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十三話:今はまだ小さな種でも






 アシグネと合流したリリィだったが、意外にもアシグネからはなにも聞かれなかった。

 彼女はリリィに、明日の出発時刻だけ伝え、自分の仕事へ戻っていった。


 その理由の一端(いったん)はすぐにわかった。


 まずは避難者が増え、単純に作業が倍増していること。

 そして避難者と同時に、周辺地域から災害を聞きつけた冒険者たちが支援に来ているため、その指揮もしなければならないからだ。


 冒険者たちは無償で、物資提供や作業を手伝い、避難所はここだけでなく、いくつも形成されているという。


 しかし冒険者というのは玉石混交の集まりだ。


 基本的には善意を持って支援をしようとしているのだが、慣れない事態に混乱する指揮系統もあり、中には作業の邪魔になってしまうもの達もいた。


 危機の中で正しいことする難しさを、リリィはあらためて感じていた。



 彼女はそれでもなんとかできることをやろうと、精一杯働き、アシグネに、深夜だからもう寝ろ、と首根っこをつかまれ無理やり寝床に叩き込まれると、よほど疲れていたのだろう、すぐに眠ってしまった。










 その夜は、あまりに疲れて眠りが深かったのか、夢を視ることはなかった。










 翌朝、リリィが起きると、すでに騎士団が朝の配給を始め、長い行列ができていた。

 その他にも、いたるところで避難した人達が家族や知り合いを探す声が聞こえ、再開を喜ぶものもあれば、訃報(ふほう)に泣く声もあった。


 空を見上げれば雨はあがっていたが、曇り空で太陽は隠れていた。


 彼女は配給を受け取るつもりはなかった。

 しかし、騎士団の兵士の一人が食べ物と水を持ってきて、受け取らないと自分が隊長に殺されるというので、とりあえず受け取ると、兵士は安堵の表情を浮かべて仕事に戻っていった。


 「どうするんだ。それ」


 ネモがあくび混じりに聞いた。


 リリィが答えあぐねていると、どこかから喧騒が聞こえてきた。



 「悪魔だーっ! 悪魔が攻めてきたぞー‼︎ 」


 避難者であろう村人のひとりが、走りながら叫び周っている。


 騒めきはどんどん波及していく、リリィの近くにいた小さな子供が、母親と思われる女性に喋りかける。


 「あくまくるのー? えーゆーユタがやっつける? 」


 リリィはその子供に食べ物と水を渡し、騒ぎの方向に走っていった。


 母親は、ありがとうございます! とお辞儀したが、リリィに届いたかはわからなかった。






 リリィが現場に着くと、すでに戦闘は始まっていた。


 背後の避難キャンプを守るように戦列を組む冒険者達の前には、黒い泥に包まれ、赤い眼を光らせる悪魔達がいた。

 悪魔の数は正確にはわからないが十や二十ではすまないであろう多勢であった。


 その悪魔達の中には、狼のような体躯と金の鱗をもつ一昨日出会ったあの悪魔と、昨日倒したはずのユニコーンも含まれていた。


 「うそ、なんで……」


 リリィの戸惑いの声と同じように、周り冒険者からも困惑した会話が聞こえる。


 「おい、なんであいつらのステータスが不鮮明なんだっ」


 「攻撃してるのに、HPが減らない⁉︎ 」


 「痛いっ。あいつらの攻撃を食らってもHPダメージは受けてないのに、なんで血が出て痛いんだよっ」


 今のリリィにとっては、どうにもその会話を聞くと違和感しかないのだが、しかしこの世界にはもともとステータスがあったという事実だけは確かであり、当然それを前提として彼らは真剣に話しているのだ。


 だが、そのステータスの数値は神であるユタが特に計算式などもなくその場のノリで適当に創ったものだ。


 だからユタがいなくなれば、その数字が変わらなくなるのも当たり前である。

 つまりもうこの世界には経験値もレベルもスキル習得もなにもないのだ。

 


