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三十話:正直天邪鬼





 夜更けに自宅へと帰ったリリィは、自室に戻ると窓が開いていることに気付いた。


 星明かりに照らされて、窓辺の椅子に、魔王が座っていた。


 「……ねぇ。私達って気軽に家に遊びに行くような友達だったっけ? 」


 リリィが呆れながら尋ねると、魔王はクスクスと笑いをこらえ挨拶した。


 「——こんばんは。

 ここはいい眺めだね。聖都がよく見えるし、夜空が綺麗だよ。

 今日は本当にプライベートな話をしに来たんだ。


 だから、ボクのことは魔王でなくサニーと呼んで欲しいな。

 キミのこともリリィと呼んでいいかい? 」


 リリィはため息をついたが、少し首をかしげて疑問を聞いた。


 「別に私はどう呼ばれてもいいけど。

 あなたの名前、ホスティリスじゃなかった? 


 どうしてサニーなの? 」


 リリィの問いに、魔王ことサニーは答えた。


 「ボクの幼名はサタニアでね。

 魔王を就任したときに名前が変わったのさ。


 ユタも、ボクのことはサニーと呼んでいたよ」


 リリィは曖昧な返事をして、サニーのほうを向いてベッドに腰掛けた。

 サニーもそれに合わせ椅子の向きを変えてリリィと対面した。


 「それで、私には別に楽しくお喋りすることなんてないんだけど? サニー」


 サニーはカラカラと笑って言った。


 「そう邪険にするなよ。

 この前は悪かったよ。


 でもそのときリリィが言っただろう? 


 『今度はもっと、穏やかに話しましょう』ってね」


 リリィは自分の言葉を思い出した。

 確かにそんなようなことを言っていた。


 「そうだった。

 それで本気でアポなし単身で会いに来たわけ? 


 ——もしかして友達いないの? 」


 サニーは塩いっぱい口に含んだような顔をした。


 「いるからね? 

 立場的に魔王の地位が危うくても、友達はいる。

 別にボッチなわけじゃないから。


 うん。大丈夫。大丈夫あの子は友達」


 軽い冗談のつもりが、予想以上に傷付けたらしく、リリィはなぜかフォローした。


 「いや、別に私達も一度刃を交わした仲なわけだし、強敵(とも)と呼べなくもないから」


 サニーはそのフォローを聞いて逆にジト目で彼女を見つめた。


 「なにか友の発音がおかしくなかった? 

 というかこの前戦ったときも思ったけど、リリィってかなりのマッチョ思考だよね。


 かと言って根性論を信奉してるわけでもなさそうだし、不思議だよ」


 そう言われて、リリィは自分の性格を人から評価されたことがあまりないことに気付いた。

 そしてこの際だからと、サニーに聞いてみることにした。


 「サニーは今、大勢を代表する立場でしょう? 

