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プロローグ

暑い……

「フハハハハ! 良い! 良いぞ! 認めよう! 貴様こそ我が待っていた敵! 宿敵よ!」

 大気が震えるような重たい声をで笑いながら人間離れした巨躯をした男が、相対する男に拳を放つ。

「閻天拳王。貴様が奪ってきた命を、残されてきた者の悲しみを! ここで俺が終わらせる!」

 拳を放たれた男も巨躯では無いものの鍛え抜かれた体をしていた。そこに刻まれる夥しい数の傷が、男が修羅場を潜って来たことを容易に想像させる。

「何を言うか! 力こそ全て! この世の心理よ! 弱き者は強い者に何を言う権利も無いわ! それがこの荒廃した大地の唯一の掟よ! フハハハ!」

 巨躯の男は拳を腰に構えた。それと共に闘気ともいえるオーラが男の体から膨れ上がっていく。

「ならば俺は弱者の悲しみをこの拳に籠めよう。貴様がゴミの様に捨てた感情を思いを、すべてこの拳にかける」

 相対する男もまた同じ構えをとった。双方のオーラは膨れ上がり、大気を歪ませる。

「ぬうぁ!」

「フン!」

 同時に繰り出す拳、それは交差し、双方の体を打った。

「ぐぁ……」

 それと同時に細身の男が膝をつく。力勝負で勝ったのは閻天拳王と呼ばれた男だった。

「ヌハハハ! 力なくしてこの世の支配者とはなれぬ! 貴様もまた弱き正義を抱いて死ぬが良い」

 閻天拳王が再び拳を放つ、しかし、それは細身の男の顔面でビタリと止まった。

「ぐはぁ……何だと?」

 堪え切れない吐血と共に閻天拳王が信じられないように自らの胸を見る。するとそこには、自らの胸を貫いた。拳の跡があった。

「閻天拳王……確かにお前は強い……俺、一人ならば負けていた。しかし、俺の拳は、お前に殺された仲間達の技を受け継いだ拳だ。一人では越えられぬ壁も、誰かとなら越えられる。たとえ、今は弱くても人間は強くなれる。お前が思っている以上にな!」

「ぬぅ……」

 閻天拳王はよろめいた。しかし、大地を掴む様に立ち上がると、微笑んで細身の男を見る。

「フハハハハ! 実に面白いぞ……仲間の力を借りる……乱世で奪う事しかしなかった我には無い力よ。しかし! 我は認めぬぞ! 人は集まれば! 必ず争う! そうでしか生きられぬ! よって我は貴様の拳では死なぬ!」

 男は拳を振り上げると、自らの心臓を抉り出し。目の前に掲げた。

「貴様の思いが本物かどうか! この乱世で試してみるが良い! 我は閻天拳王! 地獄でその様を眺めているぞ!」

 閻天拳王はそういうと立ったままその生を終えた。支配者であったこの閻天拳王の姿を、細身の男は厳しい視線で見ていた――。




「――うぬぅ」

 暗い。何も無い暗闇において閻天拳王の意識は覚醒した。しかし、何も見えない。閻天拳王は死闘の末に自らが死んだという事は確信していた。故に地獄へとやってきたのだと、閻天拳王はそう感じた。

「ふむ……体は動くか」

 自らの手を握りしめ、力を籠めると男の手には確かな手応えがあった。それを確認すると男は歩き出す。

「無明か……ふふ、死した者の最後には相応しいが、我が望むのは、平穏ではない。地獄というのならば、我を戦慄させてみるが良い!」

 動きの無い空間、広さも分からぬ場所。何処に行くかもわからない。しかし、男は決めている。自らの行く末は自らの力でこじ開けるのだと。

 男は両手を腰に構え溜めを作る。すると男の要塞の様な屈強な肉体から白いオーラが立ち昇り、それが両手に移動していく。

「はぁああああああああ……覇!」

 気合いと共に放たれる衝撃波。それは暗闇の中を飛んだ。

『バシャン!』

 何かが破壊される音が響いた。それに男はニヤッと笑う。

「うむ。どうやら際限の無い空間では無いようだな。フハハハハ! 我を閉じ込めた者の顔でも見に行くとするか」

 ズンズンと男が歩くたびに地面が揺れる。その様はまるで巨象。いや、存在感はそれ以上だったが。

『ちょ、ちょっと待ってください!』

 そんな時だった。男の進撃に慌てたように、可愛らしい少女の声が、暗闇に響いた。それと同時に、暗闇だった空間に眩いばかりの光が灯り、一面に楽園かと思えるほどの花畑が開いた。

