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二十話:少女達は翼を生やし、籠から飛びたった






 魔王の雰囲気の変化に、リリィは身構えた。


 「英雄の失踪は、当初悪魔にとって福音が(おとず)れたのだと思われていた。


 神の支配が終わり、悪魔の時代がやってくるのだと。


 だけどそれは違った。


 あの『太陽の黒涙』が起きたからね」


 魔王は口元を歪ませる。

 リリィは口の中が(かわ)いていくのを感じた。


 「もうある程度調べていると思うけど、あれは人間や悪魔、他の自然の動物も無生物も含め全てを消し去る現象だ。


 それで理解したよ。

 神はこの世界を無かったことにするつもりだって。


 あれは今後も降り注ぎ続けるだろう。

 この世界全てが消え去るまでね。


 でも、()せないこともあった。


 ——なぜ、消失がこんなにも(ゆる)やかなのかってね。

 本当に神の力なら消去だって一瞬のはずだ。


 考えた結果、ひとつの推測がたった。


 この世界には、まだ英雄の力を継承したも(・・・・・・・・・・)()がいる」


 魔王の見透かすような視線から、リリィは逃れることができなかった。


 「さて、ようやく最初の問いに戻ったね。


 聖女リリウミア・フェリクス。


 ——キミこそがユタの、神の力を継承した、現在の『英雄』だ」


 リリィはかすれ気味の声で応えた。


 「もし、それが本当だとして、悪魔はどうするつもり? 私に色仕掛けでもするの? 」


 魔王は我が意を得たり、という表情をしながら指を鳴らした。


 「そう! それこそが今日の本題だ。


 ユタのクソ野郎にはボクがちょっと甘い声で褒めそやしてやればよかった。


 けど、キミにそれが効くかどうか、悪魔側が気になるのはそこなわけだよ。


 ただ、他の悪魔と違ってボクはキミに色仕掛けが有効とは思わない。

 だってキミ、正直いまさら恋愛とかもういいって気分でしょ。


 多分悪魔側がどれだけイケメンを送っても、キミはなびかないとボクは見ているよ。

 頭の固い連中は、まだその方法で人間を絞れるって思ってるけどね」


 魔王は苦い顔をして舌打ちする。

 悪魔側もいろいろ大変なのだろうと、リリィは場違いに思った。


 そして、そのイケメンとやらについても彼女は心当たりがないでもないのだ。


 「ならどうするの? その英雄とやらに黙って滅ぼされるの? 」


 リリィの問いに、魔王は口角を上げて答えた。


 「そんなわけないだろう。


 ボクの推測はもう一つある。


 それを確かめに来たのさ」


 そう言ってニヤリと(わら)った魔王は、床に(ひざまず)き両手を絨毯(じゅうたん)に叩きつけた。


 その瞬間、応接室の床も壁も天井も、全てに複雑な幾何学模様の魔法陣が現れた。


 「まずい! こいつ最初から仕込んでやがったな! 」


 ネモがリリィに叫びながら駆け寄る。


 リリィもネモに向かって手を伸ばしたが、その手が届く前に、ネモはブレるように歪んで目の前から消えた。


 いや、それは正確ではない。

 実際はリリィの方が応接室から消えたのだ。


 彼女は気付けば、周りに何もないどこまでも続く砂漠の中で立っていた。


 そして前方の砂漠の赤い砂とは対照的な青い空には、先ほどの飾りとは全く違う翼を広げ二つの尻尾をムチのように打ち鳴らし、長い爪を研ぎ澄ませた完全に臨戦態勢の魔王が浮いていた。


 「ようこそ、悪魔の領地へ。

 熱い歓迎を受けとってくれるよね? 


