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二十七話:救い手の器





 元老院議事堂での復興会議も第四回が終わった。


 リリィは当然DSSについて追求され、その法的手続きを省略したやり方を吊し上げられることとなった。

 それでもDSSが出した成果については元老院も認めざるを得ず、最終的にはDSSを半公的な組織として認め、元老院からの出向者を迎えリリィと共同責任者とする形に収まった。

 またそれに(ともな)い、DSS本部も地下室から元老院議事堂に近い立地に三階建ての立派な事務所を構えることになった。


 元老院からDSSに来た出向者の名前はファストゥス。

 ノビリタス副議長の腹心の部下である。


 DSSに彼が来たとき、メンバーの対応の塩っぷりは凄まじく。

 リリィが紹介しても彼が名乗ってもほぼ反応がなく、拍手とも言えない数回手を叩く音が響いただけであった。

 リリィはちょっとファストゥスを気の毒に思ったが、マレーが彼女に近づいて、「ほら、面倒なことになったでしょう」と耳打ちしてきたので、複雑な思いを抱えつつマレーへの仕事を増やすことに決めた。




 「あああぁ、もう会議やだぁ。マジであの聖都と利権しか見えてない貴族議員とその顔色を伺うだけの糞の役にも立たないデータしか出せない御用学者どもをビームで総辞職させたい」


 新しいDSS本部のリリィ用の所長室で、椅子に深く沈み込むように垂れながら吐き出すように言った。

 そんな彼女に、ネモは呆れた様子で話しかけた。


 「疲れてるな。最近休んでいるか? 

 ずっと働き詰めだろう。


 君はやろうと思えば本気で総辞職ビームを射てるんだから、ストレスは適度に発散しないと爆発するぞ」


 物理的に。とネモは笑いをこらえて言った。


 「そうもいかないでしょう。

 みんなにはちゃんと休養をとるように伝えてるけど、ほとんどの人が無理してでも頑張ってる。

 こんな状況で代表者が休める? 


 元老院の方々は今日も堂々と休暇で会議を出席しない人がいましたけどね。


 ——あぁ、思考がマイナス向いてる。

 切り替えないと。


 うん、上司が休まないから、みんな遠慮して言い出せないってこともあるわけだし。

 もう少しで仕事もひと段落するし、そこで一度DSSをお休みにしよう。

 決めた」


 リリィが一息吐いたところで、所長室の扉がノックされた。

 どうぞ。と彼女が許可すると、ストルオが入ってきた。


 「ストルオ。どうしたの? 」


 彼は明るい茶髪分けて覗く大きな碧眼(へきがん)でリリィを見ながら報告した。


 「前から進めてる水道橋復旧作業だけど、リリィが持ってきた資料のおかげで、ようやく一本機能が回復したよ」


 リリィは跳ねるような声で反応した。


 「本当に? よかったぁー。


 で、どう? 

 他もこの調子で直せそう? 」


 ストルオは厳しい表情で答える。


 「今回修復できたのは、もともとまだ使用できていた水道橋なんだ。

 だから今の技術者でもやり方さえわかれば直せた。


 一応この今ある二本の水道橋で聖都の生活に必要な最低限の水は確保できたけど。


 完全に壊れちゃった残り三本は、やっぱり根本から作り直すしかなさそうで、それができる人がまだ見つかってないんだ」


 申し訳なさそうに報告したストルオに、リリィは慌ててフォローした。


 「大丈夫、着実に前に進んでるんだから、自信を持って。


 そっか、古代の技術を受け継ぐ人か……。


 わかった。

 報告ありがとう。

 ストルオも、最近休みとってないでしょう? 

