていく。


 「黒涙に近過ぎます! 

 このままじゃ飲み込まれる! 」


 船を操舵しているメンバーが叫ぶ。


 「もう少し、もう少しだけ近くに! 」


 リリィは船から身をのり出し、渦潮の中心部を視ようとしたが、オルサに引っ張られ説得された。


 「魔導アプリを起動する。

 今がそのタイミングだ。

 いいな」


 リリィは頷いた。


 オルサはスマホモドキを操作し、画面上に魔法陣が浮かぶと、それを渦潮の中心に投げ入れた。

 それは黒涙の警報基準を(いじ)り簡易黒涙感知機器と連動させたスマホであった。


 「続けて警報連動アプリと通信追跡魔法一斉発信! 」


 リリィの指令にメンバーから了解の声が上がる。

 これでゴイチが販売したスマホは全てさっきの改造スマホと警報が同期することになる。

 他の領地チームから受信の報告が入る。


 すると、リリィの持つスマホから、あの時と同じ、鐘のような音が鳴った。

 他のメンバーが持つスマホも同様の反応をしていく。

 鐘の音が輪唱のように響いていった。


 「観測値、改造スマホの予兆感知の規定値を越えました。


 現在世界に流布しているゴイチ製スマホ全ての機器に警報が送られています」


 雲で隠れているが、太陽に変化はないことリリィは眼帯越しに左眼で視て確認した。

 リリィの『左眼の力』が黒涙に近付き削られたことで誤作動した警報が広がっていく。

 ここからが本番。

 リリィは作戦を最終段階に移行する。


 「警報が送られていないスマホを特定して! 」


 「了解。警報通信網と通常通信網を比較、逆探知し、一番近い中継点から位置を特定します」


 船はもう海上にぽっかり空いた闇穴に入り込んでしまっている。

 リリィはドス黒く渦巻く黒涙を睨みながら呟いた。


 「さぁ、隠れんぼは終わりだよ。フィズ」





 世界の存続をかけた作戦が始まった。

 しかしここでいう世界とは、いったいなんのことを指すのだろうか。

 果たしてこの決断は正しかったのか、それを知りたければ世界が多重に存在するとして、それぞれを比較することが方法としてあげられる。


 リリィの持つ『神の左眼』は、ある意味一つの世界と言える。

 ならば世界のもう半分である『神の右眼』を視つけたとき、本当の答えも示されるのだろうか。


 黒涙による大渦の穴は、回答者を待っていた。





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