二十四話:転んだ先の壁に正拳突き
アシグネはオルサの酒を再度断り、少し興奮した様子で喋った。
「そんなことが。許されませんっ、断じて!
悪魔に魂を売る者が、人類の代表にいるなんて……」
リリィはアシグネをなだめるように話した。
「気持ちはわかるよ。
でもね、組織っていうのは構造上長く続けば続くほど腐っていく。
聖都で試験的に導入された元老院の議会制はユタが持ち込んだものだとしても、そもそも選ばれた議員は貴族がほとんどだった。
まぁしょうがないけどね。
教育もまともに広まってない世界で、どうやって民主主義的なシステムを創ろうっていうの?
名前と建前が新しくなっても結局支配層は変わってない。
そして、多分ずっと昔から、悪魔と人類の癒着はあった」
リリィは自分の故郷の風習を思い浮かべる。
あんなものはこの世界においてはありふれた一例でしかないのだろう。
彼女は酒杯に口をつけた。
アシグネもオルサも、リリィを見つめて次の言葉を待っていた。
期待している空気が感じられる。
彼女なら、あるいはなにか正解を導けるかもしれないと。
「正直に白状すると、DSSの初めからそういう輩が入り込むことは予想できていたの」
「では、なにか対策があって——」
アシグネが、やはり。といった様子でリリィに声をかけようとしたが、彼女はそれを遮って言った。
「ごめん。現状対抗策はない。
だれが敵で味方かより、問題を解決する能力があるかどうかを最優先で人員をかき集めたからね。
じゃないと聖都も避難所もすでに崩壊してたかもしれないほど、やばかった。
それはわかってくれるよね」
アシグネは言うことが見つからず、固まってしまった。
酒を見つめていたオルサが、口を開いた。
「とはいえ、無策だったわけでもあるまい。
半端に賢しいお前のことだ。
常にそういった動きがないか見ていたのだろう? 」
半端に。の部分でリリィは片眉を吊り上げたが、もう一度酒に口をつけ、肯定した。
「うん。
実は怪しいと思ってるメンバーは、すでに数人目をつけてる。
でもなかなか尻尾を出してくれないから、普通にみんな有能なんだもん」
リリィの答えに、二人は残念な表情をした。
アシグネは咳払いして話した。
「とりあえず、内通者については保留にしておきましょう。
尻尾を出さないということは、実害も今はまだ表に出ていないということでしょうから。
むしろ味方を疑うようなことは、統率を乱し、作業効率を著しく落とします。
聖女様の言う通り現状にそんな余裕はありませんから、頭の隅に覚えておくぐらいにしましょう」
アシグネの提案に、他の二人も頷いた。
「じゃ、仕事に戻ろうか」
リリィは席を立とうとすると、オルサが引き止めた。
「待て、お前は酒代を払え」
「奢りじゃないの⁉︎ 」
「いつそんなことを言った。金を払え」
「——DSSの予算で引き落とせる? 」
「そもそもそれはお前のポケットマネーが大半だろう。
なぜ出し渋る。セレブ」
悔しげにリリィはオルサに代金を払った。
「お前はもう少し俺の天才ぶりに褒賞を増やしてもいいと思うのだが」
オルサの提案に、リリィは曖昧に頷いて答える。
「ああうん、それは成果に応じてちゃんと相対的に全体とのバランスを見て協議を重ねてて検討しますので——」
「わかったわかった。
お前がメンバーへの給料だけでなく、運営費や貴族議員への手回しその他諸々に自腹切ってるのは知ってるから。
酒の勢いでちょっと愚痴っただけだ。
気にするな」
リリィは少し考えるそぶりを見せて、先に二人に仕事に戻るよう伝えた。
「聖女様は戻らないのですか? 」
「ごめんね。ちょっと思いついたことがあるから。
アシグネ——は守備隊の仕事があるか。
オルサ、私の代わり、しばらく頼める? 」
オルサはその色白い顔を驚かせて聞いた。
「俺でいいのか?
疑い目をつけているといっていたメンバーには、当然俺も含まれているのだろう? 」
リリィは不敵に笑った。
「ちゃんと自覚はあったんだ。
だからだよ。
私が戻ったとき、DSSがなくなってたらあなたが裏切り者ってわかるでしょ」
信用してるよ。とリリィはオルサの肩を叩いた。
三人は酒場を出ると、リリィは二人に別れ挨拶を軽くして颯爽と街に溶け込んでいった。
アシグネとオルサはその後ろ姿を見ながら話す。
「無茶苦茶だな。
俺ならこんな博打みたいな手は打たない」
「そうでしょうか」
アシグネはなにか遠いものをみるように目を細めてリリィを見届けている。
「やりかたはともかく。
ああした行動力こそ、聖女様の最大の武器であり、人望の理由なのでしょう。
私も信用していますよ。
彼女が信じるあなたを」
オルサは少し口端を上げて、鼻を鳴らした。
リリィは聖都の大通りを抜け、大急ぎで自宅へと戻ると、庭で草を食むネモを視つけた。
「おや、さっきの黒涙せいで、今日は残業かと思ったが、早退きとは。
どうしたんだ? 」
ネモの問いに、リリィは息を切らしながら答える。
「ちょっと、連れてってほしいところがあるんだけど」
ネモが驚いて問い返す。
「今から? DSSはどうするんだ? 」
「私の代行に任せた。
今じゃないと確認できないことがあるから。
パパッと乗せてってよ」
ネモは少し呆れたように息を吐くと、わかった。と頷いた。
「それで、どこに行くんだ? 」
リリィは答える。
「ホレオラ。最初の黒涙で、最も落下地点から近かった漁村だよ」
ネモは訝しげにリリィを見たが、特になにも言わず首を振って彼女に早く乗るよう合図した。
リリィが背に跨ると、ネモは緊急なんだな。と確認した。
「うん。今じゃないとダメだと思う。できる限り急いで」
それを聞いたネモは力を溜めるように体を沈めると、弾けるように嘶きながら庭の生垣を跳び越え走り出した。
ネモの速度は通常の馬で四日はかかる道のりを、わずか半日で走破できる速さを保つことができる。
リリィは聖都から再び被災地へ向かう
流れる風景は、都会から整備された街道へ変わり、次第に自然に溢れた田舎道に続いていく。
今、あの日出会った冒険者達はどうしているだろうか、とリリィの頭に過ぎった。
ダグラスと交わした言葉が蘇る。
あらためて彼女は、自分が為すべきことを、道の先に見据えた。