 近々DSS全体に休み出すから、そこで仕事を一時忘れてゆっくりするといいよ」


 ストルオは一例して退室していった。




 ネモはそれを見送って、穏やかな口調でリリィに話しかけた。


 「少しずつ、いい方向へ向かっているようだな」


 リリィもそれに微笑んで応えた。


 「そうだね。

 避難所も粗雑なテントから、少しずつ簡易的な住居を立てて新しい村造りが始まってる。


 この流れで人類全体に(とどこお)っている暗い空気が吹きとべばいいけど」


 リリィは窓の外、聖都の景色を眺めた。

 未だ、都市を覆う自縛的な雰囲気は残り続けている。


 それだけ今回の一連の出来事が人類にとって衝撃的であったということだが。

 しかしそこに違和感を覚える者たちが確かに存在した。


 リリィがそれを知るのは、さっき自分で決めたDSSの休暇のときだった。







 水道の区画ごとの時間帯計画停止が解除され、まだ使用量については制限が残っているが、(おおむ)ね都民は元の生活に戻り、大通りも少し活気が出始めているのを、リリィは実際に歩きながら感じていた。


 仕事を離れ、久しぶりに肩の力を抜いて休みを満喫していた彼女だったが、気晴らしに歌劇でも見ようと劇場へ足を運んだものの、劇場は娯楽劇を(もよお)していなかった。


 その劇場で行われていたのは、現政権に対する不満や苦情を訴える演説会だった。


 リリィはそれにちょっと興味を惹かれつつも、今は娯楽に飢えているのだと思い直し、聖都の別の劇場へと向かった。

 しかしまたしてもたどり着いた劇場で行われていたのは、被災地への援助を止め、聖都の生活を取り戻すことを叫ぶ団体が仕切る討論会だった。

 だが話題はいかに悪魔が愚劣で卑怯か糾弾し、戦争を仕掛けるべきという主張を繰り返していた。


 さすがにリリィも異様な雰囲気を感じ取り、遠くから討論の様子を観ていた中年の男に、歌劇をやっている劇場はないか尋ねてみた。

 すると——


 「歌劇だって? 馬鹿言うなよこんな状況で不謹慎だろう。

 そんな娯楽を興じる余裕なんてみんな無いんだ。

 あんまり大きな声で言えないけど、最近聖都じゃそういった娯楽を楽しむ余裕のあるブルジョワジーが狙われてるって話だ」


 あんたも気を付けな。と言って男は去って行った。



 討論会では罵詈雑言が飛び交う度に、観衆から大きな喝采(かっさい)が上がっている。

 掲げられる看板には、犠牲者の数や、英雄の再臨祈願、偉大な帝国の復活を願う文字が並んでいた。


 その空気に、リリィは自分の中のなにかが崩れていくような錯覚を感じた。


 彼女は、あらためて今の自分が世界の半分しか見えていないことを自覚した。




 気付けば、彼女はどこかの広場のベンチに座っていた。

 どうやって移動したか覚えていないほど、動揺していたのだ。


 広場中心にある人気の彫刻家がデザインした噴水は、水が流れていなかった。

 生活水以外の水については、まだ使用制限が厳しいからだ。


 時間の感覚は狂い、すでに夕闇が近づいていた。


 ふと、ベンチにうつむき座る彼女の前に、黒い人影が伸びて来た。


 リリィは視線を上げると、赤く染まる広場に、男が一人立っていた。

 男はフードを被っており、夕日の逆光もあってその顔は見えない。


 男はリリィに近づき話しかけた。



 「世界を、変えたいとは思いませんか? 」





 どれほどの正義を振りかざそうと、世の中から不満が消えることなどない。


 どんなに綺麗な詩も、魅惑の旋律も、心打つ憧憬も、今の自分を変えてくれるわけではない。

 変えるのは、いつだって自分であり、勝手に進む世界のほうだ。


 それでも、人は望まずにはいられない。

 自分の中にある病理を癒す、万物の救い手(英雄)を。








第2章が終わりました。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

次回から最終章が始まります。

リリィが、人類が選ぶ結論とは。

ちょっと更新頻度下がるかもしれませんが頑張りますので読んで頂ければ幸いです。

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