第一章 閻天拳王は村娘に憑依する 5
『ガゴン』
それは人が一人は入りそうな大きな樽だった。そしてそこには白濁とした液体でなみなみと満たされている。その大樽を顔に刀傷をつけた男が掴み持ち上げた。
「よ! お頭!」
「見せてください! いつもの奴を!」
周囲に居たバンダナを巻いた男達が、刀傷の男に歓声を送る。男はそれを受けて樽に口をつけ、それを傾ける。
『ゴクゴクゴク……』
喉を鳴らし、まるで水の様に男は樽の中の酒を飲んでいく。ものの十秒としないうちに樽は空になり、刀傷の男は樽を男達へ放り投げた。
「はぁ……馬鹿野郎安物じゃねえか」
『ははは!』
刀傷の男の言葉に周囲から笑いが漏れる。
「これから襲う所にはもっとましな酒があるんだろうな?」
「酒だけじゃなく女もいるみたいですよ! 結構いい女だとアドルフが言ってましたから」
「そうか……しかし、遅いじゃねえか、あいつら。またつまみ食いしてんじゃねえだろうな?」
森の中で火を囲み、男達の宴会は続いた。それだけなら気の良い者達に見えなくもないが、腰に差した凶器が男達が普通でない事を示していた。
「おい、誰か様子を見て来い」
刀傷の男がそう怒鳴った時だった。
「お頭! お頭! 不味いですよ!」
バンダナを頭に巻いたひげ面の男が、森の中から現れる。慌てているのか、所々躓きながら、倒れこむ様に刀傷の男の前に跪く。
「何だ? どうした?」
「お、お頭……アドルフとオイコスが……やられました」
その言葉に周囲がピタッと静かになった。刀傷の男はゆっくりと立ち上がる。
「馬鹿が……油断したな。それで? 相手は誰だ? 確かあの村には護衛者は居なかったはずだが」
「そ、それが……村の女です」
そう口にした瞬間。ひげ面の男は胸倉を掴まれ、軽々と片手で刀傷の男に宙に浮かされた。
「冗談はよせよ。俺達は黒鷲。どんなに油断してても村の女にやられるほど弱くねえ」
「ぐ……そ、それが普通じゃない女で……おそらく魔法使いかと……」
「魔法使い?」
刀傷の男はそう聞くと、ひげ面の男を地面に投げ捨てた。そして顎に手をやり思案する。
「まさか……こんな辺鄙な村に? ……いや、本当だとすれば旨いな。魔法使いの女は奴隷として高く売れる」
ニヤッと一つ笑うと、刀傷の男は鋭い声を上げる。
「全員聞いたな。ちょっと食料と女を拝借するつもりだったが、事情が変わった。これから、魔法使いを狩りにいくぞ、荷物を纏めて武器を用意しろ」
『おう!』
男達が慌ただしく動き出す。刀傷の男はひげ面の男に近づいた。
「おい、その女はどうなんだ? 美人なのか?」
ひげ面の男はせき込みながらそれに笑顔を見せる。
「へい。お頭の好みかと」
「はは! ならば、売るのは勿体ないか? 気に入ったら俺の女にしてやる」
刀傷の男は唇を舌で湿らせて、獰猛に笑った――。、