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三十八話:メサイアコンプレックス





 スマホモドキは、クロマミウムを動力源としたマジックアイテムである。


 そのため、使用すること自体は魔法使いでなくとも可能であり、それこそが世に浸透した理由でもあったが、しかしクロマミウムに貯められるマナは限られている。

 つまり定期的な充填か交換を必要とする。

 そこで産まれたのがクロマミウムを充填交換する職業だが、当然それは魔法使いが(にな)うことになる。

 作業は当初すべてゴイチが請け負っていたが、予測されていた通りそれだけでは全く需要に追いつかないため、独立した魔法使いによる交換屋が乱立した。


 サルボ教会は基本姿勢として魔法使いを快く思っていないため、これに異議を唱えた。


 しかし、リリィやオルサはクロマミウムのマナ充填は僧侶の奇跡でも可能であることを証明して見せた。

 そうして教会の僧侶や神官も同業を始めることになったのだが、ここで人々の間に疑問が生じた。


 ようするに魔法も奇跡も、やっていることは全く同じであり、力の源が同一である以上、それを分ける必要がないのではないか、ということだ。


 奇跡とは、ただ教会が認可し権威付けた魔法に過ぎないことが知れ渡ってしまったのだ。

 ただ、そのこと自体は魔法や奇跡を深く研究していけば知れることではあったので、知識人の間では暗黙の了解ではあった。

 今回はそうした学問に興味のない一般人にも知られてしまったことが問題なのだ。


 世の中は正にそうした権威に反抗する風潮が高まっている時期であり、その矛先が教会へも向けられるようになった。


 別にリリィはそうなるように世論を誘導しようとしたわけでは全くないのだが、その元凶であることは彼女にも否定しきれず、ついに聖都のサルボ教会総本山、プラエピシオ教皇に呼び出されてしまった。





 聖庁礼拝堂の絢爛(けんらん)な天井画や壁画に圧倒されながら案内された教皇の執務室で、リリィはプラエピシオ教皇を拝謁した。


 「こんにちは。フェリクスさん。

 お会いするのは復興会議以来かしら。

 お元気そうでなによりです」


 教皇ドミナ・イス・プラエピシオは、細やかで繊細な金色の刺繍が入った純白の祭服を纏う妙齢の女性であったが、教皇になるほどの人物が見方によっては二十代に思えるほどの若さであるはずがないため、なんらかの奇跡で外見の若さを保っていると推察された。


 リリィは教皇に一礼し挨拶を済ませると、呼び出した用件を尋ねた。


 「あら、ごめんなさいね。

 あなたも忙しい立場ですもの。

 ゆっくりとお喋りするわけにはいかないのですね。


 でもわかってくださるかしら。

 わたくしはあなたの邪魔するつもりはないのです。

 むしろお互いに理解し合い。

 協調できる関係を目指すためにお呼びしたのです」


 そう言って彼女は執務室の机横にかけられていた杖を持ち、緩やかに部屋を歩きながら語った。


 「わたくしがあなたに洗礼を施したときのことを覚えていますか? 

 あなたはユタと共に悪魔と戦い、そしてこの聖都を取り戻してくださった。


 教会が聖女と認定するのに、十分過ぎるほどの奇跡を示したのです」


 それはリリィにとって、もう遠い過去の出来事のように(おぼろ)げな記憶に沈んでいる。


 「今わたくし達は、選択を迫られています。

 伝統を守り、魔法を禁ずるか、それとも世界の進歩に合わせ、教会が変わるべきなのか」


 教皇は部屋に飾られた、磔にされた男の彫像を眺めている。

 それが一体なにを象徴しているのか、リリィは尋ねたい衝動にかられたが、黙って話の続きを聞いた。


 「ひとつ、知っておいて欲しいことがあるのです。


 わたくし達がなぜ、魔法と奇跡を区別するのか」


 教皇は杖の先に付いた人型の装飾を撫でながら話を続ける。


 「わたくし達ヒトは、神の姿に似せて創られました。


 しかし、魔法はその道を突き詰めていけば、神から授かったヒトの形を失ってしまうのです。


 それがなんと呼ばれているか、あなたもよく知っているでしょう? 」


 リリィは疑い深く眉を寄せながら答えた。


 「それが悪魔だというんですか? 


 つまり、もともと奴らは人間だったと? 」


 教皇は頷いた。


 「そんな、ありえない。


 だって、全然姿も形も——」


 リリィは困惑するが、しかし彼女はすでに知っている。

 神の知識に頼らずとも、ヒントはいくらでもあった。


 「あなたは、シリシヴァレスで見たのでしょう? 


 悪魔と人の凋落の証。


 忌むべき子、ネピリムを」


 人と悪魔が共存する町で、リリィはずっとその視線を感じていた。

 アリゲルの言葉を思い出せば、人と悪魔は交配可能であることは明白だ。


 いや、気付いたのはそんな最近のことではない。

 精霊の泉でユニコーンの奴隷をしていたときから、そんな事は察していたのだ。

 生贄にされた巫女がたどる顛末を、彼女は知っている。

 やつらは幼い少女を偶像として祭り上げ奉仕させるだけさせた後、成人を迎える頃に一斉に——


 リリィは連れ去られたばかりのころ先代巫女が受けたその光景を思い出し、吐き気を覚え口を押さえた。


 なにより、魔王サニーの存在が証明している。


 人と悪魔の関係を考え直さなければならないことはわかっていた。

 しかし、やるべきことが積み重なった状態でそれは難しく、リリィは先送りし結論から逃げていた。


 「魔法を使えば悪魔に近づく。


 なら、奇跡はどうなの? 

 結局は同じ力じゃないの? 」


 リリィは渋い表情のまま尋ねた。

 教皇は首を横に振って答える。


 「教会が目指す奇跡とは、神の力の再現です。


 魔法では、どれだけ力を大きくしようとしても、やがて変異に体が耐えられず自壊してしまいます。

 それが悪魔の力の限界です。


 教会は神が祝福して与えたもうた体を捨てるようなことは禁じています。

 わたくし達が認可した奇跡というのは、変異が極めて緩やかであり、日常的に使用しても問題ない魔法なのです。


 しかし例外的に、この世界にはどれほどマナを体に取り込んでも壊れない器が産まれます。



 それが『英雄』と呼ばれる。



 神が与えた形を保ちながらこの世界のすべてのマナを操れる救世主なのです」



 教皇は杖でコツコツと床をつきながら歩いていたが、やがて立ち止まり、リリィと向き合った。

 教皇の背後には、荘厳な絵画が飾られている。

 その大きさはリリィの自宅の応接間よりふた回り以上あり、最高峰の画家の作品であることが素人目にもわかる。


 やはりその絵画には、慈愛に満ちた表情の母親と、光に包まれた赤子が描かれていた。


 リリィは思わず苦笑した。

 本題を語るなら、どうしても避けられないその概念。


 いつまでもどこまでも、時代を越え世界を越え、人に巣食う願望。


 あるいはあの魔王こそ、その超越に一番近い存在なのかもしれない。


 それでもリリィは負けるわけにはいかないのだと、これから始まる本題に身構えた。






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