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十話:決断原理






 避難キャンプにたどり着くと、村人はみな疲れた顔で、しかしそれでもお互い助け合いなんとか寝床を確保しようと、簡易的なテントを作っていた。


 「状況は? 」


 アシグネが避難民を指揮していた部下に尋ねる。


 「はい。現在黒い泥は引き、取り残されていた生存者の捜索を住民とも協力して行っています。並行して、居住スペースの確保と生活に必要な物資の調達を進めています。ただ、どうしても全てにおいて人手も物資も不足している状態です」


 話を聞きながらリリィは辺りを見回す。

 必死に作業をしながらも、村人達は時おり空を見上げては(おび)えた表情を見せる。


 空模様は変わり今はまだらに鱗状の雲がかかっている。

 太陽が雲に隠れ辺りが一瞬暗くなるたびに、『あれ』の恐怖が蘇るのだろう。


 「雨が降るな。テントの設置、急がせろ」


 アシグネの指示に兵士は、了解しました。と敬礼して作業へ向かった。


 「聖女様はこちらへ」


 アシグネが指す方向にあったのは、周囲の簡易的なテントとは明らかに造りのできが違う、しっかりした聖都軍の拠点用のものだった。

 中に入ると、聖都騎士団の隊員達が(せわ)しなく出入りし働いていた。

 リリィは奥の作戦会議所と思われる場所に通され、テーブルに着くよう言われ従った。


 アシグネは自分も椅子に座ると早速、さて。と切り出した。


 「聖女様、この度はご無事でなによりでしたが、聞かなければならないことが山ほどあります。


 まず、なぜ聖都から急に出て行ってしまわれたのですか? 」


 リリィは雰囲気に気圧されながらも、正直に話した。


 「私は失踪した英雄ユタ・クレメンスを探すため、彼と旅の道中立ち寄った場所を巡っていました。そのことは私の侍女に伝えてあったはずです」


 ええ、聞きました。アシグネは頷いて、続きを促した。


 「結果は? 」


 「結果は……」


 どこまで話す? リリィは即座に決めなければならない。


 彼女はフィズの言葉を思い出す。


 『それと、リリィが持っている力に関しては、わたし以外には話さないほうがいいと思います。きっと、面倒なことになります』


 今フィズを信用するかどうかは別として、確かに『英雄の眼』はリリィが持っている最大の切り札である。


 リリィは慎重に言葉を選んだ。


 「英雄ユタ・クレメンスは、私の婚約者は、二度と帰って来ない。ということがわかりました」


 真っ直ぐリリィを見通すように見つめていたアシグネの視線が、はっきりと揺れた。


 「そう、ですか。その根拠は? 」


 リリィはどう答えるべきか思案する。


 「彼の遺体を発見しました。精霊の泉です。

 でも、おそらく遺体はあの黒い泥に飲まれ、もう見つからないでしょう」


 真実は言っていない。しかし全てが嘘なわけでもない。

 リリィは内心の緊張を悟られないよう気を配った。


 「最悪、洗脳しちまえばいいさ。泥棒猫、もといネンゴロ騎士だろ? そいつは」


 ネモがテーブル上の地図に頭を乗せながら、くっころ、ねんごろ。と茶化す。

 アシグネはテーブルに肘を置き両手を(あご)の下で組み考え込む。


 「……なるほど。わかりました。それは聖都にとって一大事です。


 聖女様には今すぐ私と一緒に聖都へと戻っていただきます」


 アシグネの言葉に、リリィは(あせ)った。


 「まって。別に聖都に戻るのはかまわないけど、ここはどうするの? 

