二十三話:次のあなたから借りた影の未来
DSSに着くと、すでにメンバーが忙しなく作業をしていた。
「リリィ! 」
ストルオがリリィを呼ぶ。
彼女は駆け寄り、話しかけた。
「どう? 分析は進んでる? 」
「とりあえずみんなできるだけデータを取ろうと必死だよ。
落下予測についてはおおよそ当たってたみたい。
マレーの計算式は流石だね。
本人は黒い泥の資料集めに昨日からベアテインスラに行ってるけど」
そう言ったあと、ストルオは少し安堵と同情を合わせたような微妙な顔で話した。
「……悪魔とはいえ、こういったら不謹慎なのかもしれないけど、今回落ちたのが向こうで良かったって、そう思っちゃうよ。
でも場所が悪魔の領地だから、観測にも限界があって、正確な情報取得は難しいってさ」
リリィは彼にそう思うこと自体は責められることじゃないと慰め、しかし彼女は気になることがあったため眉をひそめストルオに尋ねた。
「落下予測。おおよそ当たったって言ったけど、つまりちょっとズレたってこと? 」
ストルオは問い詰めるようなリリィに気圧されながらも答えた。
「少しだけだよ。
聖都展望観測台からの報告から、インテゲルの端に落ちたのは間違いない。
ただ、予測では都市の中心に直撃するってやつだったから、もしかすると悪魔側で軌道を反らしたんじゃないかって、今調べてる。
今のところはそれだけ」
リリィはストルオにお礼を言って、次々と上がってくる報告に耳を傾けていた。
しかしやはりこの街から得られる情報はほんのわずかしかなく、憶測が含まれる報告が多かった。
「どうにか、あの現象のことを研究して、対策しないと。
インテゲルに直接行って、調べられないかな」
リリィの隣に来て聞いていたアシグネが難しい顔をする。
「気持ちはわかりますが、危険過ぎます。
聖女様がやるべきことなのか、よく考えてください」
リリィは頷き、顎に手を当て考えながら喋った。
「やっぱり、いずれは悪魔に技術協力を頼まざるを得ない事態がくると思うんだけど。
今悪魔は猫の手も借りたい状況になっているんじゃないかな。
なら、こちらから手を差し伸べて協力させることはできない? 」
地下室のDSSメンバーからいくつも否定の声が上がる。
「正気ですか? 」
「借りを作っても、あいつらは返しませんよ」
「そもそもこちらの協力を拒否するでしょう」
「まず我々に外部に割くリソースがありませんよ」
リリィは額を押さえ、みなに謝った。
「わかってる。
ごめん、ただ、ほかになにか良い策がある人はいる? 」
地下室は静まりかえってしまった。
「……できれば、否定するなら、別案を出してほしいんだけどね。
否定は誰でもできるから」
リリィの言葉に、地下に気まずい空気が流れた。
アシグネが咳払いして口を開いた。
「とりあえずは、現状できることを一つずつやっていきましょう。
進展の報告はありますか? 」
メンバーのひとり、深い青みがかった髪の女の子が、はいっ、と元気よく手を上げた。
「キュテラ! なにかあったの? 」
リリィが尋ねると、キュテラと呼ばれた女の子は跳ねるような声で報告した。
「冒険者さんや他の領地の方々からの食料支援が避難所を三ヶ月維持できる量に達しました! 」
地下室に拍手が起こる。
「それはよかった!
問題は分配方法だね。
保存期間のことも考えて、なるべく多くの人に早く届けないと。
アシグネ、守備隊の増援計画はどうなってる? 」
リリィが聞くと、すぐに彼女は返答した。
「現状、エクィティム総将が元老院との間を取り持ち、現場で指揮を行っている自分の部下に、それぞれの避難所に足りないものをリスト化させ、提出したところです。
具体的な案は、これから自分と総将が支援物資量を考慮した計画を詰める予定です」
了解。とリリィは返事をすると、DSSメンバーに向かって声をかけた。
「じゃあ、とにかくやることは尽きないから、一個ずつだね。
なにか詰まったらすぐに私に報告して、カバー策を考えるから。
失敗しても焦らないで。責任は私が持ちます。
みんな頑張って行きましょう! 」
DSS地下室に大きく返事が響いた。
作業に戻るメンバー達のなか、リリィに話しかけるものがいた。
「ちょっといいか?
