BL的な戦いはこれからだB
勇者シャルの攻撃を魔王リコが跳ね返す。
けれどその僅かな隙を突いて、勇者は魔王へと切りかかるが、それに気づいた魔王は即座に勇者の剣に自身の持っていた剣で相対して、自分の剣ごと弾き飛ばす。
その剣は宙を舞い一本は壁に、もう一本は地面へと転がった。
けれど魔王も勇者もその剣には目もくれず、お互い手を組むようにぎりぎりと押し出している。
両者の力は拮抗しており、その事に勇者はむっとしたように顔をしかめた。
「いい加減、往生際が悪いぞ、魔王!」
「それはこちらの台詞だ、勇者!」
どちらも一歩も譲らない。
ぎりぎりと力をこめて睨み合う。
そこで怒ったように勇者が魔王に言った。
「魔王、さっさと負けて俺の嫁になれよ!」
「それはこちらの台詞だ、勇者よ! さっさと負けて僕の嫁になれ!」
「何を言ってるんだ! お前の方が1cm背が低いじゃないか!」
「ふん、1cmの差など愛さえあれば大丈夫だ! だーかーらー、僕に負けろ!」
そう言って、魔王は至近距離で風の魔法を放つ。
常人ではあっさり死んでいそうな威力でも、そこは勇者で簡単に受け流してしまう。
二人の間に距離が生まれ、再度、相手の出方を警戒するように睨み合う。
そこで勇者がにやりと笑い、何事かを呟いた。
「! しまった!」
舌打ちする魔王だが時はすでに遅し。魔王の足元に魔法陣が浮かび、罠が発動する。
が、そこに現れたのは、スライムだった。
「……勇者、こんなもので僕が足止めできると思っているのか?」
魔王からすれば取るに足らない存在で、むしろスライムが魔王から逃げていくくらいのはずだった。
なのにそのスライムはせっせと魔王の体にまとわりついていく。
「……おい、スライム、お前、僕が魔王だと分かっているのか?……え、魔王様よりも勇者が怖い?」
変な事を言うスライムに魔王が首をかしげていると、勇者が、
「いや、この前たまたま城に帰る途中に遭遇してな。兄弟と父母を人質にとって、『お前の家族がどうなってもいいのか』って剣を突きつけながら脅したら、快く承諾してくれた」
さらっと勇者が勇者らしからぬとんでもない事をのたまう。
それを聞くと、さすがに魔王もスライムを消滅させられない。
「何という鬼畜な所業……可哀想に……おい、スライム、何で僕の服を溶かす」
「ちなみにこいつと家族は、特別に育てた有機野菜とかで、俺に協力する代わりに衣食住が保障されている!」
「前言撤回! この、人間に懐柔されて! 魔族としての誇りとか……ちょっ、服に入ってくるな! やめ、肌を這うな、無礼者! ……え、勇者の命令? やぁあ……どこ触ってぇぇ」
もぞもぞと魔王の服の中にスライムが入り込んでくる。
その冷たくて、けれど柔らかくて固い感触に魔王は鳥肌が立つ。
そして何か変な声がでる。
じたばたと必死になって魔王は自分の体からスライムを引き剥がそうとするが、柔らかいため滑ってしまい掴むことすらできない。
そんなもがいて喘ぐ魔王の様子を見て、悪人のような笑いを浮かべながら勇者が、
「ふふふ、最近、全然魔王が俺のものになってくれないから、少し良い思いしようかなって」
「ふっ、ふざけるなぁ、駄目……服が溶け……! 何でそこばっかり溶かして……やぁあ、張り付いてきて……離してぇぇ、ああぁんっ」
「ふふ、スライムに弄って貰え。そして俺に泣いて許しを請うのだ」
「勇者の馬鹿ぁあああ……やぁああんっ……あ、なんか気持ちよくなってきたかも」
「どけこのエロスライムうううう! 魔王は俺のものだぁあぁあああ」
といったやり取りの後、スライムは勇者の手によって魔王から引き剥がされた。
「あー、タイムアップです」
そう、勇者の仲間、魔王使いの声が響いたのだった。
この世界は複数の世界と常に重なったり離れたりを繰り返している。
今まで接触してきた世界による人間界への侵攻は、幾度となく勇者の血統によって阻まれてきた。
そして現在20程敵対した世界との行き来は出来ないように封じられていたりするのだがそれは良いとして。
現在、現勇者シャルが乗り込んできた世界は、21番目の魔界である。
今までのなかでは一番友好的で、知能や教養もある程度高く、人間と魔族の交流も多少は起こり始めたのだが、今年の魔物の異常発生によって勇者が派遣される事となった。
