第一章 閻天拳王は村娘に憑依する 3
『おい。貴様。魔獣ではないでは無いか』
重々しい声、助けが来たのかラルは思った。しかし、声の主の姿は部屋には見えない。
『えっと……でも女の子が今、まさにピンチです』
今度は女性の声。ラルは確かに声を聴いていた。
「誰ですか! 助けて!」
ラルは声のする方に叫んだ。すると姿は見えないが声が返ってくる。
『あれ……魔力の無い人には見えないはずだけど……声が聞こえるみたいですね』
『うむ……どうでもよい。我は行くぞ』
『行っちゃうんですか!?』
「お願い助けてください! 妹を! お願いします!」
ラルが叫ぶ。するとその声を聞いた男がうるさそうに、首を振る。
「ああ? 気が振れたかこの女、まあ俺達黒鷲の名を聞いたら恐怖でおかしくなるのも分かるがな!」
「ふひひ、確かに俺達は魔王軍の魔獣も何体も殺してる。そんな俺達に犯して貰えるんだ名誉な事だろ?」
男達はラルの気がふれたのだと思ったのだろう。惨めな者を見るような目をして笑った。しかし、その男達の言葉に一人の男が反応する。
『魔獣を殺している?』
閻天拳王の眉がわずかに上がった。そしてそのまま閻天拳王はアイルを見る。
『この男達は魔獣を殺したと言っておるぞ。貴様のいう魔獣とはこのような者達に殺されるほど脆弱な存在なのか?』
『えっと……いや、生身の人間が簡単に倒せるはずは無い――』
そこまで言って、アイルは言葉を飲み込んだ。
(うまく言えばこの人を……コントロールできるかもしれない)
『いえ……確かに強そうな人ですから、魔獣くらいなら倒せるかもしれません。こっちの世界は基本戦闘のレベルが高い人が多いですから……ひょっとしたら貴方よりも強いかも』
そうアイルが言った瞬間だった。閻天拳王の剛拳がアイルの顔面に迫った。
『ひ、ひぇえええ……』
半泣きのアイルの視線の先には鬼の形相の閻天拳王が居た。
『安い挑発を我にするな。しかし、いいだろう。貴様に我の力を見せてやる。閻天拳王と呼ばれた男の、天下無双の拳をな!』
そういって閻天拳王はドスドスとラルの方に向かう。その姿を呆然とアイルは眺めていた。
『娘! 我は体を持たぬ! 貴様の体を使うぞ!』
「え……何?」
唐突に怒鳴られ、ラルは怯えたように体を縮ませる。その体に閻天拳王は自らの体を重ねた。
『えええええええええええええええ!』
その光景に一番驚いたのはアイルだった。予想もしてない事態が起こってしまっていた。
(精神体って生身の人間に入れる物なの!? 聞いた事ないわよ! そんな事)
間違いであってほしいとアイルが祈りながら見ていると、蹲っていたラルが立ち上がる。
「うむ。なんとも窮屈な物よ……しかし、フハハハ! この痛み! 戦いの匂い! 心地良いわ!」
アイルの願いはあっさりと破れた――。