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三十一話:エネルギーはややこしい






 時刻は昼前、いつものようにファストゥス外務書記官とリリィがDSSの所長室で議事録の確認をしていると、扉がノックされた。


 リリィは入室を許可すると、オルサが入ってきた。

 オルサはファストゥスを見ると、露骨(ろこつ)に邪魔そうな顔をして、リリィに聞いた。


 「今忙しいか? 」


 リリィとファストゥスは顔を見合わせ、ファストゥスは少し遠慮気味にオルサに向かって言った。


 「いや、今報告を聴き終わったところだ。

 なにか問題が? 」


 オルサは無表情なまま答えた。


 「酷く個人的な相談だ。魔法使い特有の持病のことでね。

 悪いが——」


 ファストゥスは手を上げて、わかった。と言って退室していった。

 リリィはその虚しげな表情に察することもあったが、扉が閉まるのを確認して、オルサに尋ねた。


 「どうしたの? 」


 オルサは気難しい表情で答えた。


 「少し厄介なことになりそうだ。

 ——持病じゃないぞ。

 昼休み、時間取れるか? 

 なにか食べながら話そう」


 リリィは気軽に頷き、もうすぐひと段落するから外で待つように伝えた。


 「助かる。いい店を紹介しよう」


 オルサはそういって退室した。



 リリィが午前の仕事を切り上げ、オルサと合流すると、彼は聖都の大通りから少し外れた場所にある寂れた外食屋に案内した。

 外観はボロボロで、もはやなにが書いてあるのか判別できない今にも落ちそうな看板がかかっており、外から見るに客足も全くなさそうであった。


 リリィはジト目でオルサを見ながら聞いた。


 「……いい店? 」


 オルサは視線を気にせず、こともなげに返した。


 「見た目がいいとは言ってない。

 俺が大通りの流行りのカフェに案内すると思ったか? 


 安心しろ、味は保証する」


 オルサがさっさと店内に入っていってしまったので、仕方なくリリィもそれに続く。


 店の扉をくぐった途端(とたん)、肉の焼ける濃厚な匂いと香辛料の強烈な香りが彼女の鼻腔をくすぐった。


 オルサは厨房の店主に、いつもの二つ、と手短に注文を済ませ、奥の席にリリィを勧めた。


 「あのさ、大丈夫? 

 私、食べ物の好き嫌いはあんまりない方だけど、無理なものは無理ってはっきり言うからね」


 渋々座ったリリィがオルサに念を押す。


 「味は保証すると言っただろう。

 少し待て、ここは料理の手早さも売りの一つだ」


 そう言った後、オルサは勝手に店内をうろつき、水を二人分持ってきた。


 「最近じゃ、ただの水でも料金をとる店が多いと聞く。


 以前のように無制限に水道を使えるわけじゃないからな。

 仕方がないようにも思うが、一般人にとっては不満の種でもある。


 その点この店は以前から変わらず、水はお代わり自由だ。

 セルフサービスだがな」


 オルサはなぜか少し自慢気に言ったが、リリィは不安が増すばかりだった。


 言っていた通り、料理はすぐに二人分運ばれてきた。


 それは、恐らく数種類のバラ肉を塩と香辛料で味付けして葉菜類と一緒に炒め、平たいパンの横に亀裂を入れて挟んだ料理だった。


 「……うん。これは、あれだ。

 特に名前を出そうとは思わないし、実際食べれば美味しいんだろうと思うけど。


 どう分類してもジャンクフードでしょ! ファストフードでしょ! 」


 リリィの突っ込みに、オルサは不可解だ、と言わんばかりの表情で反論した。


 「なにが不満なんだ? 

 早い、安い、美味い。

 良いことしかないだろう」


 そう言いながら、オルサはそれに(かぶ)りついた。

 モシャモシャと口いっぱいに含みながら、お前も早く食え、冷めたらまずいぞ。と促した。


 「くっ、別に期待してたわけじゃないけど、最近オルサのイメージがどんどん変な方向に向かってる気がする」


 リリィはブツブツ言いながらも、オルサに習って思い切り(かじ)りついた。


 途端に口に広がる塩気の効いた肉汁の旨味と香辛料の絶妙な香り、噛めば噛むほど感じる野菜のシャキシャキした食感と、しっかりした肉自体の味。

 程良く乾いたパンの生地が具の汁を吸い混ざり、飲み込むとその味付けの濃さを拭い去り、また噛り付きたくなるという、一度食べたら病みつきになる一品だった。


 ……モッキュモッキュモッキュモッキュ。


 「ふむ。……ふふん」


 リリィは口を動かしながら、オルサがドヤ顔をしているのを見てイラっとした。


 やがて二人とも食事を済ますと、真面目な表情で向き直った。

 オルサが顎の下で両手を組み、眉に皺を寄せて口を開いた。


 「さて、まずは料理の点数だが、何点だった? 」


 「いや違うでしょ本題はっ。

 確かに美味しかったよ! 

