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二十二話:諦観に涸れた涙の行末







 空間転移で自宅に戻ったリリィ達は、応接室の魔法陣が消えるのを確認した。


 「これ、どうにか再現してこっちから一方的に向こうへ自由に行き来できるようにできないかな」


 リリィがオルサに聞いたが、彼は首を横に振って否定した。


 「さすがに無理だな。悪魔も逆に利用される危険性を考慮したのか基本仕様から自壊するよう作ってあった。

 まだ転移技術は不安定な部分もあるんだろう。

 悪魔側の援軍もなかったしな」


 「悪魔の増援がなかったのは多分、今回の魔王の行動が独断だったからだと思う。

 あの子、どうも政治的に危険な立ち位置にあるようだから、今日は本人が言った通り様子見しに来たんじゃないかな。

 かなり大胆だけど、それだけ立場が危ういってことだと思う」


 リリィの推論を聞いたオルサは懐疑的ながらも否定せず、政治ってやつは。と呆れて嘆息するだけだった。


 ミセリアはオルサにお礼がしたいと、お茶に誘ったが、オルサは研究があるので気持ちだけ受け取る。といって帰って行った。


 「気にしないで。あいついつも付き合い悪いから」


 リリィのフォローに、ミセリアは頷くと、今度はリリィになにかいるものが無いか聞いた。


 「そうね。さすがに疲れたし砂だらけの傷だらけだから、まず汚れを落として傷の手当てしなくちゃ。水は浴槽にためてあったよね? 」


 はい。とミセリアは元気よく返事すると、準備しにパタパタと駆けていった。





 リリィ一人になったところで、ネモが彼女に話しかけた。


 「あの魔王の小娘のこと。どうするつもりだ? 」


 リリィは時間をかけ熟慮して答えた。


 「可能性として、人と悪魔が協力しなければならないときがくることは十分に考えられる。

 私も予期していたことだけど、魔王の言う通り、『太陽の黒涙』が一度で終わるとは思えない。


 あれは必ずもう一度起こる。


 いえ、一度と言わず何度でもね。


 だから、今の被害から復興することと同時に、再度『あれ』が来ても阻止、ないし軽減して減災することを目指さないといけない。

 それがDSSの設立理由だしね。


 ただ、現状一発だけでも復興が厳しい以上、自力で解決できなければ他のところから力を借りるとしたら相手は悪魔しかいない。

 そうなると、あの子、ホスティリスだっけ、あの魔王が悪魔代表でいてくれたほうが都合がいいかな。


 ほんと世知辛いけどね」


 ネモはリリィに再度問う。


 「魔王は『英雄の右眼』を持っていなかったのか? 」


 リリィはニヒルに口を曲げて答えた。


 「だとしたら今ごろ世界は終わってるよ。


 ネモの存在に気付いたのには驚いたけど、あれは単に頭の回転が早く勘が鋭いだけだと思う。


 やっかいではあるし、多分もう『右眼』の存在に勘付いて探し始めているはずだから、こっちはさらに猶予(ゆうよ)がなくなったってことね」


 ネモは今気付いたように尋ねた。


 「そう言えば君はどうやって『右眼』を探す気なんだ? 」


 「——それについては追々話すから」


 リリィはパタパタと走る足音に気付いて、ネモを止めた。


 「——こっから先は男子禁制。サービスシーンは映像特典になります」


 ガチャリと扉が開いて、ミセリアが傷の手当てと入浴の準備ができたことを伝えた。


 ネモは必死にリリィに尋ねる。


 「えっ? 通常放送じゃカットなの? 謎の光で(さえぎ)られてもいいから、ちょっとだけでも見せてよー、ねぇ? 聞いてます? おーい」


 リリィはネモを無視して、ミセリアと楽しげに喋りながら出て行った。








 綺麗さっぱりリフレッシュしたリリィは、オルサに連絡し、今日の成果の報告を聞き終わると、すでに日は暮れていた。


 リリィはミセリアと夕食を済ませ、自室に戻ると、倒れこむようにベッドに寝転んだ。


 今日の戦闘の疲れからか、体はすぐに休眠を要求したが、頭の中では今後の方針をどうするかでゴチャゴチャに掻き乱れていた。


 考え込もうとしても、睡魔には勝てず眠りに入る寸前のうとうとした状態が続いた。


 しかし結局、彼女はこの状態ではまともな思考などできないと、ようやく意識を手放した。









 夢を視ている。


 夢の中で『私』は、そういえば最近は忙しすぎて夢を視ることもなかったな。なんて考えていた。


 忙しい? 


 確かに先週は中間テストがあったし、剣道部も大会に向けてさらに練習が厳しくなっていた。

 でもそれはあくまで学生の忙しさの範疇(はんちゅう)だ。


 夢を見なくなったのは、もっと別の理由ではなかったか。



 お昼休み、私はいつも通り教室のすみっこで独り昼食を食べていた。

 今日も授業が終われば、部活に行かなくてならないのが憂鬱だ。

 なぜ私だけ——。


 くすくす、と周りから笑い声が聞こえる。


 私はその内容が聞こえなかったように振舞(ふるま)って、食べ終えた弁当をしまおうとした。

 学級委員が、進路希望を提出するよう呼びかけている。


 私もふざけた志望を書いたまま、未提出だったことを思い出した。

 机からプリント用紙を引っ張り出すと、第一志望には、


 『異世界ファンタジー』と書かれていた。










 次の朝、スマホモドキのピロリンという音で、リリィは目を覚ました。


 確認すると、メッセージが二件きていた。

 最新の一件はオルサからだ。


 『すぐに会って話したいことがある。

 DSSに来てくれ』


 そう書かれていた。


 まだはっきりしない意識のなか、リリィはさっきまで視ていた夢を思い出そうとする。

 しかし彼女はその内容を思い出せなかった。


 リリィは頭掻いて、仕事に思考を切り替えようとオルサに返信しようとしたとき、







 スマホモドキから、再び鐘のような音が鳴り響いた。






 即座にリリィは自室の窓を開け、空を視上げた。



 太陽は、徐々にその光の中に暗闇を溜め始めていた。



 リリィは自室を飛び出すと、ミセリアが声をかけたが、彼女はそれに気付かずそのまま街へ出て行った。








リリィはDSSに向かいながら、オルサと通話していた。


 「状況は? 」


 スマホモドキを片手に、彼女は街なかを走りながら尋ねた。


 「今DSSで黒涙落下予測地点を割り出してる」


 「間に合う? 」


 「着弾までには、だが避難となると厳しい」


 「警告も出せない? 」


 「どこへ? ——まて、結果が出た。



 落下地点は、悪魔領の大都市、インテゲルだ」



 オルサの報告を聞き、リリィは立ち止まって太陽を視上げた。

 道行くおばさんが、彼女を(いぶか)しげに見ていたが、やがてリリィと同じように空を見上げると、驚愕の声をあげて家の中に入っていった。



 太陽はその黒さを増して、辺りは薄暗くなっている。


 確かに、オルサの言う通り、リリィが視た予知も同じ場所であった。






 そして、再び黒い涙は地に(こぼ)れた。




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