「うぬう……面妖な」

 男は天地上下の構えを取り、少女の声のする方に向き直った。すると天から神々しいまでの光を浴びながら少女が地面に降り立った。

「私はアイル、あなたを呼んだ――」

「貴様は何者だ。フハハハ。まあよい。応えぬのならば体に聞くまでよ」

「あれ? 話聞いてない!」

「我が拳! 受けれる物なら受けてみるが良い!」

 チェア! と男の拳が風を切りながら少女に迫る。少女は慌てた様子で両手を前にかざした。

「わぁ! り、リフレクション!」

 少女の前に透明な壁が出現する。男の拳はその壁を叩いた。

『バリン!』

 拳を受けると透明な壁はガラス片の様に粉々に砕けた。それに男は面白そうに笑う。

「ふっはははは! 女の身で我の拳を受けるとは! やはり魔物の類か! 面白い! この閻天拳王に挑む事は死を意味すると教えてやろう!」

「ちょ、ちょっと待って! 挑んでないです! そして今説明しようとしてるんですから! ちょっと落ち着いてください」

 アイルは半泣きになりながら、両手を挙げた。それに応じたのか、男も拳を下した。

「うむ。我が拳を受けた事に免じて話を聞いてやろう。話せ」

「え、ちょっと……間が掴めない人だな……えっと、まあ端的に言いますと、貴方は現世で死にまして、私は貴方を迎えに来たんです」

 アイルがそういうと男は肩を震わせて豪快に笑った。

「フハハハハ! なるほど、やはり死んでいたのか。そしてお主は死神か。だが、安易に我の命を刈り取れぬと思わぬ事だ。ここでの敗北はあの男との死闘を穢す事になる!」

「いや、刈り取らないし、死神じゃないです! どう考えても女神でしょ! 私は!」

「ふむ。確かに貴様からは殺気を感じぬは。それで何の用だ?」

「いや、だから説明を聞いて下さいって……もういいや。取りあえず。私は女神アイル。貴方には、これから転生して、異世界を救って貰おうと思うんです」

 アイルはそういうと急に現れた椅子に座った。そして、男に向かってこう告げる。

「貴方は強い。生前閻天拳王と言われるほどに、そんな貴方なら異世界の魔王から世界を救えるはずです。どうでしょうか? 魔王と呼ばれた貴方が英雄として人生をもう一度やり直すチャンスですよ」

 アイルの提案は唐突で普通の人ならば戸惑うであろう。しかし、男の態度は普通の人と違っていた。

「断る」

「え?」

「断ると言ったのだ」

 男は不機嫌そうにそういった。それに慌てた様にアイルは手を振る。

「ちょっと、どうしてですか? 貴方にとって悪い話ではないはずです。貴方にだって生に未練はあるのでしょう? それを解消する機会ですよ!」

「無い」

 アイルの言葉は男を怒らせただけだった。男はズンと一歩を踏み出す。

「我が人生に悔いはない。そして我に命令を出来る者などこの世界に存在せぬ」

「ええ……ちょっと……いや、困りますよ。それじゃ。異世界が滅んじゃう」

「滅ぶがよかろう。人の手を借りねば維持出来ぬ世界なら滅べば良い。強き者が生き、弱き者が死ぬ。それが世界の摂理よ」

 価値観の違いに女神アイルは絶句した。

「えっと……いや、もう決定事項なんですけど」

「我の決定権は我にある。思うがままにしたいなら我をさっきの面妖な術で倒してみるが良い」

 コオオオオオオオオと男が力を籠める。それにひぃっとアイルが悲鳴を上げた。

「わ、わかりました。ちょっと待ってください。他の女神に尋ねてみますので」

 アイルはそういうと目を閉じた。そして何度か頷くと再び目を開く。

「えっと、貴方は転生したくない。それで良いですか」

「うむ。我が行くのは修羅道よ。早く連れていくが良い」

「いや、修羅道なんてないんですけど……わかりました。では転生はしなくていいです。その代わりちょっと異世界を精神体で見てみませんか? ちょっとだけ、生き返らせるわけではないですから。ちょっと見てみましょうよ」

 怪しいセールスの様な文言をアイルは並べた。男はそれを鼻で笑う。

「ふん。どうやら貴様よりも上の人間がいるようだな。いいだろう。伝えておけ、貴様らは我が打ち倒すと。我を駒にしようとした姑息さ。この閻天拳王には度し難い事よ。しかし、我をここに連れて来た事に免じて、少しだけ、貴様らの遊びに付き合うとしよう」

「ええ……どうして私たちを倒そうとしてるんだろう……本当に神様はこの人を転生させようとしてたの?」

 アイルは額に汗をかきながら立ち上がる。

「ま、まあ、精神体ですから。異世界に物理的な関与は出来ないし安全でしょう。それでは行きましょうか」

 アイルは男の手を引くと、その背から羽を広げた。すると男の体から透明な光が漏れる。

「それじゃ! 行きましょう!」

「うむ」

 男の魂をつれ、アイルは飛んだ。

 こうして男は魂だけの状態で異世界に向かった――。


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