三十六話:光が強ければ、
リリィは、一度咳払いをして、あらたまってマレーに聞いた。
「それはそうと、今回利用されて巻き込まれたあの子はどうしようか。
確か孤児院から抜け出した子だったんだよね」
マレーは頷く。
「元の孤児院に送り戻すことはできますが、そもそも自分から抜け出したようですから、彼にとってあまり良い場所ではなかったんでしょう」
リリィは躊躇いがちに口を開いた。
「マレーから見て、どう思う? 」
同じ孤児として。とは言わなかった。
マレーはしばらく沈黙して考えていたが、天井を見つめながら語り出した。
「……誰だって、望んだ形で産まれてきたわけじゃありません。
自らを設計できるのは神だけでしょう。
世界は予め決まっていて、そこから外れるなんてできない。
ずっとそう思っていました。
でも、それは違う。
運命は存在しても、そこには常に分岐する選択肢が設けられている。
オレはただそれを見つけられなかっただけなんです。
それをオレはあなたから学んだ。
ただ、ワタシは誰かの創った道を行くのも、一概に否定したくもないのです。
正解を教えてくれるのですから適応さえできれば学びの効率は段違いですし、道を外れることは、それだけで危険が伴います。
それを洗脳と呼ぶ者も多いでしょうが、誰もが自分で試練を乗り越えられるほど強くはない。
自分で決めた道を行けない弱者は淘汰されるべき、というなら、ワタシはそれでも構わないですが。
そうした意識が広がれば、次第にはみだし者はいなくなり世界は運命通り滅ぶでしょう。
実際あの子は自分で決めた道を進みました。
オレにはできなかった選択ですが、その結果こうして悪意に利用されてしまった。
それでも、できるならその決断を応援したい。
その先が行き止まりであったとしても。
これは偽善でしょうか」
リリィは首を振って答えた。
「わからないよ。
だけど時間は待ってはくれない。
『いつだって置いていけるんだぞ』って、私達を急かすんだ。
だからわからなくても進み続ける。
世界が止まらないように」
しばらく沈黙していたところに、部屋の扉が開いてDSS創始時の女子メンバーのひとり深い青髪のキュテラが入ってきた。
「ねぇーあの子ウチで預かってもいい?
さっきから話してたんだけど素直な子だし懐いてくれるし超かわいいの!
っていうかもう、ウチの親に頼んで養子縁組申請することになったからあとよろしくね! 」
そう言ってキュテラは男の子とキャッキャ喋りながら出て行った。
残された二人は顔を見合わせ、肩を竦めた。
翌日、昼間の人通りの多い広場や市場で、人々が何かに足を止めて聞き入る姿が散見された。
そこにはラジオ仕様にカスタマイズされたスマホモドキが、とある会話を喧伝していた。
諜報員としてDSSに捕まったアッフィルモは、いかに自分がノビリタス議員に尽くしてきたか、彼がどれほど優秀な人物であるか、掲げる理想の素晴らしさを語り、そのためにどんなことをしてきたのか洗いざらいぶち撒けていた。
DSSの誘導でアッフィルモは誇らしげに自分の功績を語るのだが、やっていることはどう解釈してもノビリタス議員の言う理想である、平等、平和、悪の根絶、自由や経理の透明化とかけ離れた、横領、贈収賄、悪魔との癒着、粉飾、暗殺と汚職にまみれた実態であったため、ノビリタス議員のネガティブキャンペーンにしかなっていなかった。
聖都の全域にあらかた噂が広まったあと、リリィはアッフィルモを憲兵団の留置所に突き出した。
その際、リリィは守備隊の聖都本部へと呼び出され、フェレウス総将と面会することになった。
守備隊長室に案内され、フェレウスと二人きりになると、彼は備え付けられた豪華な椅子に座るようリリィに促した。
フェレウスも彼女と対面するように座ると、挨拶も早々に眉を寄せながら話を切り出した。
「さて、呼び出された理由はわかってるな。
最近のDSSはやり過ぎだ。
聖都全部を敵に回すつもりなのか?
正気の沙汰じゃない。
ここは大人しく引いておけ。
被災地の復興は進み、聖都の水道問題まで解決の光明が見えてきた。
DSSの功績は大きい。もう十分だろう。
議会の腐敗にまで手を出すのは今すぐ止めろ。
俺はちゃんと忠告したはずだ。
フェリクス。
このままだとお前、死ぬぞ」
彼の言葉は、半分は正しい。
しかし彼女が進んでいる道は、世界のもう一つの半分で形造られている。
「フェレウスさん。
ご忠告痛み入ります。
ですが、私は聖都全部と敵対しているわけではありません。
貴族や教会と元老院だけが、世界の全てである時代は終わりました。
私は、その大きな流れの中にいます」
その時、部屋の扉がノックされ、憲兵が入ってきた。
「なんだ?
大事な話し中だ。あとに——」
フェレウスが一喝しようとしたのを遮って、その憲兵は報告した。
「報告します!
憲兵団留置所前にて、民衆の大規模なデモが展開されています! 」
フェレウスはリリィのほうを向いた。
「——お前、まさか本気で英雄になるつもりか? 」
視線をそらさず、彼女は答えた。
「どっちにしろ、もう始まってしまったんです」
都民はアッフィルモの裁判を公開することを求めた。
その民衆のあまりの勢いに、裁判所も憲兵団も元老院も公開を認めざるを得なくなり、DSSコールが巻き起こる異常な熱気の中、公判は開かれた。
証人として呼ばれたノビリタス議員は、アッフィルモを妄想癖の精神異常者だと訴え、彼との関係と証言全て事実無根であると主張した。
裁判長はその発言を認め、アッフィルモを精神病院へ送る判決を下した。
民衆は怒り狂い、最判を要求したが、裁判長は判決を覆さず、閉廷となった。
もはや暴動寸前の状態のなか、リリィは観衆に向かって言った。
「彼の言ったことを忘れないでください。
もしもアッフィルモが病院で不審な死を遂げるなら、それがなによりの発言の証拠となるでしょう」
リリィとノビリタスは大勢の観衆を挟んで睨み合う。
ノビリタスは舌打ちすると、多数の警護に守られながら法廷を去っていった。
観衆からは再びDSSを賞賛する大歓声が上がった。
「DSS! DSS! 」
「聖女様がまたやったぞ! 」
「英雄の再臨だ! 」
「腐った貴族を許すな! 」
「売国奴は殺せ! 」
「帝国の栄光を取り戻せ! 」
「悪魔を滅せ! 」
「聖女様ぁぁ‼︎ 」
「DSS! DSS! 」
リリィはその光景を、とても恐ろしく感じながら見ていた。
これが英雄の見ていた世界。
賛美しか耳に響かず、あまりに光り輝き、目が眩んで正気を保てぬ舞台の壇上に立つ主役。
その実態が、こんな負の感情を源泉に湧き出る暗い泥のようなものから生まれている現実を直視し続けることが、果たして誰にできるというのか。
それでも彼女はもう選んでしまったのだ。
あとは運命に従い、進んでいくだけなのだろう。
世界の終焉に抗うと決めた少女は、滅びの運命を変えるため、もう一つの宿命を歩いて往く。
初回投稿からついに一ヶ月経ちました。
毎日更新する目標を達成できたのは、ひとえに読者の方々のおかげです。
本当にありがとうございます。
物語も文字数十万字(約文庫本一冊分)に達し、佳境に入った物語は完結に向けて散りばめられた欠片が収束していきます。
これからも引き続きこの世界の顛末を見届けて頂ければ幸いです。




