三十四話:夢のないキャンバスなら裏張り縁の色で塗り替える
聖都ではDSSの噂で持ちきりになっていた。
民衆は、被災地における彼らの活躍や、貴族議員の不正を暴く聖女の姿に、熱狂的な声援を送った。
都民の間では、聖女こそ英雄であり、彼女が皇帝になるべきだという論調が高まっていた。
リリィはストレピトゥスに、これも計略の内か尋ねると、彼はこれが世界の本音です。と答えた。
被災地におけるDSSの活動において、特筆すべきは対魔ギルドの支援が一番に上げられるだろう。
リリィは災害後の瓦礫の撤去とその後の避難村の形成について、聖都守備隊だけでは需要に追いつかないことにすぐ気が付いた。
それに対して聖都側が提案する打開策は、各地から集まる支援金や物資を一見公平に分配するものであったが、それを行う団体は経験や実績が全くない所謂コネであり、打ち出された方針は偽装に塗れたお粗末な計画であった。
DSSはこの事態に対し、対魔ギルドから聖都で失業していた村造りの経験豊富な人材を雇用し被災地へ派遣、現地の守備隊や冒険者との連携を円滑にするためリリィやアシグネ、ストルオも同行した。
——再びリリィは、災害後の避難所にたどり着いた。
報告を受けていた通り、海岸から遠い地帯では瓦礫の撤去作業はかなり進み、すでに新たな住居がいくつも作られ、あの日の避難キャンプからだんだんと人が移り住んでいるようだった。
そうした村造りの中心になって計画を進めていたのは、あの黒涙が落ちたとき、避難した高台の小屋で出会った冒険者のダグラスだった。
リリィは驚き、ダグラスに声をかけると、お互いに再開の喜びを分かち合った。
「ダグラスさん! 」
「——ん?
おお! お嬢ちゃん!
久しぶりだなぁ。また会えて本当によかった! 」
リリィはダグラスを軽く抱きしめ、あの日の食事を思い出す。
やがて離れた彼女はダグラスに聞いた。
「ダグラスさんがここの村造りを計画してるって本当?
どういう経緯でそうなったの? 」
ダグラスは穏やかに微笑みながら答えた。
「最初は聖都軍に任せようと思ったんだがなぁ。
ちょっと最近の若い奴らが困ってるようだから、いろいろ助言してたら、いつの間にか責任者に推薦されちまって、まぁ古い技術が今また必要ってんなら、この命の限り力を尽くそうと思ったんだよ」
古い技術。
リリィは直感した。
この人が鍵だと。
「ダグラスさん。
もしかして冒険者になる前は……」
「ん、この片田舎で土建業をやっとった。
うちの家系は代々聖都の水道工事をやっとったんだが、大戦でこっちに疎開して定住したんだよ。
儂も若い頃は伝統だの技術の継承だの家に縛られるのが嫌で嫌でなぁ。
一応先代からの修行は受けたが、両親ともに、病で早死にしちまって、そっから冒険者へと転職したんだ。
でもまさか今頃になって村造りにその技術が必要になるとは、いやはや人生ってのは奇妙なもんだべ」
そうだ、あの揺れに耐えた高台の小屋は彼が自分で作ったと言っていた。
リリィはその奇縁の衝撃に、一瞬言葉をなくしたが、気を取り直して尋ねた。
「今進めている計画について、詳しく聞いていいですか? 」
ダグラスは嬉しそうに応えた。
「おうともさっ。
ぜーんぶ流されちまって、一旦更地にしてから作り上げるんだがんな。
どうせならあの聖都より進んだ水道作って、一大都市をここに築くべさ! 」
ダグラスがすでに始まっている住居再建の様子を見せながら語る計画は、確かな技術に裏打ちされた具体的な都市計画だった。
しかしそれを実現するにはやはり人員と時間と費用がネックとなる。
そこでリリィは彼に提案した。
「ダグラスさん。
その計画。DSSで支援させて貰えませんか?
物資や費用を負担するだけでなく、人員を派遣しますので、彼らにその技術をご教授願えないでしょうか」
ダグラスは少し戸惑った。
「教えるって、今は復興のほうが優先だし、聖都からの支援もくる。そりゃ……」
「自分からもお願いします」
いつの間にか近くに来ていたアシグネが、ダグラスに頭を下げた。
「グラジオラスさんまで……」
リリィはダグラスに対魔ギルドの人達を紹介した。
「彼らは、皆村造りに関して知識と経験を積んだ者たちです。
正直に言えば元々は聖都の水道橋再建のために集まって貰った人達ですが、しかし、聖都の水道を作り直すことは資料があってもかなり難航すると予測されています。
そこで彼らにここの村造りを手伝わせていただき、実際の水道技術を学んでもらいたいと願っています。
現状の聖都で計画されている援助では、無知で傲慢な未経験者が溢れ、現場が混乱し作業が阻害される可能性があります。
支援を拒むことに抵抗を感じられるかと思いますが、しかし事態は早急な解決が望まれることは理解して頂けると思います。
私達のほうで聖都との交渉を取り持ちますので、どうかご協力を願えないでしょうか? 」
リリィはダグラスに頭を下げた。
彼はリリィの肩を叩き、顔を上げるよう言った。
「儂は別にあんたがなにか悪さしようとしてるわけじゃないことはわかっとる。
だからそんな畏まった言い方はしないでいい。
お嬢ちゃんも、向こうでいろいろあったんだなぁ。
顔つきが変わったよ。
でも目はあのときのままだ。
大丈夫だ。
儂は教えることについては経験不足だし、職人ってのはどいつも扱い難いのが多いから、多少の諍いも起きるだろうが、やってやろうじゃないか。
信用しとるよ。儂はあの日のあんたの目を」
リリィは精一杯の感謝を込めて、ありがとうございます。とお礼を言った。
そうして、被災地の復興計画は聖都が立てたものより早く進むことになったのだった。
DSSの名が世に広まり始めたのはその頃であり、ヴェナリス公爵の汚職が露見したこともあって、都民は聖女とDSSを賛美し、元老院や貴族を糾弾する風潮がさらに勢い付いた。
リリィ自身はそれによってなにか信条が変わったわけではないが、しかし世間からの扱いは劇的に変化した。
そして、それは政治の世界においても、無視できない影響を及ぼし始めていた。
まだ大丈夫だからと先送りして伏線回収を怠ってはいけない(戒め)
若干時系列が混乱してしまいましたが許してくださいなんでもしますから




