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十一話:右手には鎌を、左手には紅百合を






 リリィとネモは、黒い泥が引いた村へと歩いていた。


 時折、生き残った人達や、避難援助をする兵士が通り過ぎていく。

 リリィは村人に避難所の場所を伝えたり、怪我の具合を診たりしながら、村々を回っていった。


 どこも瓦礫(がれき)にまみれ、火災の煙があちこち上がっている。

 石造りの家も木造の家も、全て押し流され、建ち残っているものはほとんどなかった。



 一面の焼け野原を歩き続け、少女は自分の故郷へ帰ってきた。


 もともと、悪魔に滅ぼされた村の廃墟が残っていただけだったが、今やここも荒れ果てた瓦礫ばかりだった。


 リリィはその残骸を指差しネモに語り歩く。


 「あそこには、脱穀場があったの。このあたりは珍しく平地続きで水源も豊富だったから、麦が主流じゃなくてみんな稲作をやってた。畑もあったけどね。——


 ——あっちはお肉屋さん。売ってるのはだいたい鶏肉だった。田んぼの害虫を食べる水鳥をね、作物が育つまで貸して、まぁ鳥はできた稲穂も食べちゃうから、その前に捕まえて、みんなで食べるの。たまに冒険者とか商人とかが大っきい猪肉(ししにく)(おろ)したりして、そのときは村のみんなちょっとしたパーティー気分だったなぁ。——


 ——ん? 牧畜はとなりのもっと大きい村がやってたから、そこからミルクとか、チーズとかも買ってたかな。——


 ——お魚屋さんもあったよ。確かあのあたり、釣った川魚だったり、下流の漁村から卸した魚を売ってた。晴れた日はいつも魚が天日干しされてて、あそこのおじさん、ちょっと生臭くてにがてだった。……子供だししょうがないでしょ。——