アシグネも、できれば一緒がいい」
オルサが額に皺を寄せて、二人に外に出て話をしないか持ちかけた。
「ここじゃだめなの? 」
リリィが聞くとオルサは首を横に振った。
アシグネとリリィは疑問符を浮かべながらも、とりあえずオルサについていった。
街に出た三人は、聖都の大通りから一本外れた細道にある、小さな酒場の前やってきた。
酒場には閉店の看板がかかっていたが、オルサは構わず扉を開けて入っていった。
リリィ達も続くと、なかは薄暗く、カウンターにもどこにも人の気配がなかった。
「オルサ、ここって? 」
リリィが尋ねる。
「俺の店だ。一応表向きは酒屋だからな」
そうだったのですか。とアシグネが意外そうに言った。
オルサはカウンターに座るよう二人に勧め、彼自身は店側に潜ると、彼女らになにか飲むか尋ねた。
リリィもアシグネも、昼間だし要らないと言って断った。
「魔法使い、か。なにか個人的な相談? 」
この世界には奇跡を扱う僧侶と、魔法を扱う魔法使いが存在している。
奇跡は神の祝福を分け与える術として、サルボ教会の公認もあり日常的に広く使われている。僧侶の数も多い。
反対に魔法は悪魔に近づく術として、サルボ教会は魔法使いを否定しているので、魔導を目指していること事態隠すことが多いため珍しい存在であった。
例外的に、サルボ教会も認める魔法使いとして、対悪魔専門に魔法を修めていると宣言したもの達がいるが、賢者ロゴやフィズはそういった公的に認められた魔法使いだった。
個人で悪魔研究をする魔法使いはトラブルも多いと聞くので、その絡みかとリリィは思ったのだが、オルサは否定した。
「今俺がDSSでやってる仕事はわかってるな。
通信機の生産と通信網の拡大だ。
作業上、各都市の至る所へ向かい中継地点の確保や通信テストをするわけだが。
その際、街の細かい情報を耳にすることも多い。
それで、最近聞いた話だが、どうやら街に鼠が紛れ込んでいるようでな」
そう言ってオルサは棚から持ち出した酒を呷った。
「オルサって意外とアクティブだよね。それでなんでそんな色白いの? 」
リリィの感想に他の二人が呆れる。
「わかってるって。悪魔側の工作でしょう? 」
オルサは肯定した。
「特にこの聖都は、自粛ムードが続いて暴れたい奴らが溜まってるからな。
悪魔に唆されれば、なにをするかわからん」
リリィはなにか察したように聞いた。
「それをここで話すってことは、その唆された人、ないし悪魔そのものがDSSに紛れている。
そう言いたいわけだよね」
再び酒を呷り、オルサは頷いた。
「そんな、DSSに裏切り者がいると? 」
アシグネが困惑した声を出したが、リリィは驚かなかった。
「アシグネ、前にフェレウスさんに忠告されたでしょう。
こっちの動きがだんだん派手になってきたから、その牽制って意味もあると思う」
アシグネの表情はさらに不可解の色を増す。
「あれは元老院のほうでは……まさかっ」
リリィは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「ユタが魔王に誑し込まれたんだよ。
どうして他にもいないって言えるの? 」
酒場を沈黙が包んだ。
オルサは、やはり二人も少し飲め、と酒杯に酒を注いだ。
正道では通れぬといって裏道を行こうとすれば、いつの間にか影が自分を追い越していく。
しかし時間という道は人にとっては一方通行であるが故に、いつしか前も後ろも進めぬ袋小路に阻まれることがある。
それでも目的地にたどり着きたければ、必要なものはなんだろうか。
神ならば、時計の針を巻き戻し、道を選びなおすこともできるだろう。
しかしそんなことは、もう視たくなかった。




