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第一章 閻天拳王は村娘に憑依する 12

「馬は殺されているか……」

 邸宅で飼っていた馬は一頭残らず殺されていた。それはどうみても魔獣というよりもプロの殺し屋の手口であった。

「エリナお嬢様離れないで、危険ですから」

「分かったわ」

 そう答えたエリナの体は小刻みに震えていた。初めての戦場、命のやりとり、温室育ちのエリナが恐怖を覚えるのも無理はない。

「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。だって……ジェフが守ってくれるもの」

 エリナはそう言って微笑んだ。それは強がった笑みだったが、ジェフの心に火を灯した。

「絶対に守り抜きます」

 そういってジェフはもう一本の刀を抜きだした。双剣のジェフ。騎士団からそう言われ畏怖されたジェフが本気の時だけ見せる構えだった。

『グルルルグゥ』

 低い唸り声、ジェフは当然、その魔獣の接近に気付いている。

「出て来い化け物。俺は双剣のジェフ。理解する知能も無いだろうが。この名を地獄へ抱いていくと良い」

『ガラァ!』

 現れたのは顔が鳥で体が犬の魔獣。しかし、鳥だと言って侮れない、その嘴は刀ほどに鋭かった。

 それが都合十体以上、並みの人間ならば死は免れない。

「行くぞ!」

 だが、ジェフは恐れる事無く、魔獣に向かって駆け出した。それはまるで旋風の様に回転しながら、魔獣と交差する。

『グェエエエエエエエエエエ!』

 すると瞬く間に三体の魔獣の首が宙を舞った。そしてそのまま勢いを殺さず他の魔獣を一刀の元に切り倒していく。踊っている様な不規則な動きは、しかし全くの無駄が無かった。

『ピィ!』

 ジェフが剣についた血を振り払う。後には魔獣たちの死体だけが残った。

「すごい……ジェフ。貴方こんなに強かったの?」

「申し上げたでしょう? エリナ様の最強の騎士になると。まだまだ未熟ですが、この程度の魔獣には後れを取りません。だからご安心を」

「ええ。うん。ありがとう」

 エリナがふっとほっとした様な笑みを浮かべた。

「しかし、これでは逃げても目立つだけです。私の友がこちらに向かっています。彼らと共に王城に向かいましょう。それまでは私がここで魔獣を食い止めます」

「分かった。でも……無理はしないで」

 エリナの気遣いにジェフは苦笑いを浮かべる。

「ありがとうございます。しかし、それは難しい。私はエリナ様の為に強くなった。その力を示せる時がいま来たのですから」

「馬鹿……」

 エリナはコツンとジェフの頭を叩いた――。




「はぁ……はぁ……」

 都合三十分、ジェフはほとんど休みなしで魔獣と切り結んでいた。魔獣たちもジェフの強さを目の当たりにして、攻めあぐねている様子だった。

「撤退しないか……やはり操られているな。しかし……誰だ。気配が読めん……」

 ジェフは大きく息を吐いた。怪我は無い。しかし、戦闘を継続することはひたすら走り続ける事に等しく、更にエリナの警戒も怠っていない。一人で戦うよりも遥かに消耗は激しかった。

「このままでは……エリナ様だけでも……」

 ジェフが最後の切り札を切ろうと決意したその時だった――。

「ジェフ!」

 待ち望んだ声、そしてその叫びと共に大量の蹄の音が響く。

「遅いぞバラン!」

「ははは! お前が早すぎるんだよ」

 笑いながら馬上からバランは魔獣を槍で一刺しにする。簡単に見えるが、それは達人の物だった。

「しかし……助かった」

「ははは! まあ後は任せろ! 行くぞ! 野郎ども!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおぅ!』

 バランとジェフの軍団が一斉に声を上げる。その気迫に魔獣もわずかに怯んだ。

 歴戦の勇士達はその隙を逃さない。一糸乱れぬ隊列で魔獣の群れになだれ込むと、瞬く間に魔獣を駆逐した。

「待たせたなジェフ。しかし……これは全部お前がやったのか?」

「はぁ……はぁ……まあな」

 ジェフの周りには死体の山があった。その中心で佇むジェフは魔獣よりも鬼めいていた。

「俺が来なくても一人で大丈夫だったかもな」

「馬鹿を言うな」

 ジェフはそういって膝をついた。それほどに体は消耗していた。

「ジェフ! ジェフ!」

 エリナは慌ててジェフの体を支える。その二人の姿は絵画の様に美しかった。

「ほほう~そちらが唯一お前が饒舌に話すエリナ嬢か」

 茶化した様にバランが口笛を吹くとエリナの顔が真っ赤に染まる。

「うるさいぞ。バラン」

「はは! 怒るな、怒るな! お似合いだよ。お二人さん。しかし、まあ大変な事になったな」

「ああ……近衛騎士団は何をしているんだ? 国の一大事だぞ」

「ああ、俺も気にはなったが……どうやら、奴ら動く気は無いらしい」

「何だと?」

「変な力が働いているとしか……俺の部下がいうには取り合っても貰えなかったそうだ。やはり、この一件どうにもきな臭い」

「くそ……しかし、とにかくエリナ様は救出した。これから、俺も王都に向かおうと思うが……」

「ああ、それが良いだろう。しかし、ジェフ、気を付けろ。王都も最早俺達の味方ではないのかもしれん」

「……分かっている」

 本来王国に属する騎士であるジェフがそんな事を考える事は無いだろう。しかし、この一件がジェフに王政への不信感を持たせたのも事実だった。

「まあ、取りあえずは行くとしよう。お前とエリナ嬢は俺の団員の荷台に乗れ――」

 バランがそう口にしようとした時だった。

『キギャアアアアアアアアアアアア!』

 鳥の様な獣の様な甲高い声が響き。そしてそれは邸宅の壁を吹き飛ばしながらジェフ達の前に現れた。

「ひゃ……」

 エリナが悲鳴を上げる。しかし、それも仕方ないだろう。民家ほどの大きさの魔獣が目の前に現れたのだから。

「おいおい……これは……こんな魔獣見た事ないぞ……やばいんじゃないか?」

 ジェフの隣でバランも冷や汗を浮かべる。それほどに危険なオーラをその魔獣は宿していた。

「バラン、部隊を整えろ。こいつを殺すぞ」

「馬鹿! ジェフ! こんなのとやるつもりかよ!」

「ああ、さっきの速さを見た。馬では逃げられん。ここでやるしかない」

 ジェフは再び剣を構える。疲労はあるが、息をつけたおかげで闘志に衰えは無い。

「はぁ……まあしょうがねえなぁ……」

 バランも槍を抜く。

「ジェフ……無理よこんなの……逃げましょう」

「いいえ、大丈夫ですエリナ様。私は貴方の障害を払う剣。この程度の相手に後れは取りません」

『ガワァキィイイイイイイイイイ』

「来い、化け物。エリナ様には泥一つ付けさせん」

 ジェフは静かに、しかし、高く跳んだ――。

























 











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