十二話:デウス・エクス・マキナ
次々跳び掛かるユニコーン達を、リリィは大鎌で断ち切っていく。
雨脚は強まり、彼女が大鎌を振るうたびに、水しぶきが円形の軌跡を残した。
リリィが持つ大鎌は、三日月を半分に割ったような反りのある銀色の刃のほかに、その反対側と先端に槍のような形状の刃が付いていて、ハルバードのように使えるものだ。
実際、彼女は突進してくるユニコーンの角をさばき、先端の槍で突き刺し離脱するような戦法をとっている。
だが、大鎌の真骨頂はそこではない。
そもそも、大鎌は作物や雑草などを刈るための農具である。
リリィがこれを武器に選んだのは、彼女が農村の生まれで、幼いときから雑草刈りの手伝いとして大鎌を扱っていたからだ。
死神が大鎌を持っているイメージも、豊穣を刈るところと魂を刈りとることを重ねたことからきている。
だが、死神が首を刈っているイメージと違い、リリィの大鎌の極意は、草刈りと同じ、下段を狙うことにある。
狂ったように赤い眼を向け突進を繰り返すユニコーン達の脚を、リリィは避けざまに切り落とした。
当然、ユニコーンは転び、立ち上がることはできない。
そこを彼女は、瞬時に近づき、その首を跳ね飛ばした。
二撃必殺の死神。
リリィがユタと共に旅をしていたとき、彼女が「脚刈り」の二つ名で恐れられた所以である。
それでも他のユニコーンの戦意は衰えることはない。
その興奮状態はあきらかに異常だった。
完全に正気を失っている。
「どうする⁉︎ 使うのか? 」
遠巻きに戦闘を見ていたネモがリリィに叫んで問う。
「ネモは弱っちいんだからそこで黙って見てて‼︎ 」
叫び返すリリィだったが、しかし実際、戦っていて違和感があるのだ。
また襲いかかってきたユニコーンを返り討ちにする。
しかしなんども何体殺そうとも、勢いが衰えないばかりか増している。
彼女はふらりと、立ち眩みのようなものを感じた。
「こい、つら、私の力を、吸い取ってる……? 」
直感を信じ、リリィは長期戦は不利と判断し、眼帯を外し左眼の力を全開にさせた。
そうして、『私』は世界を視た。
今の私には、ユニコーンの息づかいや心音、空から落ちる雨粒の一粒一粒、遠く離れた避難所の村人と兵士の会話、次になにが起こるのかまでわかってしまう。
全てが解放され、自由に世界を動かせる。
この世界のすべてが私の手の内にあった。
試しに私は右手を前に突き出し、手の中にユニコーンの心臓があると思いながら握ってみた。
ぐしゃり、という音がして、ユニコーンの一頭が倒れた。
ああ、なんて回りくどい。
神にそんな面倒くさい過程なんていらない。
私は、ユニコーン達を皆殺しにした。
気がつくと、リリィ達の周りにはユニコーン達の死体が転がり、辺りに悪魔の気配はなかった。
瓦礫に埋もれて一部の脚しか見えないもの、溜まった水に浮かび膨れ上がっているもの、焼け焦げて元の姿がわからないもの、圧倒的な力で押しつぶされ折れ曲がって原型をとどめていないもの、眠ったように横たわるもの。
リリィはその光景と重なるものを、今日、見ている。
ここに来るまで、ずっと彼女は生存者や救助する人達の手伝いをしながら歩いてきた。
それだけだったか。
彼女が見たものは。
道中見た、人だったものがフラッシュバックし、彼女は嗚咽し胃の中のものを吐き出した。
震えながらリリィが左眼を触ると、そこにはちゃんと眼帯がしてあった。
いつの間にか彼女のそばに来ていたネモは、雨に打たれながらリリィを見つめていた。
「ネモ、私……」
「なにも言わなくていい。それが神の力の本質だ。それを覚えておけばいい」
リリィは身震いしながらも頷いた。
リリィは降り止まない夜の雨の中を、ネモの背に乗って避難所へ帰る。
ゆっくりと歩くネモに、リリィは尋ねた。
「ねぇ。あなたが、その……。死んだとき、どんな最期だったの? 」
ネモはしばらく間を置いて、すでに記憶は曖昧だが。と前置きして、溜めていた息を吐き出すように語った。
「俺は、俺達ユニコーンだって、全員が村人を裏切ったわけじゃなかった。
ごく少数だが、攻め入った悪魔に立ち向かったやつらもいたんだ。
俺は村が焼き払われるの見て、なんとかしなきゃって必死でな。
見返してやりたかったんだ。
俺は精霊の森で低い扱いだったからな。
ユニコーンのカーストは、毛並みの良さと、角がより細く長いやつが優秀とされる。
俺の角は太く短かったから、よく馬鹿にされたよ。
でも、君の言う通り俺は弱かった。
あっさりと角を折られ、返り討ちにあった。
他の立ち上がったユニコーンもみんな、そんな風にどこか脛に傷を持ってた。
ま、負けるのも当たり前の話だ。
その後は君も知っての通り」
ネモは、リリィが神の眼の力で蘇らせたユニコーンだった。
正確には蘇生ではなく、再現のようなものだが。
その再現率とて、元とはすでに大きく異なっている。
ネモには言ったことはないが、リリィはユタに助けられたあと、一度彼と故郷に戻ったとき、家族の遺留品などは見つからなかったが、一つだけ拾ったものがあった。
それは竹の子の先端みたいな形の折れたユニコーンの角だった。
彼女はそれを、ユタにも内緒で、ずっとお守り代わりに持っていた。
ネモはその角を媒体に精霊の泉で生み出した。
いや、リリィにしか認識できないものなのだから、生んだというのが正確なのかはわからない。
ただ、なぜそんなことをしたのかと、彼女に聞けばこう答えるだろう。
独りでいるのは、寂しかったからだ、と。
「ひとつ、アドバイスしておく」
ネモは前を向いたまま話した。
「『あれ』の力を使うときは、もっと具体的に過程を思い浮かべろ。そのほうが力の消費は少ない。それと……」
——それと。とネモは珍しく歯切れの悪い喋りをする。
言うべきか迷っているのだろう。そのふたつめの助言を話すべきか。
リリィはそっと息を吹きかけるように、なぁに。とネモに問いかけた。
「……もしもほんとに。
——本当に君がこの世界を続けるのが嫌になったら。
その力を全部使って、こう呟けばいい。
『光あれ。そして人々は永遠に、平和で幸せな暮らしをしましたとさ。お終い』
——ってな。
それで全部、かたがつくから」
リリィはネモの首を静かに抱きしめて、「うん、ありがとう」と囁いた。
前方に、雨の向こうに霞みがかって避難キャンプが見えてきた。
どうやら避難してきた人はかなりの多さに上っているようだ。
灯りとテントの数は最初より倍以上に増えている。
その入り口、検問のような場所に、アシグネがじっと立ったまま、リリィを見ていることに気付いた。
ネモから降りて歩いていた彼女は、表情を引き締める。
それでも、彼女の歩みが鈍ることはなかった。