 ちょっと聞きたいんだけど、私って組織の統率者に向いてると思う? 」


 サニーはちょっと困った顔で答えた。


 「それ、結構ドギツい質問だよ、リリィ。


 まぁ、そうだね。

 悪魔でなく友達として助言するなら。


 全く向かないから止めておけ。


 そういうだろうね」


 カラカラと笑うサニーにはっきり言われて、リリィは少し凹んだ。


 「知ってた。

 ああ、やっぱりDSSメンバーも私に不満いっぱいなんだろうなー」


 今日の休暇は、皆集まって飲み屋で愚痴大会かもしれない。

 それを気にしても仕様がないと、リリィはわかっていたが、それでも気落ちすることには変わりない。

 感情は、表に出すかどうかはある程度制御できても、湧き上がるそれ自体を否定などできないのだから。


 「どうやら、なかなか難しい時期に来訪してしまったようだね。


 まぁこっちも同じようなものだから、お互い様だと思って許してくれ」


 リリィはすかさずサニーに尋ねた。


 「それそれ、この前の黒涙。結局そっちはどうなったの? 」


 サニーは少し眉に皺を寄せて答える。


 「今日はプライベートだって言ってるのに、もう。


 まぁ気になる気持ちはわかるし、そっちも調べてはいるだろうから言うけど。

 DSSの予測はおおよそ当たりだよ。

 損害は酷いものだったさ。

 解決策が見つからない限り、落下地点は永久封鎖だね。


 リリィには優秀な部下がたくさんいて羨ましいよ」


 マレーを通した情報交換は、まだ続いている。

 やはり報告通り悪魔側には、黒涙の軌道を多少そらすほどの対策魔法がすでにあるようだ。

 それでも被害自体は人類よりも甚大だったようで、落下地点の黒い泥の汚染、消滅が酷く除去不可能にまでなったらしい。

 また、こちらが渡した通信技術についても、研究が進んでいるという話しもあった。


 ようは現在お互いに戦争をする余裕などないということだ。

 表面下では相変わらず牽制が続いていたが。


 リリィは少し怒ってしまったサニーに平謝りして続けた。


 「ごめんごめん。

 お詫びにこっちも少し話すけど、スマホモドキの通信網、ほぼ人類の主要領地全域に展開されてるよ。


 これもそっちですでに予測していると思うけど」


 サニーは一瞬その赤い瞳を鋭く見据えるようにしたが、すぐに首を振って息を吐くように言った。


 「——どうにも、ボクらじゃ普通の会話っていうのが難しいみたいだね。


 立場を忘れて、リリィと純粋に話してみたかったんだけど」


 リリィは少し居心地悪そうに話す。


 「それは、仕方ないよ。

 人の人格って、立場が大きく影響しちゃうし。


 そこを取ると、残る共通の話題は一つでしょう? 」


 ずっとリリィが避けてきた話題。

 (たが)いの共通点。


 「ボクとしては、そこを聞きたかったのさ。


 リリィが、ユタをどう想っていたのか、今はどう変わったのか。


 ほら、この場にいない者の悪口ほど仲良くするのに手っ取り早い方法はないだろう? 」


 リリィは薄笑いで曖昧に肯定する。


 「それはそうだけど。


 第三者から見たら私達、どうやっても自虐にしかならないじゃん」


 それは嫌だ。とリリィは断った。


 「ここにはリリィとボクしかいないんだし、構わないじゃないか。

 でもキミが嫌がるなら、無理強(むりじ)いはできないよ」


 しばらく二人に言葉はなく、部屋に沈黙がおりた。


 リリィは窓の外に見える聖都と夜空を眺めて、やがて口を開いた。


 「——私ね、この世界が嫌いだった。

 どこが、っていうより、全部。


 それは多分、故郷で生贄の巫女に選ばれた瞬間からずっとそうだったんだと思う。


 どうして、こんな理不尽が許されるんだろうって。

 それは奴隷から解放された後も、聖都を奪還して教会から洗礼の(みそぎ)を受けて聖女になっても、心の奥で(くすぶ)り続けていたの。


 それが今の私の原動力。

 大っ嫌いだから、嫌で嫌でしょうがないから。

 頑張って少しずつ変えるんだ。


 この世界を、好きになっていくんだ」


 リリィが語り終え、サニーは満足そうに微笑んで頷き、代わって話しだした。


 「ボクは、この世界が好きだ。


 どれだけ理不尽でも、それを吹き飛ばそうと志す者が現れる。

 全部ぶっ壊して、また最初から始めるんだ。

 だから信じられる。

 たとえボクが英雄を殺せなくても、いつか必ず悪魔は英雄に打ち勝つ。


 やっぱり、いずれボクらはまた戦う。

 互いに譲れぬものがあるから。

 避けようのない運命に導かれて。


 ボクはそんな世界を憎んだことはないよ」


 リリィは語るサニーが、ずっとその手を強く握りしめていることに気付いていた。

 彼女は、それを寂しそうに見ながら呟いた。


 「ほんと、素直じゃないよね」


 それは、誰に向けた言葉なのか、彼女自身も意識していなかっただろう。





 サニーは別れの挨拶をすると、窓から飛び去って行った。


 リリィはそれを見送り、その影が見えなくなっても、彼女が座っていた椅子に座って、窓の外の景色を眺めていた。


 決断は終わった。

 運命も決まった。


 あとは行動するだけだ。


 そうして、少しずつ、その理由を知っていく。

 一つ一つ、嚙み締めるように、心に刻む。





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