 ——あれはなんだったのかな。川の近くにちょっとした小屋があったんだけど、多分田んぼへの水量とか調節してたんだと思う。子供のときはよくわからなかった。——


 ——こっちは私のお向かいさん。四人家族で住んでて、私よりちょっと年上の男の子がいて、よく一緒に遊んでた。——


 ————そして、ここが私の家。両親と私だけの小さな家だった」


 いろいろな場所を説明しながら周ってたどり着いた、リリィの指差す場所には、なにもなかった。

 住居の基礎部分だったらしき石がいくつか見えたが、天井も外壁も、まして家具などの(たぐい)はまったくなかった。

 雑草が()(しげ)っていたのだろうが、それすら流れてきた倒れ木や土砂、瓦礫に埋もれている。


 ネモは静かに口を開く。


 「ユタに助けられたあと、ここには来たのか」


 「うん。でもその時点で悪魔にやられてから、だいぶ経ってたから、建物とか荒らされてて、遺留品とかはほとんどなかった」


 それでも、ここに故郷があったこと伝える、大事なものだったのだと、今更ながらリリィは痛感していた。


 その後、彼女たちは周囲を一回りしていたが、途中、あるものに気が付いた。


 それは村のはずれ、精霊の森へと続く道の脇にある大きな古木だった。

 あの黒い大波にも耐えて、大樹は地に根を張り立っていた。

 しかし、痛み具合は酷く、なにもしなければそのうち枯れるだろう。


 「……これ、たしかユニコーン達との契約を結ぶ御神樹だ」


 この大樹の前で、彼女は生け贄の巫女に選ばれた。


 村の守護霊であり村人達を裏切ったユニコーン達と、角の折れたピンク色の毛並みと六脚をもつ一角獣のネモは、別の存在ではある。

 が、まったく無関係とも言えない。

 ネモは複雑な感情を抱いたままリリィに問いかける。


 「今でも、村を守らなかった奴らを恨んでいるか? 」


 リリィは、しばらく無言だった。

 やがて口開いた彼女の声色は弱々しく、(むな)しさを感じさせた。


 「……なにを恨めばいいのか、責任はどこにあるのか。今の私にはもうわからなくなっちゃった」


 ユニコーンは、精霊や守護霊と呼ばれてはいたが、実際は悪魔と同じ、人とは違うものである。

 いやそれでは語弊(ごへい)がある。実際悪魔と同種、そのものなのである。


 そんな悪魔に頼った村人が悪いのか、契約を守らなかったユニコーンが悪いのか。

 村を襲った他の悪魔が悪いのは確実かと思っても、そうした悪魔と世界と運命を創ったのはユタであることを、リリィは知っている。


 他にも、悪意や不幸の種なんて、どこにでも落ちている。

 誰のせいにだって、しようと思えばいくらでもできる。

 だから怒りや悲しみの矛先(ほこさき)が、どうにもあやふやなのだ。


 「一応、この大樹は村で残った唯一のものだが、どうする? 」


 ネモはこれを保存するべきなのかリリィに尋ねる。

 確かに、今やこの樹は村があったただ一つの証拠である。


 後世で希望や悲劇の象徴のモニュメントとなり得るかもしれない。


 しかしそれは今の危機を乗り越えたあとに考えるべきことだろう。


 リリィとて、この村を残したい気持ちはある。

 誰よりもそう思っている。


 けど今はこの大樹に力を使うことはできない。


 リリィはネモにそう告げた。


 「戻ろう、避難してきた人達を手伝わないと」


 ネモは、わかった。と頷いて、リリィのあとに続いて避難所へ戻ろうとした。


 すっかり夜になった曇り空の下、あたりはまだ消えない火の明かりが赤くぼやけて見えていた。


 そのとき、壊滅した森の奥から、なにかたくさんの気配が、彼女達に向かってくることに気付いた。


 「なに……? 」


 警戒するリリィに、ネモは、わからん。と応える。


 「わからん、が、構えておけ。この気配、明らかに人では無い」


 リリィの手に大鎌が現れる。

 握った手の甲に、ポツリと雨粒が落ちた。


 森の闇から現れたのは、赤い眼を爛々(らんらん)と光らせた、全身が真っ黒な泥にまみれたユニコーンの群だった。


 「ユニコーン⁉︎ ありえない‼︎ ユタが全滅させたはずなのにっ」


 リリィは叫んだが、同時にフィズの言葉も思い出していた。


 『未確認ですが以前ユタと一緒に倒したはずの悪魔が復活したという情報も入っています』


 ユニコーン達は、元々は白い毛並みに銀色のたてがみと細く長い一本角を持つ四つ足の馬のような見た目は美しい魔物であったはずだ。

 だが今彼女達の目の前にいる奴らからは、あの太陽の黒い泥と同質のなにかを感じさせた。

 焦るリリィだったが、しかし彼女は元精霊の泉の巫女である。


 ユニコーンであれば、あるいは対話も——


 「くっ——」


 ユニコーンに対し、話をしようと語りかけたリリィを、ユニコーン達は問答無用で攻撃した。


 奴らの突進をなんなく大鎌でいなすことはできたが、彼女の表情には怒りが浮かんでいた。


 「——そう。以前の巫女(・・)であった私は偶像(アイドル)のごとく、その実態は奴隷のように(あつか)ってくれちゃってたのに。今の私(・・・)はお気に召さない、ってわけね」


 自分で食べ損ねたから(・・・・・・・・・・)。と彼女が言うと、ユニコーン達は一斉(いっせい)(いなな)き彼女を襲った。


 「刻んであげる」


 降り出した雨の中で大鎌を構え、リリィはぺろりと、自分の唇を舐めた。





 ゆっくりと、雨雲は空を覆い、星々のきらめきを隠してしまう。

 そして生き残った人々にも雨は冷たくのしかかる。

 だが、増していく雨脚は、同時に壊滅状態で手の付かない火災の勢いを弱め、雨水は貯めることで少しは生活水不足のたしになるだろう。


 一つの側面で世界を視ようとしても、物事がうまくいくことはない。

 なぜなら、この世界は完全な球形をしていないのだから。





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