ただ、様子見ということで、勇者の血統では無い者を今回勇者として送り込んだのだが、見事魔王を倒してしまったのである。
俺の立場はどうなんだと、と勇者シャルはふて寝していたのだが、魔王が倒されたはずなのに魔王軍が人間の町をいくつか占領してしまったのだ。
それで、勇者シャルは魔王の城に来たのだが、そこにいたのは倒された魔王の弟であり子供の姿をしたリコだった。
ちなみにその姿は勇者シャルの初恋の相手にそっくり(後で分かった事だが、子供の姿でいることで、大好きな兄との権力闘争に巻き込まれないためと、ニートライフをしたかったからなのだが)であり、しかも黒髪フェチになった原因だった。
そのリコが言うには兄である魔王リントを、その血統でない勇者クランが連れ去ったらしい。
そんなこんなでリコと現勇者シャルと仲間達が取り戻すためにちょっとした旅をしたわけである。
その間に、リコと現勇者シャルの間に恋心が芽生えたかと思ったら、昔お互い一目ぼれしてたことが発覚したり、実は兄である魔王リントは、魔王一族の掟で、嫁に行く時は自分より強い奴じゃないとだめというものにより、その血統でない勇者クランの嫁になって、新婚旅行していたというオチだった。
しかも魔王城に書置きしていたのに誰も気付かなかったらしい。
そんな、400字詰め原稿用紙48枚分くらいの経緯があったわけだが、一見全てが上手く収まったかに見えた。
そして、兄が倒されたので新しい魔王となったリコだが、
「俺、リコの事を愛しているから。だから嫁になってくれ!」
ちなみに現勇者シャルは、人の王族の三番目の子で、勇者の血統はもう王族しか残っていなかったりする。
だが、そんな勇者シャルの告白は木っ端微塵に打ち砕かれた。
「え、シャルがお嫁さんになってくれるんじゃないの?」
愛は生まれたけれど、すれ違った。
そんなわけでお互い、負けた方を嫁にするという野望こと下心から、時間制限を設けて戦い続けて15引き分けとなったのだが。
スライムから引き離された魔王リコは、笑いながら額に青筋を浮かべて、勇者シャルに告げた。
「勇者、お前これから三日間、魔王城に出入り禁止だ」
有無を言わさぬ魔王リコの表情。
シャルの言い訳は一切聞く耳を持ってくれない。
そんなわけで、勇者シャル達は魔王城を後にしたわけだが。
城下町の酒場にて。
「うう、ちょっとした出来心だったのに……」
勇者シャルが酒を片手にさめざめと泣く。
恋は盲目というか、恋をすると色々な意味で駄目になるものだが、シャルもそうだった。
泣きながらシャルはお酒を一口飲んで机に顔をうずめながら、ぶつぶつと愚痴る。
「ちくしょー、いつになったらリコを俺の嫁に出来るんだよ……。しかもどちらかが嫁だと決まるまで、シャルとも呼んで貰えないし、リコとも呼んじゃいけないなんて……」
「まあまあ、シャル、落ち着いて」
そうなだめる仲間の魔法使いに、シャルはかっと目を見開いて、
「だって俺はリコとは、まだキスすらしていないんだぞ! いいか、キスすらもだぞ!」
「え、そうなんですか?」
「そうだ、だからお前たちは俺の前ではいちゃつくのを止めろ。いえ、止めてください、お願いします」
ちなみにシャルの仲間達、魔法使いと僧侶はカップルで、お一人様はシャルだけだった。
なのでなんというか、シャルはすごく居心地の悪い気分を味わっていた。
いや、いい仲間なのは分かっている。
それでも、シャルだってお年頃なのだ。しかも欲しい獲物がすぐそばにあってお預け状態という、我慢プレイの最中だった。
「ああ、スライムに襲われたリコ、本当にいい声だったな……早く啼かせてやりたい」
「……シャルは自分が倒される可能性は考えないんですね」
「だって俺、強いから」
「そうですか」
「そうだ」
仲間はとりあえず、相槌を打つも、さっさとくっつけた方が良さそうだと目配せする。
シャルが思い余って何かをしでかす前に。
「所でシャル、我々も、シャルがあの魔王を手に入れられるよう出来る限り協力させて頂きます。ちょうど三日ほどありますし」
「三日出入り禁止になったんだけどな。……リコ」
そう切なげに呟く勇者シャル。
そんな重症で一途な勇者シャルを、仲間は全力で応援しようと決めたのだった。
「シャルの馬鹿……」
ベッドで大きなぬいぐるみを抱きしめながら、リコは呟いた。