 キミの力は、英雄ユタに劣る。


 なら、今こそ悪魔が英雄を打倒し得るときなんだ」


 リリィは、周囲にネモがいないことを確認すると、空に浮かぶ魔王を見上げ睨んだ。


 「付き合ってあげる。


 満足するまでかかって来ればいい。


 そしたらわかるでしょう。


 人は絶対に(くじ)けないって」





 その言葉が引き金となり、魔王がリリィに突撃する。


 リリィは大鎌を構えて、振り下ろされる長爪を受け流した。


 振り抜き様に魔王は勢いそのまま横回転して、鞭のようにしなる尻尾でリリィを打ち払った。


 横腹に尻尾を受けたリリィは、そのまま10メートル以上吹き飛び砂漠の地面に後を残しながら滑り転がった。


 「おいおい、まさか本気で『英雄の力』を使わず、人として戦うつもりか? 」


 魔王が尋ねる。


 リリィは脇腹を抑えながら起き上がると、苦しげに答えた。


 「言ったでしょう。人は(・・)、絶対挫けないって」


 魔王はその答えに歯を剥き出して反論した。


 「なめるなよ。人間ごときが、神に頼らず悪魔に勝てるわけがないだろう」


 リリィは右目を見開き口角を上げて魔王に言った。


 「勝てるかどうかは重要だけど、今はもっと大事なことがあるから」


 その返しに、魔王は一瞬なにを言われたのかわからないような表情をしたが、すぐに怒りを浮かべて攻めを再開した。


 「血迷ったか! 自信過剰な人間め! 」


 リリィは魔王が左から振りかぶる爪を大鎌で受け止め、右爪が振るわれる前に魔王の腹を横蹴りし、少し間合いをとろうとした。

 しかし、魔王は蹴りを受けながらも後ろへ宙返りし、尻尾でリリィを下から打ち据えようとしたが、リリィも蹴りの反動で後ろに下がっており、ギリギリで尻尾を回避した。


 お互い踏み込むには数歩必要な間合いで、崩れた態勢を立て直す。


 先に態勢を整えたリリィが間合いを詰めようと一歩踏み込んだとき、魔王が掌をリリィに向け、叫んだ。


 「ぶっ飛べ‼︎ 」


 その手から赤い閃光が(ほとばし)り、砂漠の地平まで届かんばかりの衝撃波が大量の砂を巻き上げた。


 閃光の射線からでる砂埃(すなぼこり)の上空を引き裂いて、リリィが魔王に跳びかかる。


 振り下ろされる大鎌を、魔王は両爪で受け止めると、その衝撃は緩和しきれず地面に伝わり、砂漠に大きな陥没(かんぼつ)ができた。


 歯を食いしばり息を漏らしながらも、魔王は大鎌を弾き、宙空で不安定な姿勢のリリィを右足で蹴り上げ、続けざまに入れかわるように左足を蹴り上げ追撃した。


 大きく宙に弧を描きながら落下するリリィに、魔王は手を横に振り払いながら叫ぶ。


 「これで終わりだ‼︎ 」


 再び手から閃光が放たれる。

 砂漠を蹂躙(じゅうりん)するように薙ぎ払われたその赤い衝撃波を、リリィは防御の態勢をとることも叶わず直撃した。


 辺りは衝撃波により、滅茶苦茶になっていたが、しかしその砂埃のなかに、立ち上がる影があった。


 「……うそだ。あの直撃で生きていられる人間はいない」


 魔王の言葉に、影は答えた。


 「——悪魔はいつも大袈裟に話を盛るよね。別に、あれくらい生き残れる人間はいたじゃない。

 この世界で実際に」


 姿を見せたリリィは、傷だらけでボロボロになっていた。


 左足は骨が見えるほどズタズタになって引きずり、左腕は折れ曲がって、(ひたい)から流れる血で眼帯が赤黒く染まっていた。


 「悪魔大戦のとき、まだ英雄がいなかった時代の、あなたと違って戦闘に特化した先代魔王の攻撃を受けて、生き延びた人がいる。


 今でも人の間では武勇伝として語られてるよ」


 プロド公爵のことである。

 だからあの好々とした雰囲気がありながも眼光の鋭さを持つ老輩は、敬意と親しみを持った人望があるのだ。


 「——はっ。そんな、何百万にひとつの可能性をここで引いて致命傷を回避したってのか? 結局、それも英雄の力のおかげだろう! いい加減本性を現せ! 」


 リリィは大鎌を失い空手の右手を折れた左腕に添えると、ゴキッという音とともに元の位置に戻した。


 続けて両手で砂漠の砂を(すく)うと、左足に(こす)りつけていく。

 傷は砂で補われるように塞がれていった。


 「……そんな方法ありかよ」


 唖然(あぜん)とする魔王に、リリィは痛みで苦しげな声で答えた。


 「一応、この世界の人が可能な奇跡の範疇(はんちゅう)ではあるよ」


 最も、結局ユタが出し渋った没ネタの引用だけど。とリリィは心のなかで舌を出した。


 リリィは再び大鎌を出現させ、両手に握ってだらりと腕を下げ持ち魔王を見据(みす)えた。


 「さ、続きをしましょう? 


 なんど倒れようと、私は諦めないし、


 人は、悪魔にだって負けないから」


 魔王は狂人を見たような表情で一瞬固まったが、すぐに持ち直し、攻撃の姿勢をとった。








 人と悪魔、聖女と魔王、それ以上に、ただひとつの意思として、リリィは魔王と対峙する。

 その意味が伝わるように、願いを込めて、刃を交わす度に、幾重にも想いは積み上げられていく。


 引き裂く鋭い爪より速く、貫く破壊の光よりも速く、その祈りが彼女へ、届きますように。




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