第一章 閻天拳王は村娘に憑依する
「うむ……これは」
閻天拳王がアイルと共に空から地上を見下ろして唸る。それは確かに異世界と言と言われても納得のいく光景だった。
眼下にはまるで海の様に森が広がっていた。それは荒廃した大地で暮らしていた閻天拳王には初めて光景だった。そんな閻天拳王の手を取り、空を自由に飛ぶアイル。アイルは飛びながらこの世界について説明する。
「ここはエントラという世界です。豊かな自然に囲まれて、様々な種族が暮らす世界。種族間においては小さな争いはありましたが、今までは平和に暮らしていました」
「うぬ。回りくどいわ。結論を話せ」
「ははは……なんか私慣れてきました。ええ、最近ではそのバランスが大きく崩れているのです。魔王と呼ばれる存在が現れた事によって」
アイルは小さな村を見つけるとそこに降り立った。
「魔王がどこから来たのか、それは私達天界の者すらも知りません。すべてが謎です。しかし、魔王が現れてから好戦的な魔族は魔王に支配され、侵攻と支配が繰り返されています。このままではこの世界はすべて魔王の物となるでしょう。ですから、この世界を救って貰いたいのです」
アイルは懇願する様な視線を閻天拳王に向けた。しかし、それを閻天拳王は一笑する。
「フハハハ! 救いたければ貴様らが戦えばよいではないか。それで話は済むであろう」
「それは…………」
「答えられぬ理由が貴様らにもあるのだろう……まあ良いわ。我は誰にも従わぬ、下らぬ謀は貴様らで、すれば良い。フハハハ! しかし、魔王と呼ばれる者には興味があるわ。我をその男の元に連れて行くが良い。どれほどの者か、見定めてやろう」
「できませんよ! 私が殺されちゃいます!」
慌てた様にアイルが首を振った。それに閻天拳王の顔が不機嫌に歪む。
「貴様が連れて行かぬなら我が行くまでよ」
「あ、ちょっと! 精神体で勝手に動かないでください! ってなんかもう歩いてるし! 順応早い!」
音は無いが、閻天拳王の歩みは生前と変わらない。実態が無いが、もう自在に自らの身をコントロールしていた。
「ストップ! ストップ! 安全な場所なら案内しますから!」
「我が道に後退は無し! 目指す先があるならば! ただ前進するのみよ!」
二人がそんなやり取りをしていた時だった――。
『いやぁあああああああああ!』
穏やかに見えた村から不釣り合いな悲鳴が響いた――。