あんな事する奴だとは思わなかった。
でもそれよりも、シャルが自分の嫁になる事を嫌がっているのが許せない。
こんなに大好きで愛しているのに。
絶対に着て貰おうと思った女物の可愛い服とか、飾りも含めていっぱい用意して待っているのに。
なのにシャルはリコを嫁にしたいと言っている。
どう考えたって、シャルが嫁に来るべきだとリコは思うのだ。
あいつのせいで、金髪フェチになったんだし。
なのでシャルには嫁に来てもらうしかないのだ。
そう思いながらリコは、窓から空を見上げた。
自分から言い出したこととはいえ、三日間会えない。それはとても寂しい。
「シャル……」
切なげにリコは呟いて、その日は鬱々とした気持ちで眠ってしまったのだった。
「今日こそ嫁になってもらうからな! 魔王」
「そっちこそ僕の嫁になる準備は出来ているか? 勇者よ!」
といったような、いつものやり取りがあったわけだが。
しばらく戦って、そこで勇者シャルは剣を魔王リコに向けるのを止めた。
「……俺の負けだよ、リコ」
「え?」
唐突に宣言されて、リコは戸惑ったような声を上げた。
「どういう意味?」
「俺の負けだって、そういう事だ」
「……嘘だ。だって……」
「リコのその想いに絆されたんだ、俺は」
そう微笑む勇者シャルに、魔王リコは顔を赤くする。
そしておずおずと、聞き返す。
「……本当?」
「本当だ」
「本当に?」
「本当だよ」
そう優しく勇者シャルは魔王リコに囁きかける。
その言葉に、疑い深そうに見ていた魔王リコがじっと勇者シャルを見て、笑った。
それは誰もを虜にするような、鮮やかな花のような笑顔だった。
勇者シャルはそんな笑顔を見て、一瞬罪悪感に囚われるが、それでもそんな思いをおくびにも出さずに微笑み続ける。
そんな勇者シャルに油断した魔王リコが、無防備に勇者シャルに近づいてくる。
そのまま魔王リコはぎゅっと勇者シャルに抱きついた。
その行動に、一瞬勇者シャルの理性の糸が切れそうになるが、ぎりぎり踏みとどまる。
ここで感情に任せて襲えば、次はない。
「シャル……」
舌足らずな声で名前を呼んで、顔を赤らめて、魔王リコが勇者シャルに手を伸ばして唇を重ねる。
ついばむように何度もシャルの唇に自分の唇を重ねて、魔王リコは酷く幸せそうだった。
勇者シャルが好きでたまらないというかのように、周りにハートマークが飛び散る幻覚すらも見えているようだった。
と、そこで、魔王リコがふらっと勇者シャルに倒れこむ。
「あ、あれ……?」
何でと魔王リコが思っていると、霞む目に勇者シャルが笑っているのが映り、謀られたことに気付いて、けれどそのまま意識を失ってしまう。
そして倒れこむ魔王リコを抱きとめる勇者シャル。
そのまま勇者シャルは、床に魔王リコを寝かせた。やがて、
「タイムアップです。魔族の方々もこれでよろしいですね?」
「魔王様……」
どう考えても、近づくと気絶する何かがあるとしか思えない。
あんな単純な手に引っかかってと魔族達は思うものの、勝ちは勝ちだった。
それに、ちょうどある人物が魔王城に帰ってきた。
「あれ、リコは負けてしまったのですか? ええ、私が魔王業は引き継ぎますから……ただし、リコを泣かしたら許しませんよ?」
新婚旅行から帰ってきたばかりのブラコン気味なリコの兄、魔王リントが再び魔王の座につくことになったので、問題はなかった。
しかも、恋人の勇者クランを伴って。
これから二人で魔王城を愛の巣にするのだと張り切っていた。
そんなわけで、勇者シャルは魔王リコを手に入れて、自分の城へと連れ帰ったのだった。
瞬きして目を覚ますリコだが、その瞳には見知らぬ天井が映る。
体を上半身起こして、リコは辺りを見回す。
「ここは……」
「起きたか、リコ」
「! シャル!」
そこで、リコは、シャルに謀られた事を思い出す。
「ず、ずるいぞ! シャルは勇者なのだろう! 正々堂々と勝負しろ!」
「ルールーはルールだ。それでリコ、お前は俺に負けたんだよ」
「だ、だって……」
「駄目だよ、リコ。お前は俺の嫁になったんだから」
そう言いながらシャルはリコのそばに座り、逃げようとするリコの腰に手を回して自分のそばに引き寄せる。リコはシャルの隣で、シャルに寄りかかるような状態にされる。
俺のものというようなシャルの独占欲をリコは感じて、顔を赤くして俯いた。
