第一章 閻天拳王は村娘に憑依する 13
「がああああああああ!」
ジェフの双剣が巨大な魔獣の顔面を切り裂く。しかし、それは鋼鉄の様な硬度で、ジェフの剣をはじき返した。
(硬い!)
ジェフの剣を弾いた魔獣がすぐさま巨大な牙で襲い掛かった。しかし、それをジェフは顔面を蹴って跳び、回避する。
「全員ジェフの援護だ! 剣は効かない! 弓矢と爆薬を使え!」
バランがその一合で敵の適性を見抜き、指示を出す。周囲の団員たちはすぐさま攻撃に移る。
魔獣に弓矢の雨が降り注ぎ、足元では爆撃が起こる。僅かな傷を与えたものの、魔獣には致命傷にならなかった。
「やたら硬いな。どうするジェフ! これは魔法使いでもいないとキツイぞ!」
バランの言葉にジェフはわずかに目を閉じる。そして何かを考えると、目を見開いた。
「バラン! 少し時間を稼げ! 私が何とかする!」
「何とかするって……お前……」
「大丈夫だ! 私を信じろ!」
ジェフはそういって魔獣から距離を置いた。そして目を深く閉じ、呼吸を整えだす。
「馬鹿野郎。こいつ相手に時間を稼ぐって……しかし、やるしかないか……」
バランは馬上で槍を回すと、そのまま魔獣に突進する。
「ジェフの団員はエリナ嬢を守れ! 俺のとこは魔獣をかく乱するぞ!」
バランに応じ、馬に乗った団員が、一本の矢のようにバランに続く。魔獣が爪をふるうと各々散開した。
「おらぁ!」
バランの槍が魔獣の足に突き刺さる。しかし、魔獣の巨体からしたら、針を刺した様な物だ。
『オオオオオオオオオオオオン!』
魔獣の前足が一部の団員を吹き飛ばした。動きが速い。辛うじてバランはかわしたが、一撃でも貰えば勝負は決まってしまう。
「こんな魔獣の攻略法なんてあんのかよ。背中がもろいかと思ったが、全然効いてない。全身が硬いんだ。それだけに特化した魔獣だ。殺すなら毒殺か、燃やすか、溺れさせるか……しかし、立地的にも装備的にも無理だ……」
『グルァアアアアアア!』
バランがそう考えている間に魔獣は尻尾を薙いだ。予想外の攻撃にバランの反応が遅れる。もろにその攻撃をバランの馬が受ける。
「チィ!」
バランはなんとかその馬から飛び降りた。しかし、単独で魔獣の目の前に立つことになる。
「これはやべえな……覚悟を決めるか……」
バランは槍を構えた。そして闘気を漲らせる。
「酒場で出会った女に習った。必殺の技。見せてやるぜ」
魔獣は何かを感じたのか、周囲の攻撃を無視してバランを威嚇する。バランも最早、指示を出す事無く魔獣と対峙した。
「はぁ……行くぞ」
バランは地面を踏み込んだ。それだけで、地面に大きく亀裂が入る。それほどの力を込めた震脚で、魔獣との距離を一気に詰めた。その動きは魔獣の予想を遥かに上回り、魔獣の前足が空を切った。そのまま懐に入ったバランは槍を突き出す。
「五月雨」
バランは小さく口にすると、槍を繰り出した。その槍は残像を残すほどの速さで魔獣を何度も突き刺す。
「オオオオオオオオオオオラァ!」
僅かだがバランの槍が魔獣を押し返す。その槍は一つの壁の様だった。
『キィシャァアアアアアアアアアア!』
魔獣は悲鳴を上げた。しかし、そのままバランに向かって口を開く。
「ぬぅ? やばそう……」
バランは戦いの勘から何か嫌な感じを受けた。そしてその予感は不幸にも当たってしまう。
『ジャラァアアアアアアアアア!』
まるで鞭の様に舌がうねり、バランの体を打った。それだけでバランの鎧は砕け、バランは宙を舞う。
「ぐぁ……」
バランは吐血を吐いた。そして地面に倒れたまま動けない。
(まじか……あばら……いや内臓まで逝ったか?)
『団長!』
団員達が盾を持ってバランの元にかける。しかし、到底人間の力で抑え込める魔獣ではない。
『キィシャああアアアアああああアア』
魔獣が涎を垂らしながらバランに牙をむける。バランはふっと小さく笑った。
「ここまでか……」
バランが諦めてそう口にした時だった。
『キィイイイイイイイイイイ……』
耳鳴りのする様な鋭い剣気が魔獣の周囲を包み込んだ――。