 そして、今この場にいる全員が、いや全人類が向き合っているのは、数値化や記号化されたものでない、この世界だけの原理そのものである。

 それは成長や進歩が止まることを意味するわけではなく、むしろ(テンプレ)に押し込められ切り捨てられていた可能性を開く鍵となり得るものだ。


 リリィにはすでにわかりきっていたことだったためそこに驚きはない。

 他の人達とは違い、彼女にとっての懸念(けねん)は、倒したはずの悪魔が復活していることなのだ。


 リリィがどう動くか思案していると、少し遅れて、アシグネが戦列後方にたどり着き加わった。



 その時だった、前列で戦っていた剣士が、悪魔の爪で首を()かれ、大量の血を撒き散らしながら倒れた。


 「セルバス‼︎ 」


 彼の仲間と思われる僧侶の女性が、他の冒険者と協力し、彼を戦列後方に運んだ。


 「セルバス‼︎ ねぇ起きて‼︎ まだHPは残ってるじゃない! なんで治癒が効かないの⁉︎ 状態異常もなにもないのに……。どうすればいいの? だれかっ、高位の奇跡を使える人はいないの⁉︎ 」


 泣き叫ぶ僧侶に、リリィは声をかけようとした。


 その前を、ネモが立ち塞がる。


 「まさか、こいつを助けるつもりじゃないだろうな」


 試すようなネモの視線に、リリィは同じく視線で、違う。と返して彼らの横に座り話しかける。

 僧侶の女性は縋るような目でリリィを見ていた。


 「ごめんね。この人を助けることは、もう誰もできないの。たとえHPがまだ残っていても、彼はもう死んでしまった。ステータスに頼らないでほら、脈を診て。呼吸や瞳孔や傷口も。この世界で死者を蘇らせる奇跡は、神様くらいしかできないから。残念だけど、彼はもう戻らない」


 正直に言えば、リリィは彼を生き返らせることができた。

 しかし、あの厄災を見て、いままでこの世界で生きてきて、そんなことは軽はずみにできるわけがなかった。


 僧侶は彼にしがみつき、咽び泣いていた。




 リリィは己の決断が、本当に正しいのか、自信がなかった。


 思慮に(ふけ)るリリィの背後から、アシグネが話しかけた。


 「聖女様。今のはいったいどういうことでしょうか」


 アシグネは鋭い目つきでリリィを睨んでいる。


 リリィは慎重に答えを探した。


 「もう、この世界のステータス表記は、信用できない。ということ。

 でも、あの悪魔達のHP表記が減らずとも、死なないわけじゃないから。


 今から私が証明してみせる」


 そう言ってリリィは大鎌を構え、戦列の最前線に飛び込んでいく。


 ——死なないわけじゃない。


 リリィは自分が言った言葉が本当であることを祈ろうとして、祈るべき神がもういないことに気付いた。


 ならば信じるべきは自身の力のみだ。




 前列冒険者の頭上を飛び越え、そのままの勢いで大鎌をなぎ払い悪魔を蹴散らす。


 断末魔をあげ真っ二つに分断された悪魔は、赤い眼を光を徐々に弱らせ、動かなくなった。



リリィは振り返り、大鎌を戦旗のごとく(かか)げ、冒険者達に向かって叫んだ。


「こいつらは対処できない化け物なんかじゃない! 誰が決めたかもわからないステータスなんて数字に惑わされるな! 戦いは自分の力を信じて、自分で頭で判断しろ! 行くぞみんな私に続けぇぇぇ‼︎ 」


 冒険者達は一斉に勝鬨(かちどき)を挙げ、戦陣に突っ込んでいった。





 たとえハリボテであろうと、この世界にはいくつもの文化、歴史が刻まれてきたのだ。

 そこには悪習ももちろん含まれている。

 だけどいきなり全てを変えられるかといえば、そんなことはない。

 人ひとりの力では、そんなことは不可能だ。


 神の力を使えば、世界の改変など一瞬だろう。


 しかしそれでは意味がない。

 英雄ユタに依存しきっていたこの世界が証明している。


 一歩ずつ、歩くような速さで、少しでも明るい未来への種をまいていくしかない。

 たとえその種のうちから、新たな悪が芽生えようとも。








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