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第一章 閻天拳王は村娘に憑依する 8

「ジェフ……ジェフ」

 子供が母親に甘えるような声が窓際の椅子に座っていたジェフを呼んだ。

「……ん? エリナお嬢様?」

 ジェフは目を薄っすらと目を開いた。自室での執務中にどうやら眠ってしまったらしい。主人の娘であるエリナ嬢の出現にジェフは慌てて立ち上がった。

「あら、そんなに慌てなくてもいいのに……ジェフ……疲れてるの? 」

「い、いえ……すみません。どうやら陽気にやられていたようです」

 これはジェフの嘘だった。本当はエリナの護衛としての仕事で疲れていたのだ。護衛者は常に気を張っていなければならない。そんな折、書類の作成まで任されて眠ってしまったというわけだ。

「無理しないでね。ジェフ」

「はい。それでお嬢様。ご用件はなんでしょう?」

 ジェフは十五の頃から、エリナの護衛を務めている。それから十年、十歳の幼い少女はみるみるうちに成長し、女性らしい体つきをした美女に成長していた。

(本当に大きくなられたな……)

 ジェフは父親の様な顔でエリナを見た。そこに恋愛感情は無い。ただ愛おしい者を見る目があった。

「ジェフ。これから散歩に行きたいの。ついて来てくれる?」

「は……散歩ですか?」

「そう、お父様には内緒よ。いつもの丘までいきましょう」

「は、はぁ……」

 エリナが無理をいうのは初めての事ではない。貿易で財を成した、クリスワード家のご令嬢という立場の息苦しさもあるのだろうとジェフは解釈していた。

「じゃあ行きましょう! 馬はジェフの馬ね!」

「ええ、わかりました。エリナ様、あまり慌てないで、お怪我をされてしまいますよ?」

「もう! 子供扱いしないで!」

 エリナはジェフの手を引いた。ジェフは微笑みながらそれに付き添った――。



「う~ん気持ちいい! ねえジェフ!」

「ええ、そうですね」

 二人が来たのは一面に花畑が広がる小さな丘だった。勿論、手入れはクリスワード家の侍女達が行っている。それでもきちんと手入れされたその場所は美しい光景だった。

「よくお父様に怒られた時はジェフがここに連れてきて私を慰めてくれたわ」

「そんな事もありましたかな?」

 ジェフも当時は若く、年の近いエリナのお守はジェフの仕事だった。今は大人になった女性のエリナの面倒を見る機会は減っていたが、いい思い出あった。

 それからしばらく二人は談笑していた。エリナはジェフが用意した布の上に座り、ジェフは身分を弁えてか、その傍らに立つ。それはとても穏やかな時間だった。

「ねえ……ジェフ。貴方、これから騎士団に入るんでしょ?」

 談笑の隙間をぬって、エリナが寂しげな表情を浮かべ、そう言った。ジェフはそれに頷く。

「ええ、この間の魔族との戦の功績が認められ、騎士の称号を拝受する事になりました」

 平民の出のジェフがこうして騎士にいるという事はとても稀な事だった。そしてそれは武を志す者にとって、とてつもない名誉だった。

「そう……」

 しかし、それにエリナは喜んでいる様子ではなかった。

「どうかされましたか? エリナ様」

 心配そうに尋ねるジェフにエリナはそっぽを向く。

「ふん……ジェフは騎士になって、どこか遠くにいってしまうのね」

「いえ……あの騎士になりましても休日はありますし……えっと、そんなに遠い場所では……」

「距離の問題じゃないの馬鹿ジェフ! バカ!」

 エリナが癇癪を起すのは珍しい事ではないが、その様子がいつもと違う事にジェフは戸惑った。

「エリナお嬢様?」

「もう! ジェフの馬鹿! 私はジェフの事が好きなの! だから騎士になって欲しくないし! どこにも行って欲しくないのよ!」

「え? 好き?」

 ジェフは額から汗を流した。

「そ、それはその家族への信愛の情でしょうか? 私もエリナお嬢様を愛していますが……」

「違うわよ馬鹿! 恋人としての好きでしょ! 普通分かるでしょ! これだけ一緒にいれば!」

「ええええええええええ!」

 ジェフは武一筋に生きて来た男だった。だから色恋沙汰も無い。それに安心して、当主も雇っていた所もある。だからこれは完全に想定外の事だった。

「ジェフ……私本気なの。貴方の事が好きで、縁談の話も全て断ってきた。だって、私、貴方しか愛せないもの。だからお願いよジェフ。私を選んで。騎士なんてならなくてもいい。ただ私だけの騎士でいて」

 しかし、エリナのジェフへの視線は真剣だった。潤んだ目がジェフを捉える。使用人と結ばれようなどと、普通の覚悟ではない。その真剣さをジェフは感じた。

(私は……どうだろうか)

 ジェフは自らの心を振り返る。己は今までなんのために剣をふるってきたのかと。

(最初は成り上がりたかった……)

 平民の身から剣一つで成り上がり、いずれ騎士になり、富と栄誉を手に入れるそれが幼い彼の夢だった。

(だが……今は……)

 今はどうだろうかと、幼いエリナを守れとそういわれ、初めは嫌々ながらしていた仕事、しかし、今は例え無償でも、例え命を懸けてもこの女性を守ろうと思っている。

 いつしかジェフの剣はただそれだけの為に磨かれていた。

「お嬢様……」

 ジェフはエリナの肩を掴んだ。それにエリナは肩を震わせ、上気した顔でジェフを見詰める。

「正直私は、エリナ様をその……恋人とかそういった目でみた事はありません」

「…………」

 ジェフの言葉にエリナは無言で目を伏せた。しかし、その顎を掴みジェフは自らに向けさせる。

「しかし、この剣は……この命は貴方の為に使おうとしています。それはどんな道を選んでも変わらない」

「ジェフ……」

「貴方を愛しています。誰よりも……だから待っていてくれませんか?」

「……何をかしら?」

「私が世界一の騎士になる事をです。私は必ず最強の騎士となり貴方の元へ参ります。だからその時は自慢してください。私の夫は最強の騎士だと……」

 その言葉にエリナから涙があふれだした。

「じぇ、ジェフぅうううううう」

「愛していますよエリナ様」

「はい!」

 そういってエリナは目を閉じた。その行為がわからないほどジェフも朴念仁ではない。

「エリナ様」

「エリナと呼んで……」

「はい……エリナ」

 二人は静かに唇を重ねた――




















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