 今ここを仕切っているのはアシグネでしょう? 」


 「その通りですが、しかしそもそも、これは正規の仕事ではありません。


 我々は今、聖都議会の無許可で、ここに滞在しているのです」


 アシグネの困り顔に、リリィは複雑で厄介(やっかい)な事情を察した。


 「それは、どこから? 私の捜索は? 」


 「聖女様捜索事態は、グレーではありますが、ユタに友好的であったプロド公爵に支援いただき法解釈を拡大し例外的に動いていました。


 しかしそれはあくまで私の騎士団が聖女様および英雄ユタ・クレメンスを捜索することについてのみです。

 このような事態については想定されていません。


 我々が独自に動くことを、聖都議会は良しとしないでしょう。

 たとえそれが緊急時の災害対処であっても、聖都軍――失礼、聖都守備隊に好き勝手させてはいけないという意見が複数の聖都議員から出ています」


 そこでアシグネは一息つく。

 その表情には呆れと諦観(ていかん)(にじ)んでいた。


 「その理屈事態は理解できないこともないのですが。彼らは結局、自身の既得利権を守ることを優先しているに過ぎません。――あくまで自分の個人的な見解です。


 ともかく、だからこそ一刻も早く聖都に戻り、正式に増援を要請しなければならないのです。

 そのためには聖女様の力添えが有効でしょう。

 どうかご協力をお願い致します」


 頭を下げアシグネはリリィの言葉を待つ。


 リリィとて、彼女の意見におおよそ同意しているが、確認しなければならないことがある。


 「大体は理解したわ。でも聞いておきたいんだけれど、今の聖都の状況に、私が入って大丈夫なの? フィズからはかなり危険だって聞いてるけど」


 アシグネは再び顎の下で手を組み考える。


 「確かに、我々が出立するころには政情も民衆も不安定でした。

 そして一昨日のことですが、聖都議会から早馬で伝達がありました。

 そろそろ暴動が起こりそうだから帰ってきて自分たちを守れ、と。


 悪魔からの防衛のためであったはずの聖都守備隊の名が聞いて呆れますが、しかし無視するわけにもいきません。

 伝令兵には、少し返答を待ってもらっていましたが、先の『あれ』が起こりましたので、すぐには帰投できないことを伝えるよう言い渡しました。

 ただ、これはあくまで時間稼ぎですし、議会から私に責任を問う声も上がるでしょう」


 アシグネは一旦言葉を切り、そして遠慮がちに口を開いた。


 「可能性としてですが、聖女様がお戻りになり、行政に対し不満を持つ彼ら民衆を説得すれば、あるいは内紛という最悪の状況を避けられるかもしれません」


 英雄ユタと聖女リリィの婚約は、都民に希望をもたらしましたから、と彼女は付け加える。


 「突然の凶報に難しい立場、心中お察ししますが、どうか一刻も早いご決断をお願いします」


 アシグネは再度頭を下げる。


 彼女の話に乗れば、それはリリィにとって否応なく正面から政治闘争に踏み込んでいくことを意味する。

 フィズと話していた作戦とは真逆を行く形になるのだ。


 彼女はすでに決断している。

 だが、問題はそれが本当に正しい選択なのか判断できないことだ。


 いや、違う。


 正しいかどうかは重要ではあるが、芯ではない。


 リリィは目を(つむ)り己の心と対峙する。


 彼女はもうすべきこと、決断は済ませている。

 なのに何故、その喉からすぐに声が出ないのか。


 理由が、わからなかったからだ。


 自分の決めたことに、理由を『視つける』ことはできる。


 しかしそれは自分の中にあったものではない。

 どこかから寄せ集めてきた、(まが)い物の理屈だ。


 それでは、あの英雄がやっていたこととなにも変わらない。


 だから、彼女は探さなければならない。

 誰かの言葉ではなく、自身の内から出る心を。


 「わかった。私も聖都に行く。でも1日だけ時間をください」


 アシグネは頷いて応える。


 「1日、それが限界です。いいですね」


 リリィも頷き返すと、テーブルの下に寝ていたネモが、のそりと這い出てくる。


 ネモとリリィは眼を合わせると、立ち上がってテントから出て行こうとする。


 そんな彼女の背中にアシグネが声をかけた。


 「その眼帯、なぜしているのですか? 聖女様の動きは、片目が見えない人のものではありません」


 リリィは振り返り、少し考えて答えた。


 「……ユタの、形見よ」


 立ち去る彼女に、アシグネは深く追及しなかった。






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