 今はセレブぶってても、もともと田舎の貧乏農家だし子供の頃のご馳走を思い出して泣けそうになったよ! 


 でも呼び出した理由は違うでしょうが」


 オルサは仕方がない、といった表情で話しを切り出した。


 「通信網についてはおおよそ作業が終わったことは話したな。


 そして、肝心のスマホモドキの生産だが、これに手こずっている。


 すでに量産化の工程自体は鍛冶屋ギルドなどと協力して造り上げた。

 一応もう一度確認するが、あの技術は本当に一般公開していいんだな? 」


 オルサはちょっと勿体(もったい)なさそうな表情で聞いた。


 「確かに、独占できれば軍事的な利用価値はとてつもなく高いけど、悪魔側ももう知ってるし。


 あれにはちょっと細工をしてあるから、とにかく広く一般社会で使われることに意味があるの」


 リリィの答えに、オルサはとりあえず、といった感じで納得し続けた。


 「あとは実際各地の工房を動かすだけなんだが、前も言った通り、生産には希少鉱石を使っていてな。


 これの確保が足りない」


 そこまではリリィも報告で把握していたことだった。

 つまり、まだ話題には続きがある。


 リリィはオルサに尋ねた。


 「それはわかってる。


 今日呼び出したのは、つまりその問題について、なにか進展があったけど、自分じゃ解決できない。

 そういうことでしょう? 」


 オルサは苦い顔で頷いた。


 「その鉱石、クロマミウムだが。


 確保のため情報を集めていたら、どうやらシリシヴァレス領に大量に埋まっていることがわかった。

 しかしその総量の割に、採掘量があまりに少ないんだよ。


 クロマミウムといえば、魔力を貯蔵できるマジックアイテムの動力源として重宝される高値の鉱石だ。

 財源としてこれほど領主が欲しがるものはないはずなんだが、そのシリシヴァレス領の公爵がな。


 ほら、あの二足草鞋からノビリタス副議長と近しい間柄だ。という報告があったろ」


 リリィはマレーからの報告を思い出し、渋い表情で言った。


 「それは確かに臭うね。

 この店の香辛料臭さなんて比べ物にならないほど」


 加えて。とオルサは補足する。


 「その鉱山の位置も悪魔の領地との境に近いときてる。


 まったく、権力者というのは、どうして全体の損得を計算できんのだろうか。


 一時的に私腹を肥やそうが、トータルじゃ結局己も負ける勘定だぞ」


 オルサは呆れた口調で吐き出すように言った。

 リリィはストルオ兄弟との会話を思い出しながら答える。


 「それは別に、権力者だからってわけじゃないと思うよ。

 どうしても目先の利益に目が眩んで楽観的に考えてしまう人っていうのはいるんだよ。


 自分一人くらいなら、ちょっとチート(ずる)しても問題ない、バレないだろう、って。


 失敗してしまった後のことは考えないから」


 オルサはもう一度ため息をついて、テーブルに二人分の代金を置いた。


 「あれ、今日は奢ってくれるの? 」


 リリィは少し意外そうに尋ねた。


 「これは厄介ごとを頼む前金だ。

 お前ならなんとかできるだろう。


 信用してるぜ? 」


 そう言ってリリィの肩を叩き一人でさっさと店を出て行くオルサを見送って、リリィはちょっと不満そうな表情で呟いた。


 「はぁ……。まぁやりますか。


 店主さん、持ち帰りでもう一つ貰えます? 」


 あいよ。と威勢良く店主は応えた。








 エネルギー産業は誰でも扱える木材が未だ最重要ではあったが、しかし魔法や奇跡の源であるマナを軽視しているわけでもなかった。

 そこには利権が絡む以上に、思想や政情が渦巻く魔境でもあった。


 そのことに彼女気付いたのは、実際に現場を見た時であった。






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