それでも、やっぱりリコは悔しくて、
「う……で、でも……僕は、シャルをお嫁さんにしたくて、あんなに可愛い女の子用の服だって集めたのに」
そう酷く悲しそうな顔をするリコに、シャルは目を細めて、
「……リコ、その服、全部もってこい」
「え! 着てくれるの! シャル」
「お前が着るんだよ」
そうシャルに言われた瞬間、リコの顔が蒼白になった。
「む、無理無理無理」
首をぶんぶんと左右に振るわせるリコに、さらにシャルは目を細める。
「……リコ、どんな服を俺に着せようと考えていたんだ?」
「え、えっと……」
「ちゃんと俺の目を見て話せ」
「ご、ごめんなさい。謝るからそれだけは許して!」
そう瞳を潤ませながら、リコがシャルに哀願する。
その様子を見て、シャルはそのうちどんな服を着せようとしていたのかを絶対吐かせて、それをリコに着せてやろうと決めた。
だがまず、今はする事がある。
「リコ……」
「何?」
「足開け」
じたばたと暴れるリコだが、一向に強い力で押さえつけられてシャルから逃げられない。
「う、うう……こ、こんな事を僕にして許されると思っているのか……」
恨めしそうに、リコは呟くも、そんなリコの背後でシャルが酷く悲しげな声で、
「じゃあ、俺の事殺すのか?」
「……え?」
「そんなに嫌いだったのか?」
「……え?」
「俺、ずっとリコの事が好きだったのに……リコにとっては俺ってその程度だったんだな」
「……え?」
「……分かったよ、こんな俺なんて、リコに愛してもらえない俺なんて……」
「ま、待て。話し合おう」
「リコ、俺はこれ以上話し合うことなんて無いよ」
そう悲しげな声で囁かれてしまうとさすがのリコも嫌だなんていえなかった。
だって、リコもシャルの事を好きで、優しいシャルを愛していたから。
ごくりと唾を飲み込み、リコは決心したようにシャルに言った。
「……分かった。もう、抵抗しない。……シャルの好きにすれば良い」
そう答えるとシャルの押さえつける手がリコから離される。
そして、シャルに仰向けにされたリコは、シャルがしてやったりと笑っているのが目に入る。
「! 騙したな!」
「騙してないさ。監禁調教ルートに行くか行かないかの瀬戸際だったが」
「うう……何でこんな目に……本当ならシャルに今頃可愛い服着せているはずだったのに……」
「そういえば俺も、リコに着て貰おうと思っていた服があったな」
それを聞いてリコの目が更に涙目になり、
「兄様、助けて~」
所変わって、魔王城にて。
「はっ! リコが助けを求めている気がする」
「勇者シャルに襲われているんだろう」
「なるほど。では放って置きましょうか」
「なんだろう、ものすごく薄情な予感がする!」
「助けを呼んでも誰も来ないぞ? 俺以外の悲鳴が聞こえても、誰も来るなって言ってあるし」
「ま、魔族との外交問題に……」
「そうか、やっぱりリコの体を篭絡させないといけないか。俺無しじゃいられない体に……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
そんな涙目になりながら必死で謝るリコに、シャルはのしかかる様に抱きついた。
「シャル?」
「……ようやくリコを手に入れたのに、リコは全然俺の方を見てくれない」
「そ、そんな事は……」
「こんなに好きでたまらないのに……何でリコは分かってくれないんだ?」
そう、シャルに再び悲しげに耳元でリコは囁かれて。
リコはもう、抵抗できなくなってしまう。
だってリコもシャルが好きだから。
「……シャル、僕の事をぎゅって抱きしめて」
「こうか?」
手に力をこめて抱きしめられて、シャルの温もりをリコは感じる。
温かくてほっとして、酷く幸せな気持ちになる。
形は違うけれど、リコはシャルの事が欲しくて、そして手に入るのならそれでも良いかなと思った。
それに、それはリコの大好きなシャルが望んでいる事だから。
「……分かった、良いよ。僕を……シャルの好きにしていい」
その後、二回ほどシャルがリコを襲い、リコが実家に帰らせていただきます、と書置きして逃げ出そうとした所をシャルに見つかって……といったドタバタがあったりするのだが、それはまた別の話である。
「シャルのばかー」
「可愛いリコが悪いんだよ!」
「ふえーんんっ、やぁああんっ」
おしまい