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一話:眼帯少女とピンク色の激しい馬



 「ねぇ」


 鬱蒼(うっそう)とした森の中にポツンと存在する泉のほとりで、一人の少女と、一頭のユニコーンがくつろいでいた。


 「ねぇ」


 少女の歳は十代半ばくらいだろうか。(つや)のあるシルバーブロンドの髪を後ろで結いあげ、純白のドレスを(まと)い、目鼻立は整いとても見目麗(みめうるわ)しかったが、その左眼には眼帯がされており、見る人がいれば少々痛々しさを感じさせただろう。


 名をリリィ、――リリウミア・フェリクスという。


 「ねぇってば」


 リリィはユニコーンに声を掛ける。その一角獣のほうも、毛並みは極彩のピンク色で足は六本あり、さらに頭の角はポッキリと折れていると、これまた珍妙な外見をしていた。


 名前はネモという。リリィが付けた名だ。


 一人と一頭は、水辺近くの低い草むらに横たわり、一角獣の横腹を枕に少女は頭を乗せている。


 「……んあ、――なんだよ。起こすなよ」


 寝起きの眼を瞬かせゆっくりと首をもたげる。

 そんなネモに彼女はまくし立てた。


 「続き。書いてよ」


 「あ? 」


 「続き、書いて。お願い」


 「疲れてんだよ。寝かせろよ」


 「ダメ。書いて。じゃないと、世界が終わっちゃう」


 「そりゃそうだけどよ。俺に頼んでも仕方ないだろ」


 「……やっぱりダメなの?」


 「無理だな。俺は神を信じてないから」


 ネモはそう言ってリリィを突き放す。

 すると彼女はみるみる目に涙を溜め(うつむ)いてしまった。


 「なんなんだよ。泣くなよ。そんなに物語が続いて欲しいのか? 」


 しょうもない話だったろうに、と吐き捨てるネモを、リリィは顔を上げて涙目で睨みつけた。


 「――私にとっては、それが全てだもん」


 涙をこらえ呟くリリィに「わかったわかった、良いこともあったよな」と適当な返事をすると、ネモは再び眠りについた。


 結局、少女の願いは届かない。しかしそれはわかりきった答えであった。

 そもそも彼女が欲しかったものは一角獣では与えられない。


 「わかってる。もう続きはないんだって」


 震える声色に、言葉とは裏腹な願望が滲んでいた。


 かつて、リリィは冒険をしていた。

 この世に蔓延(はびこ)る悪魔と戦うために、ユタ・クレメンスという青年と彼の仲間達と一緒に旅をしていた。

 幼い頃に故郷を悪魔に滅ぼされ、以後精霊の泉でユニコーンの奴隷として過ごしていた彼女は、ユタがユニコーン達を全滅させたことで救われ、彼についていくことになったのだった。

 彼は強かった。無敵といっていい。負けることはおろか苦戦することすら一度たりともなかった。


 悪魔達を次々薙ぎ倒し、ついには悪魔に占拠されていた聖都を奪還さえした。

 人々は彼を英雄と称えた。


 ――そうして手に入れた聖都の邸宅で、少女と英雄は穏やかな日々を過ごしていたのだ。


 しかし、ある日英雄ユタは失踪した。


 聖都を取り戻したとはいえ悪魔との戦いはまだ道半ばである。

 だが世界のどこにも、彼の姿は見つけられなかった。


 代わりに、この泉で――ユタと出会った思い出の場所で――彼女は『英雄の眼』を見つけた。

 その眼はリリィの左眼に取り憑き、この世界の真実を視せた。


 英雄ユタの正体は、この世界を創造した神様であった。


 人に扮した神は、その正体を隠し一部の記憶を自ら封印し、自身が造った世界に転生したのだ。

 そうして敵役として配置した悪魔を倒して英雄となる。


 つまりすべて彼の創造した箱庭でのマッチポンプでしかなかったのだった。


 それでも良かった。

 見捨てられた少女は悲嘆する。

 彼と一緒に過ごした日々は、――何かあるたびハーレムを築いていくのは別として――楽しかったのだ。


 なにがいけなかったのだろう。

 精霊の泉の上空で太陽が傾き始めても、彼女は考え続ける。

 死んだように静かな森の中で独り、やがて訪れる夜を恐れながら。








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